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父の形見は美少女Vtuber  作者: 伊阪証


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16/51

そんなこと、言わない。

ドッジボールのコートに立った瞬間、僕の視界に入ってきたのは、父が用意した最悪の「盾」だった。

急にVRから変更した時点で予想はしていたが、それを超える爆弾も解き放たれた。

こちらが大学のトップ層からかき集めたアスリート四人を並べたのに対し、向こう側の顔ぶれはあまりに異質だ。そこにいるのは、界隈でその声を聞かない日はない大御所たち。企業としてのガワを脱ぎ捨て、プライベートの友人として参戦するという体裁をとっているが、その立ち姿や仕草だけで「誰」なのかは明白だった。

父は、僕の合理性を正面から踏みにじりにきたのだ。

アスリートの技術で武装した僕たちに対し、父が用意したのは「業界を支える象徴」たち。彼女たちを本気で狙い、剛速球を叩き込めば、その瞬間に僕たちの配信は倫理的な死を迎える。かといって手加減をすれば、試合そのものに負ける。最初から、こちらの準備を全て無効化するような心理的な罠が張られていた。

さらに、僕の側には致命的な欠陥が残っている。

映像は完璧だ。四人のアスリートの動きをトレースする高精細なモデル。一ヶ月以上かけて伊行を説得し、彼の分のガワまで用意した。だが、肝心の「声」だけがまだ揃っていない。伊行との交渉は膠着状態のまま一ヶ月が過ぎ、僕たちは無音の映像という未完成の爆弾を抱えたまま、このコートに立たされていた。

試合開始のホイッスルとともに、思考を身体の動きへと切り替える。

苛立ちはある。理不尽だとも思う。だが、ボールを握れば指先は勝手に最適解をなぞり始める。

僕たちが展開するのは、単なる力任せの投球ではない。

フィギュアスケートの軸。ゴルフの溜め。野球の再現性。陸上の踏み込み。

僕が分解し、再構築した競技技術の結晶が、アスリートたちの肉体を通じて出力される。ただ速いだけではない。相手の意識をわずかにずらし、反応のタイミングを狂わせる。視線を外し、動きを一瞬だけ遅らせた隙間に、寸分の狂いもない軌道をねじ込む。

驚くべきことに、父が連れてきた美少女たちの中にも、異常に「上手い」個体が混ざっていた。

彼女たちは身体能力で避けているのではない。数えきれないほどの修羅場を潜り抜けてきた配信者特有の、直感と読み。こちらの攻撃が放たれる瞬間を察知し、紙一重のところで身体を抜く。

見た目は華奢で、殴りづらいことこの上ない。なのに、競技としてもギリギリのところで成立してしまっている。この「理不尽なのに面白い」という状況が、僕の精神をさらに逆なでした。父は、僕がこの状況に集中してしまうことすら計算に入れている。

試合は中盤、決定打を欠いたまま泥沼の均衡へともつれ込む。

こちらが当てれば向こうが避け、向こうが放てばこちらが技術で凌ぐ。

映像の向こう側では、僕たちが用意した五人の美少女モデルが、神がかった動きで舞っている。だが、その画面は不気味なほどに静かだった。叫び声も、荒い息遣いもない。完成された映像美に対し、決定的な「音」が欠落しているという違和感が、コートの熱気の中で異彩を放っていた。

そして、終盤。

均衡が崩れる瞬間は、勝利ではなく「崩壊」として訪れた。

僕たちのチームが、競技技術のすべてを一点に集中させた連携を見せたときだ。

五人のモデルが完全にシンクロし、物理的な限界を超えたような、ある種の神々しさすら感じさせる軌道がコートを走った。

その瞬間、対峙していた大御所ライバーの一人が、声を漏らしそうになった。

本来なら、そこで声が合流し、配信として完成するはずだった。

だが、事態は逆転する。

目の前で繰り広げられた、映像と身体能力のあまりに完璧な融合。オタクとしての感性を極めた彼女は、その「美しさ」を前にして、文字通り限界を迎えた。

驚愕と、惚れ込み。

放たれるはずだった声は、感情の過負荷によって消失した。

マイクが拾ったのは、完成された音声ではなく、衝撃に耐えかねて喉が震えるだけの沈黙。

声を入れるべき瞬間に、相手が惚れ込みすぎて声が抜ける。

一ヶ月粘った交渉も、用意したシナリオも、すべてがこの予期せぬ「沈黙」によって書き換えられた。

配信は、正常な形では完成しなかった。

けれど、その壊れ方そのものが、見る者を戦慄させるほどのコンテンツとして成立してしまった。

父の悪質さは、こちらの技術を飲み込み、未完成の欠落すらも「成功」の形に変質させていく。

僕は、歪な達成感と形容しがたい吐き気を同時に抱えながら、終わりの見えない配信の深度へと沈んでいった。

さぁ、今から彼女と姉の自慢話を聞きに行こう。

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