第2話 皇族の生き残り
私の人生はまあ、客観的に見たら波乱万丈といえるもののはずだ。
ただ同時によくある話とも言うべきだろう。
王朝が変わる瞬間となった戦乱の世の中、過酷な境遇を経る子供は珍しくもなかった。
(母を亡くし、幼馴染は行方不明で、毎日お金がない……たはは)
戦が終わりを迎え、新たな王朝を迎えてから早七年、十五歳
国は幼い頃に比べて随分と落ち着いた世を迎えていた。
(昔に比べたらお金をくれる人も増えたし、文句は言えないよねぇ)
人々が行き交う街を私は通り抜けながら苦笑する。
いつもより人の数が圧倒的に多いのは、これから始まる催しのせいだろう。
(ああ、今日だっけ。新皇帝の即位と成人の儀)
新王朝が立ち上がった時期と新皇帝が即位した時期は当然同じ。
しかし即位当時、皇帝が幼かったという理由や情勢が不安定であった事を踏まえ、即位の儀は宮で密かに行われたとか。
また成人の儀も二年前、皇帝が十五の歳に同様に宮でのみ行われたらしいが、治安が落ち着き国の情勢が安定して来た事を踏まえ、この度改めて大々的に執り行う事になった……と誰かが言っていた気がする。
(この辺りを通るんだっけ。折角だし見てから帰ろうかな)
私は目的だった細やかな買い物を済ませ、大きな道の端に列を成す人々に混ざる。
待つこと一時間程。
やがて遠方から楽隊の演奏が耳に届き、周囲は期待の眼差しで音の鳴る方を見やる。
大勢が並ぶ行列が数々の足音を運びながらやって来る。
その中に、豪奢に飾り付けられた輿が紛れてた。
あれがきっと、皇帝の居場所なのだろう。
皆が固唾を呑んで輿を見つめる。
そして、それが近づき、微動だにせず座している者の姿を見た途端、その場の女性達が一斉に感嘆の声を漏らした。
長い睫毛によく通った鼻筋、きめ細やかな肌。
姿を現した皇帝は異性を悉く虜にする程、非常に美しい見目をしていた。
私も息を呑む。
けれどその理由はきっと、周りとは異なるものだった。
自分の視界を横切る皇帝。
彼の素顔に――
「ハオ、ラン……?」
――よく知った人物の面影を見たからだ。
私は立ち尽くす。
その間も儀式の列は流れていき、輿は遠ざかっていく。
「ま、待って……っ」
あれは間違いなく浩然だ。
成長し、男性らしさが増した上、雰囲気も大きく変わっていたが、それでも私は確信していた。
彼を見間違える事などないと。
私は思わず声を上げ、輿を追いかけようとした。
けれど人が多すぎて、そもそも進む事すら出来ない。
私は為すすべなく、儀式の列が去るのを見届けるしかなかった。
私は息を弾ませながら帰路に就く。
幼少とは異なる住まい……きちんと家と呼べるような小屋の戸を開け放ち、中へ転がり込む。
「――おばさん!」
中には四十程の女性の姿がある。
彼女は食事の支度をしており、野菜を切っている最中だった。
「あら、紅花。おかえりなさい。どうしたの、そんなに慌てて」
「お、おばさ……っ、おばさん……」
「落ち着いて頂戴。とりあえず深呼吸をして」
おばさん事、静怡おばさん。
私はおばさんの言葉も無視して、言葉を絞り出した。
「浩然がいた!」
それを聞いた途端、静怡おばさんの顔が強張る。
――おばさんは浩然のお母さん。
浩然が行方不明になり、そのすぐ後に私のお母さんが病死して……そのような経緯があってから、私達は共に過ごすようになっていた。
今となっては私の第二の母のような人でもある。
「浩然がいたんだよ、今日、儀式の列の中に……皇帝の輿に座って……!」
私が必死に訴える声を聞いていたおばさんは、口を戦慄かせる。
それから両目から大粒の涙を流し、口を押えながら、彼女は崩れ落ちたのだった。
暫くの間嗚咽を漏らしながら泣き崩れていたおばさんは、落ち着きを取り戻すと、二人分のお茶を淹れる。
私達にはちょっとした贅沢品の茶葉を、随分と薄めたものだ。
それに互いに口をつけるなかで、おばさんは言った。
「私はかつて、後宮の侍女だったの」
静怡おばさんの告白は、初めて聞くものばかりだった。
おばさんは二つ前の王朝で皇后に仕える侍女だったらしい。
そして浩然は主人である皇后から生まれた子供――皇子だった。
しかし彼が生まれて程なくして王朝は破綻。
宮は反乱勢力が占拠し、皇族は惨殺された。
そんな中、軍が宮を落とすより先に皇后は浩然を逃がす選択を取った。
この時浩然の事を任されて宮を抜け出したのこそが静怡おばさんだったという。
「新たな王朝を迎えるも、反乱軍は複数の勢力が集ったものだったから、上手くいかなかったのでしょうね。すぐに元反乱軍同士による権力を求めた戦が起きたわ。これが、貴方達の小さい頃の話」
更に混乱を極めた時代へと突入した国はどんどんと荒んでいき、やがて各勢力はこのままでは国の弱体化を進めるだけだと悟る。
そして政治の頂きには各勢力に属さない者を据えるべきという意見の一致で和解した。
この時偶然にも身元がわれた皇族の生き残りが浩然だったと、静怡おばさんは語った。




