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第9話 茶助!修行初日から謹慎する!

無念和尚は株での負けを引きずりながら、部屋を出て行ってしまった。

茶助とレンは、しばらく本堂で待つことになった。


本堂の中央には、立派な阿弥陀如来像が安置されている。


その横には、なぜか大量の札束が山のように積まれていた。


「……レン」


「なんだ」


「あれ、札束だよな?」


「そうだな」


「本物かな?」


「知らん」


そこへコウタが入ってきた。


「何してるの?」


茶助が札束を指差す。


「あれは何のお金なんだ?」


「信者さんたちからの寄付金だよ」


「寄付金か……」


茶助が残念そうに札束を見る。


「何を期待してたんだよ」


「阿弥陀さまが現世で商売してるのかと思って」


「仏様が札束を数えてたら嫌だろ」


「でも、あれだけあるなら一枚くらい……」


「絶対に触らないでよ」


「触らないよ」


即答した茶助だったが、足は札束へ向かっていた。


「今、近づいてるけど?」


「距離を確認してるだけだ」


「何のために?」


「修行の一環だ」


レンがため息をつく。


「こいつは放っておくと本当に触るぞ」


「分かってる。僕が和尚を呼んでくるから、ここで大人しく待ってて」


コウタが本堂を出ていく。


足音が遠ざかると、茶助とレンは札束を見た。


「……誰も見てないな」


「見てないな」


「じゃあ、触っても――」


「ダメだ」


「一枚だけでも?」


「ダメだ」


「お前も触りたいんだろ?」


「俺は本物か確認してるだけだ」


「俺と同じじゃん!」


茶助が手を伸ばす。


その瞬間――


バチッ!!


「うわああああああああ!!」


指先から火花が散った。


「な、なんだこれ!?」


「寄付金を守るための仕掛けだろ!」


茶助は指先を押さえながら、札束を見つめる。


「……でも、一枚だけなら」


「やめろ!」


バチッ!!


「ぎゃああああああ!!」


「二度目も同じだろ!」


「今のは確認だ!」


「何を確認したんだよ!」


そのとき、本堂の奥から和尚の声が響いた。


「ほっほっほ。欲望を抑える修行は必要なようじゃな」


「和尚!?」


いつの間にか、和尚が入口に立っていた。


「それは阿弥陀さまへの寄付金じゃ。欲望に負けぬ心を鍛えるため、あえてそこに置いておる」


「最初から修行だったんですか!?」


「そうじゃ」


「電流も!?」


「そうじゃ」


「先に言ってくださいよ!」


「先に言えば、欲望を試せぬじゃろう」


レンがうなずく。


「確かに」


「納得するなよ!」


和尚は二人を見つめた。


「欲望とは、目の前にあるものほど強くなる。金、名誉、食べ物、そして怒りもまた、心を支配するものじゃ」


その直後、本堂の外から大きな声が響いた。


「おーい、新入り!」


乱暴な足音とともに、一人の青年が入ってきた。


彼の名は、煩悩寺邪鬼。


二十二歳だが、精神年齢は三歳ほど。気に入らないことがあるとすぐに駄々をこね、相手を威圧するオラオラ系の修行僧だ。


邪鬼は茶助が手首に付けているピンクの数珠へ目を止めた。


「なんだ、そのチャラチャラした数珠は?」


邪鬼が数珠を指でつつく。


「寺に来てまで、そんな派手なもんをつけてるのかよ」


茶助の笑顔が消えた。


「……それは、みさきがくれたんだ」


「へえ。女か?」


「……そうだよ」


「そんなオモチャみたいな数珠を贈る女も、センスねえな」


茶助の手が数珠を握りしめる。


「……」


「茶助、落ち着け」


レンが肩をつかむ。


「……分かってる」


茶助は深呼吸した。


「俺は修行に来たんだ。怒っちゃダメだ……」


「お前、全然落ち着いてないぞ」


「落ち着いてる……」


眉間には深いしわが寄り、目は邪鬼を睨みつけている。


邪鬼が、もう一度数珠をつついた。


「そんな安っぽいもの、捨てちまえよ」


「……安っぽくない」


「え?」


「これは、安っぽくない!」


茶助の拳が震える。


「落ち着け、俺。怒るな。怒るな……」


「そんなに大事なら、抱いて寝てろよ。みさきちゃんとやらの安物の数珠をな」


「それだけは、馬鹿にするな!!」


ドカッ!!


茶助の拳が邪鬼の顔面にめり込んだ。


邪鬼は吹っ飛び、本堂の柱に激突する。


本堂が静まり返った。


茶助は拳を突き出したまま固まる。


「……あれ?」


レンが頭を抱える。


「深呼吸までしてたのに、なんで殴るんだよ!」


「俺も分からない!」


茶助は慌てて和尚に向き直った。


「違うんです、和尚! ちゃんと怒りを抑えようとしました!」


和尚が静かに言う。


「茶助」


「……はい」


「初日から謹慎じゃ」


「えええええええ!?」


「でも、俺は本当に頑張って――」


「結果として殴ったじゃろう」


「あと少しだったんです!」


「頑張ったかどうかではなく、殴ったかどうかじゃ」


レンが小声でつぶやく。


「修行の世界は結果がすべてだな」


茶助は邪鬼を指差す。


「でも、こいつがみさきの数珠を馬鹿にしたんですよ!」


声を荒らげた直後、茶助は口を閉じた。


また怒っている。


和尚は淡々と言った。


「それでも殴ってはいかん」


茶助はうつむき、数珠をそっと握る。


「……はい」


「欲望にも怒りにも負けた。今日は一日、自分の心と向き合うのじゃ」


「謹慎って、何をするんですか?」


「部屋で写経じゃ」


「初日から!?」


和尚はレンを見る。


「レン、おぬしもじゃ」


「えっ?」


「札束に手を伸ばしておったじゃろう」


「俺は止めようとしていました」


「止めながら、札束を見ておった」


「…………」


「二人とも謹慎じゃ」


「えええええええ!?」


本堂に、茶助とレンの叫び声が響き渡る。


こうして茶助は、寺に来て数時間で札束に手を伸ばし、電流に二度も負け、怒りを抑えようとして失敗し、初日から謹慎することになった。


――茶助の修行生活は、始まったばかりである。

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