第5話 学園長鬼龍院鉄拳、決断する!
その夜、アカギは家に帰ってからも、茶助の真剣な顔を思い出していた。
「茶助の人生……あいつなりのやり方だけど、立て直してやらないとな……」
何か、自分が教師を目指した頃の原点を思い出したような気がした。
そして次の瞬間。
アカギはスマートフォンを手に取り、検索画面を開いた。
「高校生 出家 寺」
検索ボタンを押す。
すると、画面いっぱいに寺の名前が表示された。
「あるある。結構あるじゃん」
しかし、よく見ると――
●破茶滅茶山・破滅寺
●愛欲山・楽園寺
●煩悩山・欲望寺
●色欲山・桃源寺
●金欲山・成金寺
●食欲山・満腹寺
「……」
どれもこれも、名前からして怪しかった。
「本当に寺か、これ?」
アカギは検索結果を一番下までスクロールした。
すると、ひとつだけ、まともそうな名前の寺が目に入った。
無欲山・無心寺
「ん?」
アカギは画面を見つめた。
「これ、いいんじゃねえか?」
いかにも欲や煩悩を断ち切ってくれそうな名前をしている。
アカギは寺の名前をクリックし、ホームページを開いた。
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無欲山・無心寺
「煩悩、ゼロへ。」
恋愛、出世、金銭、食欲、睡眠欲――
あなたを苦しめるすべての欲望から解放します。
入山すれば、あなたも無欲になれる。
※効果には個人差があります。
※一度入山された方の返品・返金は受け付けておりません。
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「……」
アカギは眉をひそめた。
「うーん……なんだか微妙だな」
健康食品の広告のようなキャッチコピーだった。
しかも、その下には、住職と思われる坊主が美女たちに囲まれ、満面の笑みを浮かべている写真が掲載されている。
「これ、煩悩を捨ててなくねえか?!」
アカギは思わずスマートフォンにツッコんだ。
しかし、高校生を受け入れる出家寺としては、この寺が一番まともに見えた。
「……他にないなら、ここしかないか」
アカギは、無心寺の電話番号をメモした。
* * *
翌朝。
アカギは意を決して、薔薇園教頭のもとへ向かった。
「教頭。茶助とレンの出家の件で、お話があります」
「アラ。アナタにしては、仕事が早いわね」
薔薇園は書類から顔を上げた。
アカギは、背筋を伸ばした。
「どうか、茶助とレンを出家させてやってください!」
「ハァァァァァッつ????!!!」
どこから出しているのかわからない奇声が、職員室中に響き渡った。
職員たちが一斉に振り返る。
薔薇園の体が、怒りで小刻みに震えていた。
「ワタクシ、言いましたヨネ? 茶助たちを説得できなければクビだって!」
「はい。言いました」
アカギは、薔薇園の目をまっすぐ見つめた。
「ですが、今回の件で茶助と話をして、よくわかったんです」
「何がですの?」
「教育の形は、ひとつじゃないということです」
アカギは、ゆっくりと言葉を続けた。
「茶助は、自分自身を立て直すために『出家』という道を選んだんです。教師として、俺はその気持ちを無視できません」
「フゥワァァァァ#%$*+€$?!!!」
もはや、薔薇園が何を言っているのか誰にもわからなかった。
このまま本当に昇天してしまうのではないかと思うほど、怒り狂っている。
そのとき。
パン。
パン。
パン。
手を叩きながら、ひとりの大男が近づいてきた。
鬼龍院鉄拳学園長である。
「教頭。落ち着いてください」
学園長は、アカギの隣に立った。
「アカギ先生は、生徒と正面から向き合い、自分の教師生命を賭けて、ここへ来たのです」
そして、職員室全体を見渡した。
「これぞ、教師ではありませんか」
「学園長……」
「茶助とレンを、出家させてあげましょう」
職員室中が静まり返った。
次の瞬間。
パチパチ。
パチパチ。
パチパチ。
どこからともなく、拍手が鳴り響いた。
アカギは驚いて周囲を見回した。
いつの間にか、職員たちがみな拍手をしている。
薔薇園だけが、呆然と立ち尽くしていた。
学園長はアカギに言った。
「早く、茶助とレンに伝えてあげてください」
「ありがとうございます!」
アカギは深々と頭を下げ、足早に進路指導室へ向かった。
その背中を見送りながら、学園長は呆然としている薔薇園に声をかけた。
「ところで教頭」
「……何ですの」
「一緒に筋トレしませんか?」
「なぜ今?!」
* * *
ところ変わって、本館一階・進路指導室。
部屋の中には、アカギ、茶助、レンがいた。
窓の外では、茶助とレンを推す女子たちが、心配そうな顔で二人の様子を覗いている。
この日は、茶助推し53人。
レン推し67人。
合計120人の女子が集まっていた。
茶助は女子たちに軽く目を向けると、
「心配すんな、お前ら」
とでも言うように、片手を上げた。
「キャーーーッ!」
それだけで、女子たちから黄色い声が上がる。
以前なら、茶助を妬んでいたアカギだった。
しかし今日は、不思議とそんな気持ちにはならなかった。
むしろ、穏やかな気分だった。
「……俺も教師らしくなってきたのかもしれないな」
アカギは、茶助とレンに向き直った。
「おめでとう」
「何が?」
「学園長の許可が出た」
アカギは、二人の顔を見た。
「お前たちは無事、この学園を出て、出家することになった」
茶助とレンの目が輝く。
「行き先は、奥多摩にある――」
アカギは、少しだけ間を置いた。
「無欲山・無心寺だ!」
「やったぜ、レン!」
「やったな、茶助!」
茶助とレンは、同時に拳を突き上げた。
しかし、喜んだのも束の間。
レンが茶助を見て、ニヤリと笑った。
「茶助には悪いが、絶対に俺のほうが先に悟りを開く!」
「何だと?」
「オレは、お前にだけは絶対負けたくない!」
「学年285位のオレが、286位のレンに負けるわけにはいかない!」
「悟りに成績関係あんのかよ!」
「あるに決まってるだろ!」
「ねえよ!」
二人は、出家初日から激しく言い争っていた。
アカギは、その様子を静かに眺めていた。
「……本当に、こいつらを寺に預けて大丈夫なのか?」
* * *
放課後。
茶助が上履きを履き替え、帰ろうとしていたときだった。
下駄箱の影に、誰かが立っている気配がした。
しかし、なかなか姿を現さない。
茶助は、下駄箱の横からそっと覗き込んだ。
そこにいたのは、みさきだった。
「茶助くん……」
「みさき?」
「わ、私のこと、覚えてる?」
「忘れるわけないだろ」
茶助は、みさきの顔を見た。
「鼻血」
「もう! 恥ずかしいから、やめてよー!」
「だって強烈だったじゃん。鼻血みさき」
「その呼び方、絶対やめて!」
みさきは頬を膨らませた。
そして、少し寂しそうに尋ねた。
「茶助くん、出家して学園を出ちゃうんだよね」
「お、おう」
「もう、茶助くんに会えないのかな」
「悟りを開いたら、帰ってくるかもな」
「高校生の間に帰ってこられなかったら?」
「……」
茶助は、返事に困った。
みさきは、両手を胸の前で握りしめた。
「私と、高校最後の思い出を作ってくれる?」
「思い出?」
「うん」
みさきの願いは、茶助と一緒に学園を歩きながら、いろいろな話をすることだった。
夕日が差し込むグラウンド。
誰もいない教室。
学食。
購買。
そして、屋上。
手をつないだわけではない。
特別、距離が近かったわけでもない。
ただ、学園生活で楽しかったこと。
自分のこと。
大好きなアイドルのこと。
二人は時間を忘れて、たくさんの話をした。
茶助は、こんなふうに誰かとゆっくり話したことが、今までほとんどなかった。
気づけば、空は薄暗くなっていた。
二人は正門の前で立ち止まった。
みさきが、満面の笑みを浮かべる。
「すごく楽しかった!」
普通に歩きながら話をしただけだった。
それなのに、茶助も不思議なくらい楽しかった。
今まで感じたことのない感情だった。
「オレも楽しかったよ、みさき」
そのとき、みさきは茶助に何かを手渡した。
「はい。茶助くんにプレゼント」
それは、みさきが手作りしたピンク色の数珠だった。
数珠というより、ブレスレットに近い形をしている。
「茶助くんが修行を頑張れるように」
みさきは、少し照れながら言った。
「おまじないだよ」
茶助は、手の中の数珠を見つめた。
「……ありがとう」
「うん」
二人は、しばらく黙って向かい合った。
やがて、みさきが小さく手を振る。
「じゃあ、またね」
「おう」
みさきは、ゆっくり歩き出した。
数歩進んだところで――
ズルッ。
ドサッ!
「……」
ブッシューーーッ!
「みさき!」
茶助が叫ぶ。
みさきは、鼻血を流しながら振り返った。
「だ、大丈夫! これは……お別れが寂しい鼻血だから!」
「そんな鼻血あるのかよ!」
みさきは笑った。
茶助も、思わず笑った。
その夜。
茶助は、もらったピンク色の数珠を机の上に置いた。
出家する。
修行する。
煩悩を捨てる。
そのはずなのに、胸の奥には、みさきと過ごした時間が残っていた。
茶助は、数珠を手に取った。
「……これ、持っていっていいのかな」
答える人はいなかった。
ただ、ピンク色の数珠だけが、静かに光っていた。
いよいよ、出家。
そして、修行が始まる。
――次回。
茶助とレン、無欲山・無心寺へ!
「……本当に、無欲になれるんだろうな?」
アカギの不安は、まだ消えていなかった。




