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第17話 月影峠の魔物退治(後編)

コウタは無策にも扉に突進しようとする茶助を止めて言った。


「茶助、これは引き戸だ! いくら体当たりしても無理だ!」


コウタが横に引くと、扉はあっさり開いた。


「オレの努力と肩の痛みはどうしてくれるんだ!」


茶助が叫んだ。


中には、美月と見知らぬ小さな女の子がいた。


「コウタ……どうしてここに?」


「美月さんを探しに来た!」


コウタが駆け寄る。


「怪我してるの?」


「私は大丈夫。それより、この子を……」


女の子は怯えた様子で、美月さんの服を握っていた。


「この子は星月町の子なの。山道で迷っているところを見つけたのよ」


「美月さんはこの子を助けるために?」


「そう。犬がこの子を見つけてくれたの」


巨大な犬が誇らしげに胸を張る。


「ワン!」


茶助が犬を指差した。


「お前、ちゃんと役に立ってたんだな!」


レンが空を見上げた。


「日が落ちる前に出たほうがいい。夜になれば道がわからなくなる」


美月が立ち上がろうとした瞬間、足に痛みが走った。


「……っ」


コウタがすぐに支える。


「美月さん、オレが肩を貸す!」


「コウタには無理よ。私は大人だから――」


「無理じゃない!」


コウタは美月の腕をしっかり握った。


「美月さんは、いつもオレを助けてくれた。今度はオレが助ける!」


美月は驚いたようにコウタを見つめ、優しく微笑んだ。


「……ありがとう」


コウタは顔を赤くして前を向く。


「べ、別に! おにぎりのお礼だから!」


茶助が笑う。


「コウタ、かっこいいじゃん!」


「茶助は黙ってろ!」


その瞬間――。


ドォォォン!


山の奥から大きな音が響いた。


地面が揺れ、木々の間から土煙が上がる。


レンが険しい顔をする。


「……今の音は?」


美月さんの表情が変わった。


「まさか……星月寺のほうで、何か起きているのかもしれない」


コウタが言った。


「じゃあ、星月寺に行こう」


「えっ? まだ行くのかよ!」


「困っている人がいるなら、オレは行く」


レンがうなずいた。


「……行こう」


「結局、行くのかよー!」


巨大犬も森の奥へ向かって吠えた。


「ワン!」


茶助が犬を見上げる。


「お前も行くのか? 頼むから今度は俺を引っ張るなよ!」


しかし犬は茶助の言葉を無視して服をくわえた。


「聞いてた!?」


「犬に気に入られた自分を恨め」


レンが冷静に言う。


「俺は犬に好かれるタイプじゃない!人間の女の子に好かれたいんだ!」


「煩悩が復活したな」


「最初から消えてないよ!」


◇


ドォォォン!


再び大きな音が響いた。


「やっぱり魔物だーっ!」


「音は星月寺の方向よ」


美月が呟く。


「星月寺には、古い鐘があるの。でも、あんな音がするなんて……」


一行が星月寺にたどり着くと――。


ドォォォン!


境内では、巨大な豚が鐘へ体当たりしていた。


「こらーっ! ポン太ーっ!」


和尚が境内を走り回っている。


茶助は目を見開いた。


「……豚?」


豚は一行に気づくと、鼻を鳴らした。


「ブヒィィィ!」


そして、ためらいなく再び鐘へ突進する。


ドォォォン!


「お前かーっ! 毎晩の音の正体は、お前だったのかーっ!」


和尚が頭を抱える。


「ポン太は昔から鐘が好きでな。夜になると体当たりするのじゃ」


「好きの表現が激しすぎる!」


そのとき、巨大犬が豚を追いかけ始めた。


「ワン!」


「ブヒィィィ!」


ドォォォン!


「また鳴らしてるーっ!」


犬は豚を追い、豚は鐘の周りを逃げ回り、和尚がその後を追いかける。


さらに犬は、通りかかった茶助の服までくわえた。


「って、俺を仲間に入れるな!」


茶助は犬に引っ張られながら言った。


その様子を見ていたレンは冷めた口調で茶助に言った。


「どうやらお前も追跡に参加しているようだな」


「だから違うって! 俺は被害者だぁぁぁー!」


「ワン!」


「お前は黙ってろ!」


犬がさらに力を込める。


「うわっ、待て! 俺まで鐘に突っ込む!」


「ブヒィィィ!」


「ポン太も逃げるなーっ!」


ドォォォン!


ドォォォン!


ドォォォン!


鐘の音と叫び声が、山中に何度も響き渡った。


◇


ようやく和尚がポン太を捕まえると、犬も茶助の服から口を離した。


茶助はその場にへたり込む。


「……やっと解放された」


「お疲れさまだな。犬の荷物」


「俺は荷物じゃない!」


茶助が服の裾を確認すると、そこには犬の歯形がいくつも残っていた。


「ほら見ろ! 完全に運搬用だと思われてる!」


巨大犬は満足そうに尻尾を振った。


「ワン!」


「褒めてない!」


美月さんが和尚に尋ねた。


「和尚様。月影峠に魔物が出るという噂をご存じですか?」


和尚は、ポン太を抱えたまま苦笑した。


「もちろん知っておる。じゃが、その正体はこの二匹じゃ」


茶助が犬と豚を見る。


「この二匹?」


「山道を走り回る巨大犬。そして夜な夜な鐘を鳴らすポン太」


茶助は犬と豚を交互に見た。


犬は尻尾を振り、豚は鼻を鳴らしている。


「結局、月影峠の魔物の正体は――」


茶助は大きく息を吸った。


「この犬と豚かよーっ!」


レンが淡々と答える。


「魔物というより、騒音と混乱の原因だな」


和尚は困ったように笑った。


◇


本堂では、助けられた女の子がお茶を飲んでいた。


騒ぎが収まったことで、境内にもようやく静けさが戻っている。


和尚が優しく尋ねる。


「名前は言えるかの?」


女の子は小さくうなずいた。


「……サクラ」


やがてサクラの家族が星月寺へ駆けつけた。


「よかった……本当によかった……」


母親に抱きしめられたサクラは、涙を浮かべながら美月さんの手を握った。


「お姉ちゃん、ありがとう」


「もう大丈夫よ」


美月さんはサクラの頭を優しく撫でた。


その姿を、コウタは黙って見つめていた。


「……美月さん」


「なあに?」


「美月さんは、昔から子どもを助けていたの?」


美月さんの表情が、一瞬だけ曇った。


「……私も、子どもの頃にお寺へ預けられていたの」


「美月さんも?」


「ええ。星月寺の和尚様には、ずっとお世話になったわ」


和尚が静かにうなずく。


「美月は幼い頃から、ここで過ごしておった」


美月さんは遠くを見るような目をした。


「だから、寂しそうな子を見ると、放っておけなくなるの」


コウタは小さく呟いた。


「……オレも、寂しそうだった?」


美月さんはコウタの頭に手を置いた。


「少しだけね」


「オレ、寂しいなんて言ってない」


「そうね。でも、寂しいときは、寂しいって言っていいのよ」


コウタはしばらく黙っていた。


そして、美月さんの服の袖をつまんだ。


「……美月さんが来ないと、寂しい」


美月さんの目が優しく揺れる。


「ごめんね」


「謝らなくていい」


コウタは顔を上げた。


「いつでもオレが探しに行くから」


茶助が鼻をすすった。


「コウタ……」


レンが茶助を見る。


「泣いているのか?」


「泣いてない! これは鐘の振動で目が……」


そのとき――。


ドォォォン!


全員が本堂の外を振り返った。


和尚が青ざめる。


「ポン太ーっ!」


「またかよーっ!」


境内では、豚が鐘に体当たりし、巨大犬が追いかけていた。


コウタは思わず笑った。


隣で、美月も久しぶりに声を出して笑った。


けれど――。


鐘の音が遠ざかり、境内に一瞬の静けさが戻ったとき、美月さんの笑顔はゆっくりと消えた。


その笑顔の奥には、まだ誰にも話していない過去が残っていた。


星月町で過ごした幼い日々。


そして、救えなかった、ひとりの子ども。


美月の過去に潜む本当の問題は、まだ終わっていない。


――月影峠編、つづく。


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