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第16話 月影峠の魔物退治(前編)

ここ数日、無心寺に美月が来ていなかった。


「……今日も来ない」


コウタは門を見つめながら、ぽつりと呟いた。


そこへ茶助が駆け込んでくる。


「知ってるか? 月影峠に魔物が出るらしいぞ!」


「また噂話か」


レンが冷静に返す。


「本当だって! 夜になると、山の奥からすごい声が聞こえるんだって!」


「誰から聞いた?」


「誰かが誰かから聞いたって言ってた!」


「全く信憑性がないな」


「噂なんだから、そこは聞くな!」


「無責任な情報だ」


月影峠は、無心寺のある雲取町と、美月が暮らす星月町の間にある山深い峠だ。


昼間はバスも通るが、夜の森に入る人はいない。


コウタは月影峠の方角を見つめた。


「美月さんが来なくなったのと、魔物の噂が出たのは、同じ頃だよね」


「まさか……美月さんが魔物に……」


茶助の顔から笑みが消えた。


コウタは立ち上がった。


「オレ、美月さんを探しに行く!」


「待て!」


茶助が止める。


「一人で山に行く気か? どんな恐ろしい魔物なのか、正体も分からないんだぞ!」


するとコウタは、ニヤニヤしながら茶助を見た。


「あれ? 茶助は僕より年上で高校生なのに、魔物が怖いの?」


「怖くない!」


「でも、震えてるよ」


「これは武者震いだ!」


「歯もガチガチ鳴ってるけど」


「それも武者震いだ!」


茶助は震える拳を握りしめた。


「とにかく! 夜の山に入って魔物と戦う準備が必要だ!」


「そこまで言うなら、何か準備するんだな?」


レンが呆れた顔で言った。


「もちろんだ!」


そう言うと茶助は寺へ戻り、あれこれ荷物を抱えて戻ってきた。


「まず、これ!」


取り出したのは――


虫よけスプレー。


「山だからな!」


「魔物だぞ?」


「虫も出るだろ!」


次に取り出したのは――


熊よけの鈴。


「これは重要だ!」


「魔物に居場所を教えるだけじゃないか?」


「…………」


茶助は黙って鈴をしまった。


そして最後に取り出したのは――


遠足用のおにぎり三個。


「腹が減っては戦はできぬ!」


「お前、本当に魔物と戦う気あるのか?」


「もちろんだ!」


茶助は胸を張った。


「ちなみに梅、鮭、昆布の三種類だ!」


「聞いてない!」


レンは頭を抱えた。


「お前の準備、完全に遠足だろ……」


「違う!」


茶助は真剣な顔で言った。


「これは――」


一呼吸置いて、胸を張る。


「魔物退治遠足だ!」


「……もういいよ」


コウタはため息をついた。


「とにかく行こう」


こうして三人は、結局ほぼ手ぶらで月影峠へ向かった。


◇


夜の峠は、昼間とは別世界だった。


木々の間から月明かりが差し込み、風が吹くたび、葉がざわめく。


「美月さん……」


コウタが懐中電灯を握りしめた、そのとき――。


ガサッ。


三人の足が止まった。


「今の音、何だ?」


茶助が震えながら尋ねる。


「風だろう」


レンが答えた。


しかし今度は暗闇の奥から、低い唸り声が響く。


「グルルルル……」


茶助の顔が青ざめた。


「なあ、レン。俺、帰ってもいい?」


「ここまで来て何を言っている」


「だって、絶対魔物だろ!」


「まだ音しか聞いていない」


「俺の想像力では、もう三匹いる!」


その瞬間――。


月明かりの中に、巨大な影が現れた。


「グオオオオオオッ!」


「うわあああああ!」


茶助が飛び上がる。


「落ち着け!」


「無理だ! 足が逃げたがっている!」


「足だけ逃げたら、お前はどうするんだ!」


しかし、コウタは逃げなかった。


「……待って」


影がゆっくり近づいてくる。


コウタがそっと手を伸ばし、その頭を撫でた。


すると巨大な影は、嬉しそうに尻尾を振った。


バシン! バシン!


「……犬?」


犬はコウタの手をペロペロと舐めた。


「やっぱり犬だ!」


「じゃあ、さっきの声は何だったんだよ!」


「ただのあくびだな」


レンが即答した。


「魔物の咆哮じゃないのかよ!」


「お前は犬のあくびに負けたのか」


「驚いただけだ!」


「腰が抜けているぞ」


「地面と仲良くしているんだ!」


すると犬は、茶助の服の裾をくわえた。


「え?」


ズルズルズル……。


「うわあああ! 俺は食べ物じゃないぞ!」


犬は茶助を引っ張りながら、森の奥を見つめている。


「この犬、何かを知らせたいんだよ」


コウタが言った。


「分かった! 行くから、せめて人間として運べ!」


犬は返事の代わりに、さらに強く引っ張った。


「返事がワンしかない!」


三人は犬の後を追った。


やがて森の奥に、小さな山小屋が見えてきた。


入口近くの枝には、布が引っかかっている。


コウタが駆け寄った。


「……これ、美月さんのスカーフだ」


「美月さん、ここにいるの?」


茶助が小屋を見上げる。


「魔物に閉じ込められているのかもしれない」


レンが言う。


「それとも、美月さんが魔物を閉じ込めているとか?」


「美月さん、強すぎだろ! 魔導士か!?」


そのとき――。


小屋の中から、かすかな声が聞こえた。


「……誰か、いるの?」


コウタの目が大きく開く。


「美月さん!」


三人は小屋へ駆け寄った。


しかし、扉は固く閉ざされている。


「……助けて」


「今、助けるから!」


茶助が拳を握った。


「任せろ!」


茶助は扉へ向かって走り出す。


「どりゃああああ!」


ドンッ!


しかし――扉はびくともしない。


茶助はその場に尻もちをついた。


「……痛い」


レンが扉を確認する。


「扉は無傷だな」


「俺を心配しろよ!」


「扉の方が重傷だと思った」


「俺の方が重傷だ!」


コウタは扉を見つめた。


「美月さん、待ってて!」


茶助が立ち上がる。


「次はもっと助走をつける!」


その時、小屋の中から、再び声が響いた。


「早く……!」


コウタは拳を握った。


「絶対に助ける!」


山小屋の中で何が起きているのか――。


三人は、まだ知らなかった。


ただ一つ分かっているのは――


茶助が次に扉へ突っ込む前に、誰かが止めなければならないということだった。

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