第55話 教祖ライアーと聖女ユーリエを殺せ
(先生ってなに? こいつ、あんなに怖いのに裏切り者パターン? 最悪じゃん……)
(だ、大丈夫でしょ、たぶん。だったら、もうとっくにわたしたちなんて始末されているはずだし。信じましょ)
(なんでそう言っているのに俺の背中に隠れるんだ、てめえ! 信じてねえじゃねえか!)
ダリアが一歩前に出ることを、ライアーとユーリエはにっこりとほほ笑んで許した。
本来、こういう場所では上位者よりも出しゃばらないのが鉄則だが、今回に限りダリアが表に出る。
自分で対応しなくてよくなってラッキー、とか思っていない。
とてもやさしい教祖と聖女は、そんなことは思わないのだ。
さて、先生と突然呼ばれた形になるイリアであったが、その呼び方に否定はしなかった。
むしろ、懐かしさをかすかに出しながら、口を開いた。
「ダリア……。そうですか。こうして異教徒となり果てたあなたとこのように会うことになるとは思ってもいませんでしたよ。あの敬虔な信徒であったあなたが……」
「必然だったのではないでしょうか? 私は今の道を進んだこと、まったく後悔していません」
「そうですか。非常に残念ですよ」
「ええ、私もです」
片や無表情、片やニコニコと柔和な笑顔。
しかし、明確なのははっきりとした対立姿勢だった。
どこぞの教祖と聖女が、この空気怖い……とビクビクし始めた時だった。
その空気を断ち切るように声を上げたのが、イリアとともに会談にやってきていたマルセルである。
これにはどこぞの教祖と聖女もにっこり。
空気を壊してくれるのは大歓迎だ。
「イリア殿、これはどういうことですかな? まさか、邪教の輩と既知とは……。このことは、本部に報告しなければ……」
「報告はお好きにしてください。私の信仰は、必ず天使様に届いているので」
「……ちっ」
舌打ちをするマルセル。
腹立たしいことだが、神聖騎士に選ばれている時点で、彼女は天使から個として認知されているということになる。
大勢の信者がいる天使教で、それは偉業と言えることだ。
なるほど。確かに異教徒に知り合いがいるくらいでは、彼女の立場を崩すのは難しいかもしれない。
だが、いずれはうまく活用できるだろう。
そう考えている間に、イリアはじっとダリアを見た。
「……完全に道は別たれたと考えてよろしいですか、ダリア」
「はい、イリア先生。私は敬意をあなたに持っていますが、天使教に対しては違います」
ニコニコとほほ笑むダリアに、虚勢の色は見えなかった。
天使教を離れられてよかったと、心の底から思っている顔だった。
「反吐が出るような醜い烏合の衆の集まり。そして、決して手を差し伸べない天使。どれもこれも、私には気持ち悪くて仕方ありません」
「貴様ぁ!!」
マルセルが、イリア以外の天使教の信者たちが、一斉に殺気立つ。
イリアだって、ダリアが言っていることだと分かっていてもいらだちを隠しきれない。
それほど、この場にいる彼らは天使教に心から信仰している。
その怒りはすさまじく、某教祖と聖女はビビり散らかすほどだった。
「天使教への侮辱、愚弄! どれもこれも、到底許されるものではない!」
「先にマガツヒ教……そして、偉大な教祖様と聖女様を愚弄したのはそちらです。到底許せません。地獄に落ちていただきます」
しかし、激怒しているのはダリアもである。
ライアーとユーリエを軽んじるような言動には、心底うんざりしていたのだ。
当然、それはほかのマガツヒ教信者たちも同じである。
それこそ、ダリアが止めていなければ、とっくに殺傷性の高い攻撃が仕掛けられていたことだろう。
そして、そうなっていたら、ライアーとユーリエはもう外面なんて知ったことかと言わんばかりに、全力で逃げ出していたことだろう。
ダリアは知らず知らずのうちに、教祖と聖女逃走事件を未然に防ぐことに成功していたのだった。
「天使教と事を構えるということでよろしいですか?」
「それも構いませんが……」
「「ッ!?」」
やだやだやだ、それは困る困る困る。
必死に念を送るライアーとユーリエ。
天使教と正面衝突なんて冗談じゃない。
間違いなく負けるし、負けた後に待っているのは、責任者の処刑である。
自分たちが責任者から逃げるまで、戦争は禁止である。
「今回のあなたたちの行動が、天使教の総意なのでしょうか? あれだけ巨大な規模の組織が、こんなにも早く動くことができるとは思えません。おそらくは、イリア先生の独断専行では?」
つまり、まだこの状況で天使教と反目し合ったとしても、天使教全体としてマガツヒ教を潰しにかかってくる可能性は低いということだ。
天使教は巨大な組織だからこそ、一枚岩ではない。
イリアのことを好ましく思わない者もいるだろうから、いくら異教徒討伐のためとはいえ、そうそう簡単に腰を上げる者もいない。
となれば、対処すべきは、ここにやってきている天使教の信者だけだ。
まあ、神聖騎士を一人殺せばさすがに天使教も一定の反応は見せるだろうが……。
それはそれだ。ダリアの中では、どうせ戦うことが決まっているのだから。
「……否定はしません。しかし、私は神聖騎士。神聖騎士には、ある程度の独断専行が認められています」
「なるほど。先生も出世しましたね。道は違いますが、嬉しく思います」
「……そうですか」
目を閉じるイリア。
瞼の裏に浮かび上がるのは、彼女が先生として勤務していた孤児院から、ダリアが巣立つときのこと。
にこやかに笑い、自分のように優しく子供を導ける天使教のシスターになりたいと言っていたダリア。
そんな彼女が、今ではすっかり異教に染まり、自分の前でほほ笑んでいる。
それについて、様々な感情が浮かび上がっては消えて行った。
「先ほどからくだらないことをべらべらと話さないでいただけますかな、イリア殿。今回のことは、しっかりと本部に報告させていただき、問題とします。よろしいですな?」
その感傷に浸ることを許さないのは、味方であるはずのマルセルであった。
どうにも嫌われているようで、敵意を感じる。
まあ、それはイリア個人というより、神聖騎士としての自分に敵意があるようだが。
自分を追い落としたところで、彼が神聖騎士になれるわけではないのだが……。
面倒くさいし、自分が育ててきた子供でもないので、指摘してやることはないが。
「お好きになさってください」
「ええ。そして、マガツヒ教なる邪教」
ジロリとライアーたちをにらみつけるマルセル。
なんで俺をにらむんだよ、とげんなりしていた。
「その罪、すぐにでも思い知ることになるだろう」
「怖いですね。では、しっかりと対応させていただきますね」
「ま、まあ、話し合いは継続ということでよろしいのでは?」
「そ、そうですね。無駄な争いは避けた方がいいですから」
マルセルの脅迫ともとれる言葉に対し、柔和な笑顔で迎え撃つ宣言をするダリア。
日和っているのは、教祖と聖女だけだった。
「それでは、貴重なお時間をいただき、ありがとうございました」
「おあああああ……」
『また言葉失ってる……』
背を向けて帰っていく天使教の使者たち。
無様に縋り付くこともできず、ライアーとユーリエは天を見上げてうめき声を漏らすのであった。
◆
天使教の使者たちは、すぐにでも街を離れた……ように見えていた。
実際、イリアはすでに異教徒の街から出立している。
だが、彼女に用があると言って街の外で別れた後に、戻ってきたのはマルセルたちだった。
「さて、このような結果になったから……というわけでもないな。うまく会談が成立していたとしても、同じことをしていたが……」
自分に付き従う仲間たちに声を潜めて話す。
イリアは甘いのだ。
あれでは、神聖騎士なんてやっていられないだろう。
すぐにでも引きずりおろしてやりたいところだが、何かきっかけが必要だ。
今の自分の意見は、イリアが言うように相手にしてもらえない可能性が高い。
信仰心が篤いだけでは、どうにもならないこともある。
だが、確かな実績を積めば、発言力が変わってくる。
そう。たとえば、最近増長している邪教を潰すといった、目に見えた功績があれば……。
「やれ。あの裏切り者の神聖騎士のことなど気にするな。次期神聖騎士の私が許可する」
マルセルが自信満々に背を押すと、周りの仲間たちも頷く。
彼らも敬虔な天使教の信徒であり、マガツヒ教に対しては、いい感情はまるで持ち合わせていなかった。
だからこそ、マルセルに後押しされ、彼らの目には強い敵意と殺意がこもる。
そんな彼らを見て満足そうにうなずいたマルセルは、命令を下した。
「マガツヒ教を……教祖ライアーと聖女ユーリエを、殺せ」
『自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた』のコミカライズ第2巻が、9/14に発売されています! ぜひご覧ください!
また、過去作のコミカライズ最新話が公開されました。
期間限定公開となります。
下記のURLから飛べるので、ぜひご覧ください。
『自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた』第16話
https://magcomi.com/episode/12207421984126749592
『人類裏切ったら幼なじみの勇者にぶっ殺されました』第11話
https://manga.nicovideo.jp/watch/mg1151266
https://kimicomi.com/series/eb41931417e85
『自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた』第12話
https://manga.nicovideo.jp/watch/mg1127191




