第49話 よくねえから帰れ、化け物
教会は大盛況だ。
今までスラムの一角でこじんまりしていたのだが、街の中心部に巨大な教会が瞬く間に建設され、町中のクソカルト信者たちが集まっている。
では、もともとあった小さなスラムの教会はなくなったのかと問われると、今でも存在していた。
むしろ、始まりの地、みたいな感じで聖地化しているらしい。怖い。
ただ、信者のほとんどはでかい方の教会に行ってくれるようになったため、俺からするとありがたいことこの上ない。
この小さな教会をサボり場にすることができるからだ。
正直、俺はプチ贅沢がしたいのであって、あんな絢爛な教会で過ごしたいとは思わない。
身にあった生活が大切なのである。
そして、そんな場所で俺は……。
「あぁぁぁぁぁ……」
仰向けになりながら野太い悲鳴を上げていた。
しんどい……つらい……帰りたい……。
どうしてこんなことに……。
せっかくサボっているというのに、心が一向に晴れない。
「うるさいわよ。黙って枕になっていなさいよ」
「人を勝手に枕にしてんじゃねえよ……」
そんな俺に嫌そうに眼を向けてきたのが、ユーリエである。
いつものように、俺の身体を下敷きにしてゴロゴロしていた女だ。
俺の上でゴロゴロすんな。色々痛いわ。
くるりと身体を反転させ、俺の身体の上でうつぶせになるユーリエ。
白い髪が顔にかかってきてこそばゆい。
うーん、邪魔。
「で、なに? うるさいんだけど」
「いや、今俺たちの置かれている現状以上に平和すぎて、逆に怖いなって……」
「あぁ……」
俺の言葉に納得したようにうなずくユーリエ。
少し前に、俺たちはとんでもない事態に巻き込まれた。
すなわち、マガツヒ教によるクーデターである。
絶対に成功するはずのない零細カルトが、なんと領主である貴族のなんとか君をぶち殺し、街を乗っ取ることに成功したのである。最低だ。
当然、これから国とか近くの貴族とかに鎮圧されて処刑されるだろうが、それは別にどうでもいい。
狂信者連中がどうなろうが知ったことではないから。
大問題なのは、そのマガツヒ教の名目上のトップが俺ということである。
でも、こんなクーデターについて完全に無知だった俺が殺されるのは納得がいかん。
仮に、俺が指揮していたとしても納得いかん。
いつ報復されるかドキドキしていたのに、最近は何も起きていない。
平和な日常そのものである。
狂信者たちの機嫌を損ねないように、一日に数回適当かつ無責任なことをべらべら説法として喋るだけでいい。
後は引きこもってゴロゴロしているだけだ。
なにこれ? 最高じゃん。
俺が望んでいた生活が、今ここにあるんだけど。どういうこと?
「というか、それはもう心配しても一緒じゃない? わたしたちにどうにかできる範疇じゃないし。なるようにしかならないわよ」
俺の頬をビシビシ指でつついてきながら言うユーリエ。
爪が刺さっていたいからやめろ!
なるほど、ユーリエは余裕そうだ。
「そうか。それで、お前は一人で逃げるように荷物をまとめているのか」
「ど、どうしてそれを……!」
ちなみに、それは全部処分してある。当然だよね……?
そういうとかみついてきやがった! なんだこいつ!?
芝生の上でゴロゴロ取っ組み合いしていると、諸悪の根源が話しかけてきた。
「二人とも、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。仮に天使教が攻めてきたとしても、皆殺しにしてやればいいだけだし!」
普通の人間でも言わないことを平然と宣う化け物が、我らが女神マガツヒ様である。
善神を主張しているが、今の言動のどこを見ればそれを信じられるのだろうか。
ウキウキで顔を近づけてきたので、ふわふわの黄緑色の髪がかすかに顔をくすぐった。邪魔。
「俺たちの戦力でどうやってあんなバカでかい組織と殴り合うんですか。縊り殺されるだけですよ」
「勝てるビジョンが見えないとは、まさにこのことね」
天使教は、この世界を支配している最大宗教である。
信者の数も相当だ。まあ、信仰の熱心さは個人差はあるだろうけれども。
しかし、熱い方だと、それこそうちの狂信者たちと同じくらいには信仰心を持っているだろう。怖い。
……そう考えると、信者のおおよそが狂信者のマガツヒ教ってやばくね?
「んー。まあ、確かに非常に不愉快なことに、単純にデータとか規模とかを見たら勝ち目は薄いかもしれないけど……」
「絶対に勝ち目ゼロとは言わないんですね……」
変なところで負けず嫌い発動するのやめてもらっていいですか?
薄いどころかゼロである。
たとえ、奇跡が100回連続で起きたとしても負ける。間違いない。
「ただ、なんていうのかな……。天使教も、大きくなりすぎたんだよ」
マガツヒ様はふわふわと浮かびながら話す。
邪魔だから消えてくれないかなぁ……。ご高説戴いているところ恐縮なんだけど……。
「あれだけ大きくなると、組織としては一枚岩にはなれない。二つの勢力どころか、いくつも分かれて内部闘争をしているだろうね。明確な外部の敵がいないから、なおさら。だから、天使教が組織的に動くのは、もっとマガツヒ教という脅威が大きくなってからだと思うな」
つまり、俺たちみたいな小さな敵を相手にするよりも、内部の敵の方が強大だし重要視しているということか。
俺たちのことを気にする余裕がないくらい、激しい闘争が行われているのだろう。
うーん、ゴミみたい。
まあ、勝手につぶし合ってくれるのはこっちにとってメリットしかないからいいんだけどね。
「じゃあ、組織的に動かれることはないですね。よかった……」
脅威に思われるほど大きくする気はないし、そもそもそうなる前に逃げるし。
「ん~? どういうことかなぁ? 天使教をつぶすんだから、むしろ脅威に思ってもらわないとね!」
嫌だ、この女神……。
何を言っているのかさっぱり分からないわ……。
「大丈夫だよ。戦力は、十天鬼衆でそろえたから!」
「誰が入っているか分からない称号なんですけど……」
十天鬼衆。
これまた知らない間に作られていた、マガツヒ教団の中の非合法武装集団である。
俺が認めていないから、非合法だ。
マガツヒ様が好きなように選んだ10人らしく、武力はもちろん、他にも様々な特化した能力を持っている、らしい。
全部推測とまた聞きである。だって、俺その力が発揮されているの、見たことないし……。
そもそも、発揮してもらいたくない。何もしないで……。
「彼らにとって、天使教の大半なんてゴミみたいなものだから! まあ、神聖騎士団はちょっとあれかもしれないけど……」
「なんですか、その不穏な言葉は……。ユーリエ、知ってる?」
俺の胸の上でよだれを垂らしてすやすやしかかっていたユーリエを無理やり起こす。
ふざけんなよお前。汚いだろ!
俺に起こされて非常に不本意そうだったが、問いかけには答えてくれた。
「天使教の武力の頂点よ。何人いるとか、どういう風にしたら選ばれるとかは知らないけど、少数精鋭らしいわ。異教徒を滅ぼすために存在しているというのは有名だけど」
全然穏やかじゃない……。
神聖っていったい……。
「……実力は?」
「えぐい」
「ひぇ……」
あれなの? やばい宗教組織には、やばい武力集団がいるものなの?
しかし、神聖騎士とやらと十天鬼衆とやらが激突したらどうなるのだろうか?
ろくでもないことにしかならなそう。
まあ、さすがにそんな全面戦争みたいなことはないだろ。
あったとしても、その時俺はとっくに逃避行しているし。
「あー……どうにかして状況を打開しないとなあ……」
逃避行するのはいいのだが、その方法が問題だ。
いい案が出てこないんだよなあ。ずっと考えているんだけど……。
「信者たちの目がね、動こうとするとギラリと光る気がするのよね……」
「な。だいたい、こういう話をしているときに途中で……」
二人そろってため息をついた時だった。
ザリ、と土を踏みしめる音が聞こえたので、一瞬で猫を被る。
「こんにちは、教祖様、聖女様。少し、お時間よろしいでしょうか?」
「もちろんですよ、ダリア」
よくねえから帰れ、化け物。
第3章スタートです!
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