第48話 辺境伯
まさしく、城と呼べるほどに立派な建物。
同じ貴族の邸宅ではあるのだが、アリドーラのそれとはくらべものにならない。
それは、領地の大きさの違い、そして税収の違いを如実に表していた。
そんな城の中の一室で、二人の女は向かい合っていた。
「なんということでしょうか……。それは、事実なのですか?」
一人の女は、ひどく落ち込んだ様子を見せていた。
茶色のふわふわとした髪は手入れが行き届いているようで、長いにもかかわらず、先端まで緩やかなウェーブがかかっていた。
この城の主らしく、衣装も豪華だ。
きらびやかというほどではないが、庶民なら一生かかっても着られないような衣服。
小柄な体躯だが、胸部は大きく盛り上がっており、惜しげもなく谷間がさらされている。
「ええ、事実です。非常に残念なことですが、領主アリドーラは討ち取られ、マガツヒ教なる邪教があの街を支配しています」
そして、そんな女に向かい合う彼女は、ライアーの一撃で荒廃した場所を覗き見していた女だった。
茶色の髪を後ろで一つにまとめたポニーテールで、動きやすくしている。
貴族の女と違って表情は抜け落ちていて、鉄仮面。
ただ、声音には多少のいらだちが混じっていた。
そんな彼女の言葉を聞いて、大げさに肩を落とす。
「ああ、なんということでしょう。わたくしととても仲良くしてくださっていたアリドーラが……。そう言った事情があると教えてくれれば、すぐにでも援軍を送ったのに……。そうであれば、邪教の輩に殺されることもなかったでしょう……」
うっすらと目に涙を浮かべている。
そんな彼女をじっと見下ろした。
「あなたはアリドーラと親しくしていたのですね」
「ええ。お互い、孤独な立場である貴族同士。領地の規模に差はあれど、お互いを信頼し合えるいい友人関係にありましたわ。ところで……」
女の目が鉄仮面を捉える。
先ほどまでの悲しんでいた色はなく、ただこちらを観察するような顔。
どこか迫力があって、しかしこれくらいでは引くことはなかった。
「わたくしは、あなた方はアリドーラのことを快く思っていないと勘違いしていたようですわね。残念がってくれるとは、彼もあの世で喜んでいることでしょう」
最初、何を言われているか分からなかった。
首を傾げて、彼女が言っていることをようやく理解した。
どうやら、誤解をしているらしい。
「……? ああ、残念に思っているのは、アリドーラの死ではありません。むしろ、天使教にとってはいいことだったと思います。彼は、天使教の布教にあまり好意的ではありませんでしたから。まあ、彼の力のことを知った今は、その理由も分かりますが」
世界にあまねく知らしめなければならない天使教のすばらしさ。
しかし、アリドーラは自分の街では積極的に布教することに協力しようとはしなかった。
さすがに布教を禁ずることや教会を置かせないということはしなかったが、他の領主たちに比べると非常に非協力的だった。
その理由が分からなかった当時はひどく不可解に思っていたが、彼の能力があったことを知れば理解できた。
不死。それは、不滅の存在。
天使を敬愛する自分たちには、到底受け入れられるものではない。
だから、天使教を遠ざけていたのだろう。
まあ、理由が分かったところで好ましくは思わないが。
仮にライアーたちに敗れていなければ、自分が殺していたことだろう。
「力?」
「いえ、こちらの話です」
わざわざ言いふらす必要もないだろう。
女はそう判断し、話を戻す。
「残念に思っていたのは、マガツヒ教なる邪教がはびこったことですよ。この世で信仰するべきは天使様のみだというのに、それ以外の邪神を崇めるなどと……。見えない場所でこそこそ信仰するくらいなら目こぼししてあげても構いませんが、あんなにも表に出てくると不快でしかありませんね」
天使教以外の宗教なんて、存在する価値がどこにあるのか。
本来なら今すぐにでも根絶やしにしてやりたいところだが、小さな土着宗教は、それこそ無数に存在する。
不可能ではないかもしれないが、実行するには多大な時間と労力、そして金が必要となるので、実質的には無理だろう。
だから、その気持ちを抑えていたのだが、ここまで目立たれると放置するわけにはいかない。
同僚のあの甘ちゃんなどは反対するかもしれないが、知ったことではない。
あの時つぶした宗教と同じようにするだけだ。
「ああ、やはりそうですわよね。だってあなたは……」
笑みを浮かべて、女はたたえた。
「栄えある神聖騎士団の騎士――――イリア様ですからね」
「身に余る評価をいただいていると自負していますがね」
そう思っているのは本当だ。
自分の小さな信仰心を評価してくださった天使や上層部には、感謝しかない。
だからこそ、恩返しをしなければならない。
天使教を世界に知らしめ、それ以外の邪教を撲滅するのだ。
「それで、その悍ましい邪教は、地理関係上こちらの領地に入ってくる可能性が高い。その際は、天使教の敬虔な信徒として、適切な対応をお願いいたします」
「ええ、もちろんですわ。とはいえ、さすがにこちらの領地に入ってこなければ、わたくしも対応のしようがありませんが。そこは、許してくださいまし」
「ええ。そこまでは求めません。そのあたりは、神聖騎士団の方で動きます。だから、あなたに動いてもらうのは、この領地にあの不届きものたちが侵攻してきたとき」
イリアはその無表情で、彼女を見つめた。
「頼みましたよ。辺境伯スーフェリア・オルグランド」
「ええ、お任せされましたわ」
第2章、完結です!
次回より、第3章となります。
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