第33話 ライアー、白目をむく
ふと意識が戻ってくる。
昔のことを思い出していたら、すっかりのめりこんでしまっていた。
もはや、追体験していたほどである。
……だからこそ、俺はがっくりと肩を落とした。
あの時の俺に会ったら、優しくビンタして止めたい。
正気に戻れ!
話を聞いていた諸悪の根源は、ニコニコと笑っていた。
何がおかしい。
「あー、そんなこともあったねぇ。懐かしい。あの時は、二人ともとても可愛らしかったよ。…………あれ? 思い返せば、子供の時から僕って敬われていない……?」
「敬っていますよ」
「ほんとほんと」
俺とユーリエは適当に相槌を打つ。
変なところに感づこうとするな。
バカでちょろいところが、マガツヒ様の唯一の美点なのだから。
他? 何もないよ?
ユーリエは俺を見て、責め立てるように顔を歪めていた。
「でも、あの時にちゃんと言ったでしょ。世話できないだろうから、捨ててきなさいって。まさに今そういう状況になっているじゃないの」
「……まさか、こんなクレイジーな女神だとは思っていなかったんだよ……」
「……予想の斜め下を行ったものね。想定外なことは理解できるわ」
二人そろって肩を落とす。
あの時は思ったんだ……。ちょうどいい傀儡ができたと……。
こいつを適当に祭り上げて、楽して金を集めてプチ贅沢生活を楽しもうと思っていたんだ……。
横領とかがばれてヘイトが向きそうになったら、マガツヒ様を生贄にしようとしていたんだがなあ。
マガツヒ様の暴走のせいで台無しだよ……。
俺の操り人形でいたらいいものを……!
「あの時の猫かぶりしていた君たちはいったいどこに……? 今からでも、僕に猫かぶりをしてもいいんだよ?」
「それをしたらあなたが調子に乗りそうだからダメです」
にっこり笑顔でバッサリ切り捨てるユーリエ。
手遅れだぞ、もう。
「猫かぶりしてくれなくても、今はどんどん調子に乗っているよ! 何せ、信者数がどんどんと増えていっているし!」
「こんなクソカルトを信仰する奴が増えているんですか? 世も末ですね」
「ひ、ひどい!」
教会の中に戻りながらそんな会話をしていると、すでにそこには一人の女が立っていた。
まあ、俺が呼んだから、いるのは当たり前なんだが。
すでにマガツヒ様の姿は消えていた。
変なところで恥ずかしがりやである。
本当はハメルでもよかったんだが、ユーリエが対応するのが面倒とごねたため、俺が対応することになった。
すでに一歩下がって見物の様子である。
ずるいわ、こいつ。
「マスター、聖女。呼んだカ?」
どこかつたない話し方は、こいつがこの国の人間ではないことを表していた。
長い黒髪は綺麗なもので、シーサイスを連想させる。
鋭く、気が強そうな目もそっくりだ。
まあ、こいつら相性めっちゃ悪かったはずだけど。
ただ、シーサイスと明確に異なるのは、その褐色の肌だろう。
人が普通に日焼けしてできるものではなく、こいつの種族的な特徴である。
口元は布で隠されているため、表情でうかがうことができるのは目くらいなものだった。
それだけでも十分に整った顔立ちであることは伝わってくるが……。
俺の方が整っているけどな!
とがった耳と褐色の肌が特徴的な女は、アバドンといった。
「アバドン、久しぶりですね」
「うン」
コクリと頷くアバドン。
敬語はどうした、雑魚助。
『大切な信徒になんてことを言うのかな、この教祖は』
◆
「体調などは崩していませんでしたか?」
「うン、大丈夫」
アバドンは少し前を歩くライアーを見上げながら頷いた。
彼は隣で歩いてくれる方が嬉しいというが、自分のような日陰者は後ろからついていくだけで充分だ。
それを許してもらえるだけでも、どれほど嬉しいことか。
それに、彼には聖女ユーリエがお似合いである。
彼らも二人で隣り合って歩いているときが、一番幸せそうだ。
そんな二人の背中を見守りながら、彼らを守ることができるのが、アバドンにとっての至上の幸せである。
だから、シーサイスみたいに、日陰者のくせに彼らの隣を歩こうとする者は嫌いである。
身の程をわきまえろと叫びたい。というか叫んでいる。
「それはよかった。普段はどういう仕事をしているんですか? なかなか顔を見せてくれませんから、私たちもさみしい思いをしていましたよ(微塵もそんなことないけど。はぁぁ、やべー奴の機嫌をうかがうのも疲れるわぁ)」
アバドンはそんな優しい笑顔を向けてくるライアーから、そっぽを向く。
口元を隠していてよかった。にやけ面を見られて、気持ち悪いと思われることはないから。
しかし、さすがに心優しく綺麗な存在であるライアーに、普段している汚れ仕事を馬鹿正直に伝えるわけにはいかないので、そこは黙っておくことにする。
「顔は……ちょっと恥ずかしいかラ。マスターだけならいいゾ」
「いや、物理的な話ではなく(その布なに? 顔を隠しているってことは、やましいことがあるってことだろ? いやだわぁ……)」
もちろん、アバドンジョークである。
ひどく濁しつつも、少しだけ情報を開示することにした。
「仕事……ダリアに頼まれて色々としていル。ここにいたラ、あの女もいるから気分が悪イ」
あの女、というのはダリアのことではなく、シーサイスである。
まあ、ダリアのことも決して好きではないのだが。
アバドンにとって、心許せる好意的な存在は、ライアーとユーリエくらいである。
シーサイスに対する嫌悪は、考え方の違いというのもあるが、同じような仕事をしていることからくる同族嫌悪もあるかもしれない。
アバドンとシーサイスは絶対に認めないだろうが。
そんな彼女のぶっちゃけた言葉に、ライアーは苦笑する。
「もちろん、無理をする必要はありませんが、できる限り仲良くしてくださいね。それに、時々でいいから仕事を忘れてこちらに戻ってきてください。顔を合わせたいですからね(どうでもいいけど、シーサイスとのつまらない喧嘩に俺を巻き込むなよ。それに、ダリアの命令とか絶対によくないことだわ。変にこいつを動かさないようにしないと……)」
「……分かっタ」
あまりのライアーのまぶしさに、アバドンは目がつぶれてしまう思いだった。
これほど自分のことを大切に想ってくれる人が、他にいただろうか?
だからこそ、自分は彼のために、なんとしてでも報いたいと思うのだ。
「ところで、なんで私を呼んダ?」
決して口を回すのが得意ではない自分と話していても面白くないのでは? と思ってしまう。
アバドンはこうして話をできて、とても楽しいのだが。
ゆっくりと歩き続けるライアーを追いかけながら問いかける。
「いや、こういうことになったものですから、本当に街の人々は望んでいたのかと思いまして。とくに、この街にも天使教の教会があったはずですから、そこの反応が気になります。ダリアは忙しいようですから、久々に話したいと思っていたアバドンに声をかけたのですよ(ダリアは狂信者だから、何を話しても無駄だろ)」
困ったように苦笑いするライアー。
こういうこと、というのは、マガツヒ教による街の支配だろう。
貴族の私兵団を壊滅させ、街の支配権を奪ったのだ。
その貴族も現在は街を不在にしていたため、頭を失っている武力を壊滅させるのは容易だった。
アバドンもこの作戦に参加していたため、よくわかっている。
領主が不在であることを知って行動を起こしたことも。
「……ん、わかっタ。街の奴らの反応は知らないけド、天使教は大丈夫」
「ん? どうして?」
どうやら、ライアーは天使教のことを心配しているらしい。
天使教、というよりは、その報復で自分たち信徒が傷つくことが嫌なのだろう。
天使教は他宗教に非寛容で、排他的だからだ。
当然、この街でも天使教の抵抗はあった。
しかし、それについての問題は解決済みで、ライアーが気にするところは何もない。
都合のいいことに、たまたま街を歩いていると、そこに向かっていた。
だから、言葉ではなく、目に見える形で安心してもらおう。
アバドンはライアーの前に出ると、その褐色肌の手で優しく先導する。
「……ん? なんだか暖かい?」
腕を引かれながら不思議そうに首を傾げるライアー。
その理由は、曲がり角を曲がればすぐにわかった。
「ほラ」
アバドンは誇らしげに胸を張る。
男の目を引き付けてやまない豊かな胸部が柔らかく揺れるが、ライアーの目はまったくそこに向かない。
暖かいどころではない。熱い。
空気そのものが熱されているような圧が、ライアーの全身を襲った。
そして、彼は呆然と見上げる。
――――――轟轟とうなりをあげて燃え盛る、天使教の教会を。
「大丈夫だロ?」
「――――――」
ライアー、白目をむく。
過去作のコミカライズ最新話が公開されました。
期間限定公開となります。
下記のURLから飛べるので、ぜひご覧ください。
『自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた』第9話
https://manga.nicovideo.jp/watch/mg1046038
『自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた』第13話
https://magcomi.com/episode/12207421983750208762




