第32話 私を信徒にしてください、女神様
女神とわかったのはなんでだろうかと頭を悩ませる。
この酒瓶を抱えた女以外に神を見たことがないし、見るからに普通の人間である。
確かに見た目は整ってはいるが、豊かな黄緑色の髪はぼさぼさになっているし……。
……浮浪者かな?
そう思うレベルの女なのに、パッと見ただけで人間とは違う存在だと訴えかけてくる。
「……大丈夫ですか?」
だから、俺は声をかけたのだろう。
普通の人間だったら、絶対に声をかけない。
こんなところで泥酔するようなバカなんて、かかわるだけ損だからだ。
俺の聖人すら凌駕するレベルの優しさを受けたにもかかわらず、目の前の女神は胡乱気に見上げてきた。
なんだその顔は。ぶっ飛ばすぞ。
「なぁんだよぉ? こっちは見世物じゃないんだよぉ? うぅぅぅぅ」
そういうと、シクシクと酒瓶を抱えてむせび泣き始める女神。
ガチで面倒くさい酔っ払いじゃん……。
ただ、なんというか、神って気配で分かるもんなんだな。
別にこいつ以外に見たことがあるわけではないのだが、明らかに人間ではなく神であると、本能が訴えかけてくる。
……なのに、なんでここで酔いつぶれてんだ、こいつ?
よく今まで害されなかったな。
俺以外も、この女が神であることは分かっただろう。
中途半端に悪党だと、相手が神だと分かるから手を出しづらかったのかもしれない。
しかし、吹っ切れている奴は平気で神でも襲うだろうし、こいつが生きていたのは偶然だな。
「こんなところで綺麗な女性が座り込んでいたら、心配しますよ。水、飲みますか?」
俺は水を入れてきた筒を差し出す。
腐りかけだけど、こいつならちょうどいいだろ。
たまに困っている奴にこういった俺が飲まないような水を与えたら、めっちゃ感謝されるんだよな。
感謝されること自体はどうでもいいのだが、将来何かしら恩返ししてくれないかと、常日頃から持ち歩いている。
今回みたいに役に立つんだよ、腐りかけの水。
「うぅ、ありがとう。君は良い子なんだねぇ……」
うるうると目を光らせて水筒を受け取る女神。
俺はニッコリ笑顔だ。
そんな状態のまま、ごくごくと喉を鳴らして水を飲む女神を見る。
「うん、おいしー」
腐りかけの水であることにも気づかず、もう一杯! とでも言いそうなほど上機嫌な女神。
ほら、バカだから気づかない。
とくに、酒に酔っぱらっている奴なんて馬鹿しかいないから、当然ばれない。
酩酊状態の時の水ってうまいらしいからな。
「それで、どうしたんですか? ここはお世辞にも治安がいい地域じゃないですから、外で飲んだくれていると、犯罪に巻き込まれる可能性が高いですよ?」
ちなみに、これは本当。
とくに、見た目もいい女が酔っぱらって寝ていたら、もうそれは悲惨なことになるだろう。
官憲もいるっちゃいるのだが、だいたい遅いんだよ、来るの。
「うぅ……聞いてくれるかい? 聞くも涙、語るも涙の壮絶な僕の苦労話を……」
「……はい」
神妙な顔をして頷きつつ、俺は心の中で唾を吐いていた。
俺が他人の不幸話を聞いても泣くわけないだろ。いい加減にしろ。
他人なんてどうなろうが知ったことじゃないわ。
「実はね、僕、マガツヒは女神なんだ……」
「えっ、そうなんですか?」
知ってる。
「ふ、ふふっ、そうだよね。言われないと分からないくらいにしか力がないよね? 改めて目の当たりにすると、しんどいなあ……」
自嘲を含んだ笑みを浮かべる女神マガツヒ。
え、力がない神なの?
俺、一目見ただけで分かったんだけど……。なんで?
「力があったら一目で神だと分かるんですか?」
「うん。存在感っていうのかな。力を持つ神は、それが違うんだよ。それこそ、人間が一目で分かるほどに。僕は信者の数がゼロだから、力なんて皆無なんだけどね。死にたい……」
面倒くせぇなあ、こいつ……。
俺がタダで他人を慰めるわけないだろ。いい加減にしろ。
……それよりも気になったことは、信者の数だ。
ゼロってなに?
「ぜ、ゼロ? どうしてそんなことになるんですか?」
こいつ、もしかしてとんでもないことをしでかしたんじゃないだろうな?
それで、信者全員から見捨てられたと……。
カルトでも信者がいつくのに、誰一人いなくなるって相当だぞ。
マガツヒ様は、昔を思い返すように目を細めた。
「僕だって、もともとはそこそこ信者もいる神だったんだよ。別に勢力を大きくしたいとかはなかったから、とある地域で信仰されていた感じでさ。みんな敬虔だったし、僕もそれに見合った恩恵を与えていたんだ。平和だったんだよ……あいつらが来るまでは!」
だんだんと言葉に熱がこもっていく。
面倒くさぁ……。
「あいつらっていうのは……」
「天使教だよ! あいつら、僕の信仰されていた地域にずかずかと土足で入り込んできたと思ったら、急に布教しやがって……! 信仰は自由だからそれはいいんだけど、わざわざ天使まで出張ってきやがったんだ。それはレギュレーション違反だろ……!」
怒り心頭といった様子だ。
ははぁ、天使教ねぇ。一応、一番人気の宗教だ。
俺が新興宗教を立ち上げようとしたきっかけも天使教だしな。
今では、天使が表に出てくることはほとんどないみたいだし、マガツヒ様が話しているのってどれくらい前の話なんだろうか。
当時は天使がわざわざ出てきて布教していたのか。
信仰対象が動いていたら、そりゃ効果はでかいだろう。
「しかも……しかもだよ!」
ギリッと歯を強くかみしめるマガツヒ様。
「あいつら、僕のことを邪神とか言い出したんだ! ふざけんな! 誰が邪神だ!!」
「あっ……」
なるほどなぁ。うまい手だと思う。
天使教は勢力がある程度広がったら、今度はマガツヒ様を陥れにかかったのか。
自分を上げて、競争相手を下げる。
言うのは簡単だが、実際に行動に起こして成功させるのは、なかなか手間だろう。
相当計画的にしたんだろうな。
マガツヒ様だけだとは思えないから、他の宗教が相手でも同じようにしたんだろう。
そうすることで、現在の世界最大勢力という地位があるに違いない。
いやはや、すごいなぁ。
……目の前にいるの、邪神なんだぁ。
「信者のみんなもひどいよ! 僕が信仰の代わりに恩恵を与えていたのと違って、天使教は最初だけ一気に強力な恩恵を渡すんだ。それにつられてどんどんと改宗していって……邪教と言われたこともあって、結局ついには信徒ゼロ。故郷を追い出されて、こんなところに逃げてきたってわけだよ……。天使教なんて、最初だけで入信したらもう放ったらかしにされるのにね! バカ! 信徒のばーか!」
「なるほど……」
目先の利益につられるような信者しかいなかったこの女神もあれなんじゃないかな……?
なんにせよ、マガツヒ様が信者ゼロの神となった理由も分かった。
うーん、どうしようか。
こうして普通に……普通に? かどうかは分からないが、会話ができている時点で無茶苦茶な性格ではなさそうだ。
加えて、ちょっとバカっぽい。これはいい。
俺たちの都合のいいように動かすことができるし。
天使教に対する恨みが強そうなところは難点だが……どう見ても折れている。
折れていなかったとしても、ほとんど力を持たない中、巨大な組織である天使教に歯向かったらどうなるかくらいは分かるだろう。
まさか、そんなことも分からないバカではあるまい。
神とか言っているんだから、それくらいは分かるだろう。
「……ぴったりだな」
ポツリと誰にも聞こえないように呟いた。
ユーリエと話していた、都合のいい神。
見つけたぞ。
「じゃあ、私を信徒にしてくれませんか?」
「ばーか! ばーか! ばー……あぽ?」
見ていてこっちが情けなくなるような、ガキみたいな罵詈雑言を吐いていたマガツヒ様が、ぴたりと止まって俺を見上げる。
「え、と……。今、なんて?」
「私を信徒にしてください、女神様」
座り込むマガツヒ様に、俺はにっこりと笑みを浮かべて手を差し伸べた。
マガツヒ様はじっと俺を見上げるが、恐る恐る手を伸ばしてきて……手と手が触れ合った。
この時から、新生マガツヒ教団が始まったのである。
……そう、俺の人生の過ちの一つであり、死に際にユーリエと一緒になってしまったことと併せて過去改変を強く願う場面の一つである。
過去作のコミカライズ最新話が公開されました。
期間限定公開となります。
下記のURLから飛べるので、ぜひご覧ください。
『自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた』第9話
https://manga.nicovideo.jp/watch/mg1046038
『自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた』第13話
https://magcomi.com/episode/12207421983750208762




