第23話 愛して
「ふぅむ……。それで、私に何か用があるのかね? 私も首都で忙しい毎日を送っている。時間もなくてねぇ」
「はい、もちろん承知しています。貴重なお時間を割いていただき、本当にありがとうございます。あなた様と天使様に、なんと感謝すればいいことか……」
わざとらしく忙しさをアピールする男に、やせ細ったダリアは深く頭を下げていた。
それは、屈辱を受けて仕方なくしているのではなく、心の底からそう考えているように見えた。
「何が忙しいだ。お前らは自分たちの私腹を肥やすことしかしていないくせにな。まあ、そういう意味では忙しいかもしれないが」
シルヴィエは唾を吐きそうな勢いでため息をついた。
みすぼらしいダリアと比べて、男は明らかに生活に余裕がある風貌だった。
健康状態が良さそうを通り越して過剰摂取しているであろう体つきや、きらびやかな装飾。
それらはすべて、天使教が弱者から吸い上げた寄付から作り上げられたものだ。
だから、シルヴィエは天使教が嫌いなのだ。
まあ、そんなことを大っぴらに言ってしまうと、周りから排斥されることにつながる。
スラムでもそうなのだから、とくに信仰が強い首都や辺境の小さな村で言ってしまうと、村八分につながることだろう。
とはいえ、ダリアは天使教に対する怒りがあるわけでもなさそうだが。
よくいる、芯まで天使を信仰していて、上層部に貪られていることにも気づかない、哀れな羊なのだろう。
「いやいや、そう思ってくれているなら構わんよ。意地悪なことを言ってしまった、許してくれ。私たちは同じ信仰対象を戴く同士ではないか。遠慮することはない」
「……はい」
持ち上げられて悪い気がしなかった男は、心にもないことを言っていた。
目の奥が笑っている。
自分たちに食われるだけのバカな女だと、心の中では侮辱していた。
それに気づかないダリアは、さらに頭を低くする。
「それで、用件は?」
「……申し上げにくいのですが、お、お金をいただけませんでしょうか? 孤児を養うための資金が足りず……。私の食料も分け与えているのですが、それでも食べ盛りの子供たちには我慢させてしまっています。な、何とか……」
「ふーむ」
深く頭を下げ続けるダリアは、嗜虐的に笑う男の顔を見ていない。
でっぷりと肉を蓄えた顎を撫でながら、男は大げさに時間を費やし、口を開いた。
「難しいなあ」
「……っ!」
「我々も金銭が有り余っているわけではない。だからこそ、清貧が尊ばれる。私も貧相な生活をしている。しかし、それもまた天使様への信仰を確かなものにする試練だ」
もっともらしく言っているが、資金は潤沢だ。
信者数は世界最大だし、それぞれの信仰心も強い。
そもそも、天使教は教義で寄付することを推奨している。
そのため、とくに首都のような大きな教会だと、資金力は一国を軽く凌駕する。
そのような嘘にもダリアは気づかず、ただ頭を下げ続ける。
「わ、私はそれでもかまいません。ですが、子供たちはまだ幼く、信徒として試練を受けるにはまだ早いと思います。お願いします。最低限で結構ですので、子供たちのために……」
シルヴィエは教会の外にいた痩せた子供たちを思い出す。
正直、それ以上に栄養状態が悪いのはダリアだろう。
本来なら輝くような銀色の髪も、今はくすんで見る影もない。
非常にやせ細っているし、自分の少ない食事も子供たちに分け与えていることがうかがえた。
しかし、男はそれを一瞥すると……。
「ならんと言っているが?」
「あっ!?」
ダリアをはたいて地面に打ち捨てた。
正直、ろくに鍛えていないことが動きから明らかだった。
大して相手にダメージを与えられないようなそんな動きだったが、今にも倒れそうなほど疲弊しているダリアには有効となる。
地面に倒れ伏す彼女を見下ろし、何度も足でけりつける。
「努力だ。お前たちには努力が足りない。節約、切り詰めるべきところはいくらでも残っているだろうが。それを怠り、金を要求するとは……。どれほど傲慢なのだ。恥を知れ!」
大した動きではないが、顔じゅうにびっしりと脂汗を浮かび上がらせている男。
その顔は嗜虐的に歪んでいて、性格の悪辣さが浮き彫りになっていた。
「それに、このようなものを、首都に勤めるこの私に出せたものだな。汚らしい……」
「う、くっ……!」
払いのけられたのは、何とか用意した味のついた飲み物とお茶請け。
子供たちに我慢を強いて、礼儀として準備したそれを、男は一度も口につけることなくゴミのように捨てた。
それはダリアの身体に痛みを与えるものではなかったが、明らかに心に苦痛を強いていた。
惨めさというのは、人の心を激しく傷つける。
「……まあ、あいつも苦労していたということか。それで、マガツヒ教に鞍替えしたと……。よくある話だな」
見ていても決して愉快なものではない。
とくに、シルヴィエは別にダリアを憎んでいるわけでもないため、これ以上見ていても面白くない。
顔を背けていると……。
「そうでしょうか? 実はまだ色々とあるのですが……それは、あなたに見せたくありませんね」
「ッ!?」
驚愕したのは、明確に自分に話しかけられたからだ。
これは、ダリアの記憶。
つまり、自分に話しかける者なんて存在しないはずなのだ。
目を丸くしてそちらを見れば、先ほどまで涙を流していたダリアが立ち上がって、確かにシルヴィエを見据えていた。
過去の彼女でないことは、栄養状態が普通以上になっている姿からも容易に理解できる。
自分が彼女に『ドーラ』をかけたときのダリアだった。
「記憶の中であたしに話しかけてくる……? どういうことだ……」
「信仰を」
「……あ?」
シルヴィエの問いかけに答えることなく、ダリアはにっこりとほほ笑んだ。
美しい女だと、改めて思う。
銀色の髪は輝くようで、肌の露出がほとんどないシスター服は、彼女の清楚さを強調していた。
大きく膨らんだ胸部は決して清楚とは言えないが、母性溢れるものとして、子供たちからよく慕われる要素の一つになっている。
そんな彼女は、ニコニコとほほ笑んでいた。
決して攻撃を仕掛けたシルヴィエに見せるような顔ではない。
そして、その笑顔が本当にただの笑顔……というわけではないことに、シルヴィエは気づいていた。
「信仰しましょう。偉大な神を信じましょう。素晴らしき聖女様を崇めましょう。そして……」
ゾワゾワと体毛が逆立つ。
肌の上を足の多い虫が這いまわっているような、そんな不快感。
それは、下から徐々に這い上がってきて……。
「この世で最も尊い教祖様を、心の底から愛しましょう」
「あ、が……がぁっ……!?」
がくりと膝が折れ、地面に崩れ落ちるシルヴィエ。
そんな彼女を、ドロドロの真っ黒な瞳でダリアが見下ろしていた。
もはや、ダリアはシルヴィエのことなんて見ているようで見ていない。
認識の外にいるのだ。
彼女は虚空を見つめ、そこに明確な信仰対象を浮かび上がらせる。
それは、彼女の入っている宗教であるマガツヒ……ではなく、優しい笑みを浮かべるライアーその人だった。
ダリアは、マガツヒを信仰しているわけではない。
彼女の信仰対象は、ライアーだった。
「ぎっ、ぎゃああああああああああああっ!?」
シルヴィエは喉を枯らす勢いで声を張り上げ、のたうち回る。
その理由は、彼女の『ドーラ』にあった。
洗脳魔法は相手の精神を支配する魔法。
そして、対象の記憶に潜り込んでしまうということは、それだけ深い精神世界で二人がつながっているということである。
そうすると、どうなるか?
お互いの思考や信条、思想が行き来することになる。
普通なら問題ない。
だが、ダリアの信仰は狂気の域に達している。
そんな彼女とつながってしまうと……。
「愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して」
何度も何度も何度も何度も。
くるくると回りながら楽しそうに謳うダリア。
すでに、シルヴィエの目に光はなかった。
呆然と座り込む彼女の耳元で、優しくささやいた。
「――――――そして、愛してもらいましょう」
過去作のコミカライズ最新話が公開されました。
期間限定公開となります。
下記のURLから飛べるので、ぜひご覧ください。
『自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた』第12話
https://magcomi.com/episode/12207421983638281988
『自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた』第8話
https://manga.nicovideo.jp/watch/mg1020677
『人類裏切ったら幼なじみの勇者にぶっ殺された』第9話
https://kimicomi.com/episodes/13c56e2160ec2
『人類裏切ったら幼なじみの勇者にぶっ殺された』第9話
https://manga.nicovideo.jp/watch/mg1046954




