第44話 遅れて来た母
マリアが砦の戦を終わらせてから数日後、ロゼニアは砦に到着した。
戦の知らせを受け、休むのを最小限にして急いでここまで来たロゼニアは、顔が少し疲れているように見える。
ロゼニアは余りにも静かな光景に息を飲んだ。
「いったい、どうなってるの?」
砦の周辺には戦時中の緊張感は無く、兵士が見回りをしている様子もない。
もちろん争うような怒号や魔法が爆発を起こすような音も聞こえてこない。
「ロゼニア団長、ご苦労様です!」
砦の門番が、ロゼニアを見つけて挨拶をしてくれる。
門番の表情からも、戦時中の疲れた様子はなく、しっかり眠ったかのようなハツラツとした雰囲気を感じた。
「これはどういう事なのだ? 戦が起こったのではないのか?」
ロゼニアは馬から降りると、この砦の指揮官として状況を把握すべく門番に質問をした。
「は! 戦はですね——」
「お母様ー!」
門番が説明を始めた時、ロゼニアはここにはいないはずの娘の声が聞こえた気がして声のした方へ振り返った。
「なっ」
ロゼニアの目が大きく見開かれる。
砦の2階から自分に向けて笑顔で手を振っているのは王都に置いて来たはずのマリアだったからである。
頭が混乱してマリアの話す言葉は頭に入ってこないが、目を擦っても消えないところを見ると幻覚ではないようだ。
「マリア、なんであなたがここに⁉︎ ちょっとそこで待ってなさい!」
ロゼニアは、門番に「馬を頼むわ」と言って預けると、マリアがいる場所へ急いで向かう。
「マリア、本当に? あなた、どうしてここにいるのよ」
「お母様とお姉様が心配で、居ても立っても居られなくなって追いかけて来たのですわ」
「どうやらお母様の後に王都を出た後《《一直線に》》ここまでやって来たみたい」
マリアの言葉を、後ろにいたセニカが苦笑しながら捕捉した。
「一直線って、一直線?」
「場所がわからなくならないように迷いの森を突っ切ってお母様を追い越してここに着いた後、メイスを片手に敵兵を全滅させたのよ」
セニカが呆れ顔で説明する横で、マリアは「頑張りましたわ」と胸を張っている。
「馬鹿! あなたは軍人ではないからここにはくるなって言ったでしょう!」
ロゼニアはそう言いながら、2人に近づくと、力強く2人を抱き寄せる。
「2人が無事でよかった……」
「お母様、苦しいですわ」
「ほんと、力強すぎ!」
マリアとセニカも苦情を言いながらも、ロゼニアの背中に手をまわしたのであった。
◇◆
再会を喜んだ後、マリア達は執務室に移動して椅子に座り、ロゼニアはセニカから報告を聞いていた。
その間、マリアはセニカの隣で紅茶を美味しそうに飲んでいる。
「なるほど。一旦マリアがとんでもなかったのは置いておくとして、これで終わりじゃないのは分かってるわね?」
マリアの言葉にセニカが頷いた。
「向こうからの宣戦布告の件、王都の手紙で読んだわ。あのバカ王子がやらかしてくれたわね」
「ハインツというよりはエルガーの姫だと思う。ただの捨て駒の人質だと思ってたけど飛んだ切れ者だったみたい、ウチの妹とは別の意味でね」
自分の事を言われたのだと気づいてマリアがセニカの方をみる。しかしセニカはマリアの頭をよしよしと撫でると何も言わずにまたロゼニアの方を向いた。
なぜ停戦状態からいきなり戦が始まったのかというと、脱獄したハインツがエルガー王国に亡命した事から始まる。
ハインツがエルガー王国に持ち込んだ情報は我が国が戦争の準備をしており、それを止めようとしたハインツを国王ルドルフと弟のクロウデンが幽閉したというもの。
それを身を挺して妻であるエルガーの姫とエルガーの血を引くもの達が助けだし、命からがら逃げて来たというもの。
「今回の開戦までの早さを見ると真実などどうでもいいのでしょうね」
「はい。実際、マリアが来ていなければ私達は負けていたかもしれない」
セニカが顔を強張らせて自分の腕を抱いた。
開戦の早さからしてエルガー王国は戦争の準備をしていたのだろう。だからハインツの言葉の真実などどうでもよく、開戦のための大義名分さえできればいいのだ。
勝てば官軍。マリアがたどり着いた時に砦の前まで敵兵が攻めて来ていた事を思えば、準備は整っており、勝つ自信もあるのだと予想できる。
「マリアというどちらにとってもイレギュラーな出来事とはいえ大敗したのだから次仕掛けてくるまでに時間はあるはず」
「それまでにこちらも準備を整えないとね」
ロゼニアとセニカが真剣に話す横で、マリアはお茶のお代わりを注ぐのであった。




