第31話 およばれ
「お邪魔いたします。マリア……エンリエットですわ」
イザベルの家に入ったマリアは、表情を固くしてイザベルの母親に挨拶した。
「いらっしゃいませ、イザベルのお友達のただのマリアさん。私は体が悪いから座ったままで失礼しますね」
マリアの挨拶を聞いたイザベルの母親はマリアを真っ直ぐに見てニッコリと笑ってそう返事をした。
その返事にマリアが目を見開いて言葉を失う。
「私が何にも話さずにマリアを呼ぶわけないでしょ。お母さんも納得してくれてるのよ」
マリアは目を見開いたままイザベルの方を向く。
ここでエンリエットを名乗るのは勇気がいる行動だったのだ。しかし、名乗らないのは不誠実だと思った。だから、久々にエンリエットを自ら名乗った。
そんなマリアの両頬をイザベルは軽くつねる。
「私は初めてお母さんに友達を紹介するの。いつもみたいに笑って、楽しく過ごしましょう?」
「分かりましたわ、ほうひまふわ」
イザベルとマリアのやりとりを見たイザベルの母親がクスクスと笑う。
「ごめんなさい。こんなイザベルを見るのは初めてだわ。マリアさんイザベルと仲良くしてあげてね」
「もちろんでふわ!」
イザベルの母親のお願いに頬を掴まれたまま、マリアは元気に返事をした。
「イザベルさん、私も何かお手伝いすることはありませんか?」
台所でイザベルが調理をしている後ろをマリアが覗き込むようにしてウロウロしている。
「あー、もう! ウロチョロしない! それじゃあマリアはその湯がいたジャガイモをスリコギで潰して……」
先程からずっと手伝いたいと言ってくるマリアに簡単な事をしてもらおうかと口に出してからイザベルは考える。
マリアの武器判定はどこからなのだろう?
スリコギは見方によれば小さな棍棒である。1番最初の報告でゴブリンの棍棒を使ってゴブリンの群れを倒したと言っていた気がする……
「分かりましたわ! この棒ですのね!」
ナイフとフォークは平気だったけどこれは……
「やっぱりこれは私がやるわ! あんたはお母さんと話してなさい!」
「え〜〜! 手伝いたかったですわ……」
手を伸ばしたスリコギをイザベルにひょいと取り上げられて、マリアはがっくしと肩を落としたのだった。
「ほら、ご飯ができたわよ、運ぶの手伝ってくれる?」
イザベルがそう声をかけると、テーブルでイザベルの母親と話していたマリアはニヨニヨと口角を上げてイザベルの方を向いた。
「なによ?」
「イザベルさんの子供の頃の話を聞いていたんです」
「はあ、そんな面白いものでもないでしょう? ほら、運ぶの手伝って」
「はい! 分かりましたわ!」
テーブルに料理を並べ終わり、マリアに母親が続きを話すのでどんな話をしていたかが分かると、イザベルは次第に顔を赤く染める。
「な、いつの話をしてるのよ!」
「なによ、この頃が1番可愛かったんだから」
「はい! かわいいです!」
まだ幼少期、イザベルが何をするにも父親の後ろを歩いていた頃の話。
「なんか、さっきあんたの後ろをマリアちゃんがついて歩くのを見たら思い出しちゃってねぇ」
「え⁉︎」
イザベルの母親は懐かしむようにほほえんだが、それを聞いたマリアは恥ずかしそうに頬を染める。先程までかわいいかわいいと話を聞いていたイザベルの姿は自分と重ねられていたのだ。
話が途切れたので、イザベルは無理やり話題を変えるために先ほどの事を母親に伝える事にする。
「お母さん、さっき広場でわかった事なんだけどね——」
父親の話が出たついでにエンリエットの無実の話を伝えた。
「なるほどねえ。お貴族様はめんどくさいんだねえ」
怒りを露わにするでもなく、まるで他人事のような感想を言う母親にイザベルは首を傾げた。
「お母さんは怒らないんだ?」
「まあ、怒ってないって言うと嘘になるけどね。それよりも、マリアちゃんとあんたを引き合わせてくれた事に感謝だね。あんたを1人残していかなくて済むんだから」
イザベルの母親の諦めたような笑顔にイザベルは「またそんな事言って」とため息を溢した。
「あの、お母様はそんなに体調が悪いのでしょうか?」
2人のやりとりを見ていたマリアが心配そうに口を挟んだ。
「まあ、もう長くはないんだろうね。だからマリアちゃん、イザベルとずっと仲良くしてあげてね」
「お母さん、そんな弱音言わない! 私が玉の輿にのって貴族の医者を連れてくるから!」
「そんなの難しいだろう? あんたはあんたの幸せを掴みな!」
だんだんとヒートアップして喧嘩腰になる2人の様子にマリアはワタワタと慌てる。
「あの、お医者様の問題なのですか? でしたら私の紹介ではいけませんの?」
イザベルはマリアの言葉にハッとした様子で振り向いた。
「あんた、没落貴族なのにコネなんて使えるの?」
「イザベルさん、流石にそれは失礼ですわ!」
「そうだよ、イザベル!」
「そんな事今はいいの! マリア、お母さんを治せるお医者さんを紹介してくれるの?」
イザベルはテーブルから立ち上がり、マリアの方を掴むと期待のこもった目でマリアを見つめたのであった。




