第32話 治療のために1
エンリエット家のかかりつけ医だった女性は、夜の急な訪問者に目を見開いた。
ドアを開けると見知った顔がツレを連れて立っていたのだ。
「これはマリア様、お久しぶりです。どうぞお入りください」
女性はすぐにマリアを迎え入れ、ソファへと案内する。
「ネフィ様、急な訪問失礼しますわ」
「いいえ。私もずいぶん暇になりましたから。それで、今日はどういった用で?」
ネフィはエンリエットのかかりつけ医だった事もあり、エンリエット派閥の騎士達を診る医者でもあった。
エンリエット伯爵率いる騎士団やエンリエット伯爵夫人率いる魔法師団が最前戦へ左遷された今、王都での患者は激減していたのである。
「ネフィ様に私のお友達のお母様を診ていただきたいのです」
「よろしくお願いします」
マリアの横でイザベルが深々と頭を下げる。
「……なるほど、しかし私は貴族の医者です。診察料は払えるのですか?」
頭を下げるイザベルの体がピクリと震える。要求される金銭がどれだけのものか分からず、貴族のという言葉だけで途方もないものに感じた。
「私が払いますわ!」
「貴女は家も売るほど没落したと聞いていますが……」
即答したマリアに呆れてネフィはため息を吐いた。
「まあ、私も仕事がなくなって小銭が欲しかった所です。診察はしてあげましょう、その後の治療費は要相談にしますけどね」
「あ、ありがとうございます!」
ネフィはイザベルの感謝の言葉にやれやれといった風に頭を振った。
「楽観視しすぎですよ。診察にお金をかけた結果、絶望する事もあるんですから。それでは行きましょうか」
急患というわけではないが、このくらいの時間に呼び出されるのは慣れっこのネフィはこれから診察をしてくれるようだ。
イザベルの家に移動して、イザベルの母親を診察したネフィは難しい顔をする。
「どうなんですか? 先生!」
診察結果を急かすイザベルにの方をチラリと見ると、冷たい目で口を開いた。
「治る病気ではある」
「本当ですか!」
「最後まで聞きなさい。治る病気ではあります。ただし、悪くなった臓器を一つ取り出す必要があります」
「臓器を、取り出す?」
ネフィの言葉を理解できずにイザベルは呆然と呟いた。
臓器を取り出す。冒険者ギルドの解体場で魔物でしている行為なのでどんなものかは想像できる。しかし、それを人にするとなると想像ができなかった。それで生きていられるとも思えなかった。
「魔法師との関わりの少ない平民には理解できない治療法でしょう。この治療には高位の魔法師の補助が必要になる。莫大な金がかかる上に……」
言葉を区切ったネフィは家の中を見回した。
「手術をした後にこの不衛生な環境では回復も難しいでしょう」
イザベルの家は平民街の端にあるボロい長屋だ。
衛生的とは言えず、体に負担のかかる手術に術後の傷口のことを考えると厳しいというしかなかった。
「私、お家を買いますわ! イザベルさんとお母様もそこに一緒に住みましょう! 魔法師もルミナスの白虎のペルカ様にお願いすれば——」
「マリア様、冒険者の魔法使いは魔法師ではありません。ただ魔法が使える冒険者です。手術にの補助にはなりません」
「そんな……」
ネフィに突きつけられる現実にマリアはガックシと肩を落とす。
「マリアちゃん、イザベル、ありがとうね。お母さんはあんた達の気持ちだけで十分さ」
「お母さん……」
優しく笑うイザベルの母親を見てイザベルは涙を溜める。
「——マリア様、最後までお聞きなさい。冒険者に頼らずとも貴女はこの国最強の魔法師を知っているでしょう? この街に呼ぶ許可を得られればの話ですが。まあ、呼べたとしても家の問題があります。私へ払う手術費もです」
「お母様ですわね!」
ガバッという音が聞こえそうな勢いでマリアは顔を上げる。
左遷された元魔法師団長。それがマリアの母親である。
マリアはゆっくりと台所まで歩くとスリコギを手に取った。
「……これではダメですわ。やっぱり」
「マ、マリア⁉︎」
マリアがマジックバッグからメイスを取り出すのを見て、イザベルが慌てて声をかける。
「お母様を呼ぶ事、絶対に首を縦に振らせてやりますわ! 行ってまいります!」
「ちょっマ——」
イザベルが止める前に、マリアは家を飛び出して行った。
イザベルが追いかけて外に出た時には既にマリアの姿はない。
メイスを持ったマリアが向かった場所を想像して、イザベルは不安そうに城の方を見上げたのであった。




