第28話 広場の騒ぎ2
貴族の馬車が平民街を通ることはままある事である。
しかし、今回のように騎士を十数名従えて、まるで軍行のように通ることなど滅多にない。
騎士達の物々しい雰囲気に道を割った人々が息を呑む中、マリアは馬車から出てきた人物に対して綺麗な礼をとった。
「お久しぶりでございますわ。ハインツ殿下」
ハインツ殿下。マリアの言った名前を聞いて周りにいる平民が皆一斉に平伏した。
普段こんな所で場所を降りるはずのない人間。
この国の第一王子だったからである。
「マリア嬢、そなたも頭が高いのではないかね? 今の貴女は平民であろう?」
「そのままでよい! 地に伏せてはその綺麗な顔が見れないからな!」
ハインツの後に馬車から顔を出した男性、ポルニッカ伯爵がマリアに苦言を呈したがハインツはそれをぞんざいに否定する。
「さあ、マリアよ迎えにきてやったのだ。俺の物になれ! そうすればエンリエットの再興させてやろう!」
マリアがハインツの口からこの言葉を聞くのは数年ぶり、2度目であった。
いや、正確には前回は「俺の妃になれ」である。
前回の時、マリアは丁寧にお断りした。
貴族の女性に自分で結婚相手を選ぶ権利など無い。そんな自由があるのは物語の中だけ。
実際は家の繁栄のために親が選んだ相手と結婚し、家と家を血で繋ぐのだ。
なのでハインツが直接マリアに言うのではなく、国王陛下を通してマリアの父元エンリエット伯爵に申し入れをすれば婚姻に至ったかもしれない。
それでも、第一王子派閥ではなく第二王子派閥であったエンリエット伯爵家とでは希望は薄かったであろうが……
しかし、今のマリアは平民であり、そのようなしがらみはない。
「お断りいたしますわ」
マリアが断る事を予想していなかったハインツは狼狽えた様子で叫んだ。
「な、なぜだ? お前が俺のモノになればエンリエット家は再興できるのだぞ?」
「そうだぞ、マリア嬢。貴女の一言でエンリエットの将来が決まるのだ。エンリエットの汚名をそそぐ事にも繋がる。何を否定する事がある?」
ハインツの言葉にポルニッカ伯爵は口添えをしていやらしい笑みを浮かべる。
ポルニッカ伯爵家は第一王子派閥の筆頭貴族であり、第二王子派閥筆頭であったエンリエット伯爵家とは犬猿の仲であった。
今回マリアが頷き、第一王子の下でエンリエット再興となると、エンリエットは第一王子派閥となるし、復興なので爵位も落ちる。
ポルニッカ伯爵家の下に降ったも同じで、元エンリエット伯爵の影響下にある貴族にも影響力を待つ事になる。という目論見があるのだ。
2人の説得にも似た言葉にマリアはゆっくりと首を振った。
「エンリエットの罪はそんな簡単に消していいものではありません。貴族としての責任を放棄し、悪事に手を染めたのです。罪を償うには、貴族で無くなったとしても貴族の矜持を胸に持ち、民のために尽くすしかないのです。ですから父も母も最前線へと向かったのですわ」
エンリエットという名前が出てから周りの人の視線がマリアに突き刺さっていた。
それはイザベルのようにエンリエットを恨んでいる人が沢山いるという事を表している。
貴族に戻れば平民が貴族に面と向かって文句や恨みを言う事はなくなる。しかし、それで人々の恨みが無くなるわけではない。
イザベルがマリアと友達でいてくれるように、自分の行動をもって許してもらうしかないのだ。一生で足りなかったとしても。
「く、どうすればいいのだ! ポルニッカ伯爵!」
「殿下、ここは日を改めるしかありますまい」
「なんだと! こうすればマリアが俺のモノになると言ったのはお前だろう! だから裏で手を回してエンリエットに罪をなすりつけて取り潰したのだ!」
「で、殿下⁉︎」
癇癪を起こしたように叫ぶハインツをポルニッカ伯爵は慌てて宥めようとした。しかし、時すでに遅しである。
「殿下、エンリエットに罪をなすりつけたとはどういう事でございましょう?」
「ふん、教えてやろう! 偽の司令書を送って罠に嵌めたのだ。エンリエット伯爵は必死に平民から招集した兵士を守ろうとしたらしいが、潜り込ませた騎士を使って平民を殺し、エンリエット伯爵が戦場から逃げたように見せたのだ!」
「なんて事を……」
「それだけではないぞ? 平民にバラ撒く金なぞもったいないから俺が使ってやった。はした金しかなかったがな」
「殿下、全て話してしまってどうするのですか!」
全てをバラしてガハハと笑うハインツをポルニッカ伯爵は慌てて止めた。
周りを見れば、マリアに向けられていた視線は全て更に憎しみのこもった目でハインツへ向けられている。
「ん? 簡単な事だ。今の話を聞いた人間が居なければいいのだ。全員消せ! いや、マリアは残しておけ、物に頼み事をするなどおかしいと思っていたのだ。俺は王子だ、俺の意思で持っていけばいいだけだった」
ポルニッカ伯爵はハインツの言葉に小さなため息を吐いた。
「御意に」
ポルニッカ伯爵はゆっくりと広場を見回した後にやれやれといった風に口を開く。
「殿下に敵意のある目を向けている。不敬罪だ、全員殺せ!」
ポルニッカ伯爵が命令を下すと周りの騎士達は戸惑う様子も無く剣を抜いた。
「なんて事をするのです! 王族とは、貴族とは国民を守る者です! 国民を守る時に命を捨てるからこそ国民から税を取り、贅を尽くすことを許されているのでしょう!」
「違うぞ、平民は我が国に居させてもらっているのだ。変えのきく家畜に過ぎん。次の王たる俺の意思に背くなど、殺されても仕方がないのだ。もちろん、今は平民のお前もな」
マリアの言葉を嘲笑い、教えを説くかのように話してガハハと笑う。
「殺れ」
そして、羽虫を相手にするような感じで、騎士達に命令を下したのであった。




