第27話 広場の騒ぎ1
「そんなの今からしてどうすんのよ。てか、緊張なんてする必要ないのよ」
街の広場を歩きながらイザベルは笑った。
隣では表情を固くしながら「緊張しますわ」と呟くマリアが歩いている。
本日は休日で、2人は朝から市場へ向かっていた。
マリアが何に緊張しているのかといえば、夜にイザベルの家にお呼ばれするのだ。
前回のお出かけの時は急なお誘いになってしまったため、今回マリアはイザベルに事前に晩御飯も一緒に食べたいと誘った。
しかし、イザベルにはいけない理由があった。病気の母親のご飯を作るために夕方には帰らないといけない。
それを聞いて、納得をしながら、残念そうな顔をするマリアにイザベルが提案したのが、イザベルの家でイザベルの手料理を食べるというものであった。
「そうは言いましてもお母様にはちゃんとご挨拶しなければいけませんわ」
マリアが必要以上に気負っているのはイザベルの家族の過去にあった。
マリアは今日、イザベルの母親に追い返される事も覚悟している。
それだけのことをエンリエットはやったのだ。
イザベルがただのマリアだからと言ってくれようと全員がそう見るわけではない。
逃げるのではなく、きちんと頭を下げて謝ろう。そうマリアは考えている。
もちろんイザベルは母親にマリアを連れてくるにあたってマリアの事を話しているので、そんな事にはならないだろうが、そう言われて緊張が解けるものでもない。
「今からそんなんじゃ夜まで持たないわよ? ほら、市場が見えてきたわよ。買い方は覚えてる?」
「それはバッチリ覚えてますわ!」
「ふーん。それじゃ買い物はマリアにお願いしようかな?」
「が、頑張りますわ!」
イザベルは話題を逸らしてマリアの緊張をほぐそうとしたのだが、マリアは別のことで緊張した顔つきになった。
しかし、イザベルとしては朝から夜の事でウジウジされるよりはよほどいい。
「ほら、行くわよ」
イザベルはマリアの手を引いて市場の中へと歩みを早めた。
「マリア、それは無茶よ……」
イザベルが苦笑いする横でマリアが「もう一声ですわ!」と店主に話している。
マリアは相場という物を知らない。なので今目の前に並んでいる商品が安いのか高いのかよくわからないまま、以前イザベルに扱いを手伝ってもらった時にイザベルがやっていた事を真似て値切っている。
しかし、今回買いに来た店はイザベルがいつも買いに来る店で相場よりも少し安い。
前回マリアが来た時間には売り切れになってしまっているような人気店なのだ。
「マリア、ここはそのまま買ってもいいお店なのよ」
「そうなんですの⁉︎」
そのやりとりを店主はほっとした様子で見ている。
マリアは事情を知らなければ普通に貴族の令嬢ように見える。そのため、店主は採算度外視で安くしなければ不敬罪で首が飛ぶかもしれないなどと考えていた。
マリアの行動を咎めてくれたイザベルにはさぞ感謝している事であろう。
結局、イザベルにサポートしてもらいながら、買い出しを終えた2人はそのままランチを食べに向かう。
「支部長がマリアにこれを譲渡してくれたおかげで買い物が楽ね」
「でも、よろしかったのでしょうか? お高い物なんでしょう?」
今イザベルの腰にはマリアがダンジョンへ行く時に使っているマジックバッグが巻かれている。
先日、支部長からマリアに譲渡されたのだ。
今イザベルが腰に巻いているのはマリアがお出かけの時には巻きたくないと言ったからである。まあ、ドレスの上から革のカバンは似合わないからさもありなん。
「それだけマリアの功績が大きいって事よ」
「そうなのでしょうか?」
「そう、絶対ね!」
2人が広場をなんでもない会話をしながら歩いていると、突然広場にいた人々が割れて道を作った。
「マリア、こっち」
イザベルに手を引かれてマリアもその人の道の中へと合流する。
「これはなんですの?」
「お貴族様が通るのよ。馬車に轢かれないように私達は道を開けるの」
マリアがイザベルからの説明を聞きいていると、馬の駈ける音ではなく、揃った金属音の混じる足音が聞こえてきた。
マリアは家で聞いた事のある音に首を傾げる。
「でも、これは騎士の行進の音ですわ?」
「そうなの? でも、お貴族様である事に変わりないわ。平民は邪魔しちゃいけないのよ」
どちらにせよ、貴族が通り過ぎればいつもの日常に戻る。平民街とはそういう場所だ。
2人が騎士達が通り過ぎるのを待っていると、マリア達の前で騎士達が止まった。
そして、騎士達が先導していた馬車の中から貴族が降りてくる。
「見つけたぞ、マリア」
馬車から降りてきた貴族はマリアの名前を読んだのであった。




