第24話 エンリエットへの怨嗟2
マリアはお昼を過ぎてもベッドに腰掛け、枕を抱かえてぼうっと窓から空を見ていた。
「今日は、行きたくありませんわ……」
マリアは溜息を吐いた後、ゆっくりとベッドに横たわる。
マリアは昨日支部長からイザベルの事情を聞いた。
自分の父親が友達の家族を壊したという事実に押しつぶされそうになり、イザベルと顔を合わすであろう冒険者ギルドに行くのを渋っていた。
「これが私がエンリエットとして最後に背負う業なのですね……」
マリアはなぜエンリエット伯爵家が取り潰しになったのか、その理由を知っている。
戦場で守るべき民を囮に使った罪。
そして民への補償金を横領した罪。
昨日までのマリアはそれを信じていなかった。
騎士の道を生き、国民を守るために生きていたお父様。
王都にいる時には月に一度、慰霊碑にお参りするのを欠かさなかったお父様。
そんな誠実なお父様がそんな非道な罪を犯したなどというのは嘘。冤罪なのだと、そう信じていた。
しかし、被害者を目の当たりにしてしまうと、他人の口からエンリエットの罪の話を聞いてしまうと、自分の信じているものが崩れ去ってしまった。
冤罪という可能性は、被害者が友達なのだという事で頭から消えてしまっている。
「私がエンリエットとして、イザベルさんに何かできる事はあるのかしら?」
かといってすぐに名案が浮かんでくるはずもない。
今更お金で償うのも何か違う気がする。命で償うのも違うと思う。
ただ、一つだけわかっている事はもう友達ではいられないということだ。
「……私はこの街にいるべきではないのかもしれませんわね」
この街にいれば、冒険者であるマリアはどうやってもイザベルに合うだろう。それ以外にも、エンリエットの被害者が住んでいる。
自分がエンリエットだと知らない場所へ。
「奥様、馬車というのはどこで手配すればよろしいのかしら?」
「馬車かい? そりゃ辻馬車なら東門の所だけど、お嬢ちゃんどっか行くのかい?」
「ええ、私のことを誰も知らない場所へ」
宿の女将はマリアの返事に怪訝な顔をする。
「なに寂しいこと言ってんだい。悩み事かい? 話なら聞くよ」
「もう決めたことですわ。奥様、お世話になりましたわ」
「ちょ、ちょっとお嬢ちゃん」
マリアは有無を言わさぬ態度でお辞儀をすると、宿を出て行った。
「東門でしたわね。こっちかしら?」
マリアは荷物をまとめたトランクケース一つ持って、門の見える方へ向けて歩いていた。
「あれ、メイスのお嬢様じゃないか。どうしたんだ、そんな大荷物で?」
「それは間違い。メイスを振り回しているならそれくらいの荷物は大荷物じゃない」
荷物を抱えるマリアを見て、男女のペアが話しかけてきた。
「あら、えっとギルバート様のお友達の……」
「ギャリアンだ。こっちはペルカな。それで、お嬢様はどっかへお出かけかい?」
ギャリアンはマリアの荷物を指差しながら、先ほどと同じ質問を繰り返した。
「ええ。私この街を出ようかと思いまして」
「な、えらい急だな。お嬢ちゃんが居なくなったら俺達はまた忙しくなりそうだ!」
「うん。あなたが倒してくれるおかげで私達の負担が減ってた」
マリアが苦笑しながら話すと、2人は驚いた様子で言った。
「それは、申し訳ないですわ。では、私はもう行きますわ」
マリアは眉尻を下げながら話を無理やり区切ると別れを告げ、門へと向かって歩いていくのだった。
◇◆
イザベルはいつもと同じ時間に出社するとすぐに支部長室へと向かった。
「昨日は迷惑をかけてすみませんでした」
頭を下げるイザベルを見て支部長は深いため息を吐いく。
「こちらこそ配慮が足りなかった。君の様子を見て勝手に折り合いをつけたのだと勘違いしていた」
「いえ、私情を持ち込むのも良くありませんから」
支部長は苦笑しながら真っ直ぐにイザベルを見る。
「冒険者ギルドでは特に職員と冒険者の恋愛を禁止していないし、だからこそお貴族様のお手つきになる可能性もある。その先の私情のもつれをどれほど私が対処していることか……っと愚痴はよそう。とにかく、今回の件も同じだ。イザベル君にはマリア嬢の担当を外れてもらうつもりだ」
これまでイザベルには関係なかったが、冒険者と受付がカップルになり、別れたからといって受付から外される事はままある事だった。
全ての人が綺麗に別れられるわけではなく、冒険者が受付に押しかけたり職員が移動願いを出したりするためだ。
「あの、それは少し待ってもらえませんか。私はきっちり自分の気持ちに区切りをつけたいので」
エンリエットを憎む気持ちと友達を思う気持ちの板挟みにあってイザベルの心はいまだに揺れていた。
これまで友達を作らなかった自分がマリアの事を大切な友達だと思っていることが不思議に思えるくらいに。
思い詰めるようなイザベルの顔を見て、支部長はまた大きなため息を吐いた。
「1週間で気持ちを整理しなさい。それまでにも業務に問題が出るようなら担当を外れてもらうよ?」
「分かりました」
——そうは言ったものの、その後受付に立つイザベルはどこか心ここに在らずといった雰囲気であった。
先日のように貴族が来なければマリアの専属なので業務に支障が出る事はない。
一応、ペースはいつもよりも遅いが事務仕事はこなせている。
「あれ、まだ受付は戻ってないのか?」
自分にかけられた声にハッとしたイザベルが受付に立つ人物を見る。
「す、すみません!」
「いや、ここの受付を使ってもいいか?」
「ギャリアンさん、ここは一応専属になってまして」
「知ってるよ。でもお嬢様は街を出ていくんだろ? だったら前みたいに受付をしてもらいたいんだが」
「そう。あの人がこないなら専属は無駄」
イザベルはギャリアンとペルカの言葉を聞いて水をかけられたような感覚に陥った。
「それ、どういう事ですか?」
「なにやら思い詰めた様子で門の方へ向かったが……まさか冒険者ギルドに報告してなかったのか?」
「お嬢様だからありえる。それに、普通は報告義務はない」
専属に受付を用意してもらうという特別扱いをしてもらっているのだからそれが必要なくなるという報告はしていくべきだろうが、それも義務ではない。
2人の返事を聞いた瞬間イザベルの体は動き出していた。
「お、おい!」
ギャリアンの声も無視して、イザベルは冒険者ギルドを飛び出し、馬車の停留所のある東門へと走っていくのであった。




