第25話 エンリエットへの怨嗟3
(なによ、私が悩んでる時に急にいなくなるなんて、そんな事しないでよね)
気づいた時にはもう、馬車の停留所まで走っていた。
まだたった数週間の付き合いでしかない。
それなのに、イザベルの中でマリアはとても大きな存在になっていた。
『友達』なんて言葉はこれまで馬鹿にしていたし、要らないと思っていた。
所詮子供の馴れ合い、遊びだって。
イザベルにとって優先する事は家族。無理をして自分を育ててくれた母親であり、仕事も人間関係もそのための作業でしかない。
同僚に食事や遊びに誘われた事はあったが、一線を引いて何度か断れば、次第に誘われなくなる。
マリアとの関係だって仕事でしかなかった。
なんなら初めは心の中で馬鹿にしていた。没落した貴族の娘で、平民に落ちても貴族を捨てられないお嬢様。
所詮は、給料を多くもらうための金蔓。
それなのに、マリアと過ごす日常は悪くない時間になっていた。
無邪気に気持ちのまましゅんとしたり、笑ったり、私の心にずけずけと入ってくる。
しだいにイザベルはマリアが自分の想像する傲慢な貴族ではなく、芯の通った優しい人で、だけど目が離せない。一緒にいて悪くないと思うようになっていた。
お母さんに言われて、自分が友達だと感じているのだということを自覚させられた。
だから、マリアがエンリエットだと知った時に動揺した。割り切ることができなかった。
以前のイザベルなら、仕事の延長で、エンリエットの人間からどれだけ搾り取るかを考え、そのためにどうやって危険なダンジョンの奥へ行ってもらおうかと考えていただろう。
イザベルは決して性格がいいわけではない。
稼ぎの少ない冒険者は馬鹿にして適当に扱っていたし、金持ちには媚を売る。
めぼしい貴族といい関係になれるのなら体くらい差し出そうと思っているような人間。
勿論貴族なら誰でもいいわけではなく、母親の病を治せるのが条件。
そんな貴族が見つかった時のために操を守ってきた。
ずる賢く計算高い。マリアとは真逆の人間だ。
マリアが居なくなっても、いつもなら金蔓がいなくなった事を残念に思う程度。
それなのに、こうして馬車の停留所まで走るほどに居なくならないでほしいと思ってしまっている。
「どこかへいく時は、私に相談くらいしなさいよ。……ばか」
定刻を過ぎ、馬車がいなくなった停留所に1人立って、イザベルは呟いた。
間に合わなかった。友達が居なくなってしまったんだと思うと、心が痛むのを感じた。
イザベルはゆっくりと胸の中心に手を添えて、苦しそうに顔を歪める。
この痛みは以前にも感じたことがあった。父親が死んだと聞かされた時の痛みと同じだ。
「バカだなあ。なんであの時逃げちゃったんだろ」
イザベルは昨日の自分の行動を悔いた。
「——イザベルさん?」
馬車が出て行った東門を見つめるイザベルの背後から、ここには居ないはずの声が聞こえた。
イザベルが勢いよく振り返ると、そこには気まずそうに微笑むマリアが立っていた。
「イザベルさんもお出かけですか?」
「あんた、馬車で出て行ったんじゃないの?」
「私はその、反対の門へ行ってしまって……その、馬車はどこでお願いするのでしょうか?」
反対の門とは徒歩で街から出る人用の門のことだ。
箱入りお嬢様で、街のことを何にも知らないマリアらしいと思い、イザベルの口からはクスリと笑い声が漏れる。
「馬車の時間は過ぎてもう今日は出ないわよ」
「ええ! どうしましょう。宿は引き払ってしまいましたのに……」
イザベルの言葉に途方に暮れた様子のマリアにズンズンといった雰囲気でイザベルは近づいていく。
「あの、イザベルさん?」
まだ気まずそうに目線を逸らすマリアの目をイザベルは真っ直ぐに見た。
「私に何にも言わずに街から出て行こうとするんじゃないわよ、バカマリア!」
「バ! イザベルさん、そんな下品な言葉を女性が使うものではありませんわ!」
「口が悪くもなるわよ! 友達に何も言わずに居なくなろうとするなって言ってんの!」
イザベルの言葉を聞いたマリアは目を見開いた。
「友達ですの?」
「なに、友達だと思ってるのは私だけなの?」
「でも、私はエンリエットの——」
「そんなの関係ないわ! あなたは私の友達のただのマリアでしょう?」
イザベルは目尻に薄らと涙を浮かべ、精一杯はにかんだ。
「はい。私はイザベルさんのお友達ですわ」
イザベルの言葉を聞いたマリアは、両手で口元を押さえ、とびきりの笑顔で涙を流したのだった。




