第23話 エンリエットへの怨嗟1
支部長室に通されたマリアは、支部長から謝罪を受けていた。
「大丈夫ですわ。イザベルさんはすごく体調が悪そうでしたし、私気にしておりませんわ」
マリアの言葉を聞いた支部長は難しい顔をする。
「それなのですが、今後、イザベルがあなたの担当から変わるかもしれません」
「え? それはどう言う事なのですか?」
「お2人の様子を見ているとイザベルは折り合いをつけたのだと思っていましたが、まさかただ知らなかっただけだったとは……じつは——」
支部長はイザベルの事情を説明し始めた。
◇◆
イザベルは頭が真っ白になり、制服のまま走って家まで帰ってきた。
「あら、今日は早かったのね」
最近残業続きだった事もあり、イザベルの母親は帰ってきたイザベルにそう声をかける。
「お母さん……」
「どうかしたの?」
いつもと雰囲気の違うイザベルに母親は心配そうに声をかけた。
「お母さん、お母さんはエンリエットの事どう思ってる?」
思っても見なかった質問に母親は目を見開いたあとに優しく笑う。
「そうだねえ。何も思っていないって言ったら嘘になるけど、昔ほど恨んじゃいないかねぇ」
「どうして!」
母親の返事が納得できなかったのか、イザベルは急に声を荒げる。
「お父さんはエンリエットのせいで死んだし、お母さんが病気になったのもアイツらのせいじゃん!」
イザベルの言葉に母親は困った顔になった。それから、言葉を選ぶように考えながら一言、一言話し始める。
「確かに、昔は私もエンリエット伯爵を恨んだよ。でも、あれは仕方がない事だったのさ。今思えば、私達の所まで頭を下げにきてくれた伯爵様は誠実な人だと思うね。あれだけ暴言を吐いた私の首が繋がってるわけだしね」
母親は首を指差して優しく笑う。
イザベルの父親は戦争でエンリエット伯爵の騎士団の歩兵として招集された。
その戦では沢山の人が死ぬことになり、その中の1人がイザベルの父親だった。
停戦になった後、エンリエット伯爵は自ら死んだ兵士の家を周り、英雄だったと語って頭を下げた。
帰って来なかった家族への悲しみをぶつけた平民が罰を受けたという話は聞かない。
「だけど、アイツは嘘をついた! そのせいでお母さんは体調を崩して……」
エンリエット伯爵は働き手が居なくなった家の生活を保証した。戦争年金というやつだ。
しかし、そのお金が払われる事はなかった。
イザベルを育てるために母親は必死に働き、その結果、体調を崩し、病に侵された。
母親の病気を治すには莫大なお金とコネが必要になる。
イザベルが貴族の玉の輿を狙うのはそのためだ。
「それはそうなんだけどね。年金なんか貰えるのはお貴族様だけで平民が貰ってるなんて聞いた事がないよ。あれはエンリエット伯爵の勘違いだったのさ」
「だけど、だけどさ……」
母親はゆっくりと立ち上がると、椅子や壁を支えにしてイザベルの所までやってくる。
そしてイザベルが強く握った手に母親は優しく自分の手を添える。
「エンリエット伯爵を恨んだって何にもなりゃしないよ。それより私はあんたの負担になるのが心苦しんだよ。イザベルは私が体を壊してから友達も作らずに働いてさ、お貴族様に嫁ぐって言ってるのも私のためだろ? もっと自分のために生きていいんだよ」
母親はそう言って優しくイザベルの頭を撫でる。
「この前あんたに友達ができたって聞いた時、私は本当に嬉しかったんだ」
母親が微笑む顔を見てイザベルは歯を食いしばった。
「ごめんね、お母さん。ちょっと風に当たってくる」
イザベルは母親の手を振り払うようにして家の外に出る。
「その友達がエンリエットだったからどうしたらいいか分からなくなってるのよ。ああ、なんで、なんでマリアなのよ……」
イザベルは溢れそうになる涙を袖で拭い、落ち着くまで風にあたるのだった。




