第22話 未開の場所へ2
マリアはいつものようにメイスを振りかぶり、走ってきた勢いのまま魔物に飛びかかると、頭目掛けて振り下ろした。
しかし魔物はマリアの攻撃に反応を見せ、背中に生える大きな翼で頭を守る。
「あら?」
ゴギィと大きな音を立てて翼の骨を砕きながら違和感を感じたマリアは、翼によって押し返される反動を利用して後ろへ飛ぶと、一回転して地面に着地した。
「私の攻撃を防ぐなんて生意気ですわ!」
これまでに出現した魔物は一撃で倒せていたので、マリアの攻撃を防いだ魔物は初めてであった。
魔物は潰れた羽根を背後に庇うようにしまい、マリアを威嚇するように吠えながら前足を振り上げると、勢いよく振り下ろしてくる。
メイスを握り直し、魔物に向かって走り出していたマリアは、その攻撃を身を翻すようなステップで軽々と避ける。
「いつものトカゲに羽が生えてデカくなっただけのクセに! すぐにいてこましてやりますわよ!」
マリアはアーマーリザードを揶揄した悪態を吐くと、魔物が振り下ろした前足へ飛び乗り駆け上がって行く。
「この硬いだけのドンガメが! 死に晒せですわ!」
魔物の肩まで勢いよく駆け上がったマリアは、その勢いのまま飛び上がると、いつもとは違って両手でメイスを握って横一線に振り抜いた。
腰の回転も加わって勢いよく眉間を打ち抜いたマリアの一撃は、魔物に断末魔を上げさせる暇もなく絶命させた。
「快感ですわ……」
地面に着地したマリアは達成感に打ち震えた。
これまでの魔物はゴブリンであろうとロックタイタンであろうとアーマーリザードであろうと一撃で倒せてしまうのでマリアにとっては同じだ。
一撃目を防がれ、反撃までしてきた魔物はマリアにこれまでと違う強敵と認識され、これまでとは違う快感をもたらしたのであった。
「あら? もう入りませんわ」
マリアが数秒間達成感に浸った後、魔物の死体をマジックバッグに入れようとすると、容量が足りなくなっていた。
先程の魔物はロックタイタンの2倍、アーマーリザードの3倍ほどの大きさがあり、まだ入ると思っていたマジックバッグには入らなかったのであった。
「いっぱいなものは仕方ありませんわね」
マリアはマジックバッグに魔物を入れるのを諦め、ダンジョンの出口へと引き返した。
マリアは魔物の価値を知らない。
報酬もイザベルに渡されるがままのどんぶり勘定だ。
だからこれまでもマジックバッグがいっぱいだからといってゴブリンを捨ててアーマーリザードのような価値のある魔物に入れ替えるようなことはしない。
冒険者ギルドも、アーマーリザードが強大な魔物だと思っているからマリアにゴブリンは要らないからもっとアーマーリザードを持ってこいなどとは言わない。
今回もいつもよりも大量のアーマーリザード級の魔物に驚き、その収入に喜ぶ事はあっても今まで王都のギルドに運び込まれた事もないもっと強大な魔物がダンジョンの肥やしになっていったなどとは梅雨ほどにも思わないだろう。
ダンジョンから出たマリアは、仕事中のイザベルとお話できる報告の時間を楽しみにして、機嫌良く冒険者ギルドへと向かうのであった。
マリアが冒険者ギルドへ戻ると、いつもはマリア専用として空いている受付に先客がいた。
その先客の身なりはマリアを例外とする他の冒険者とは違う質のいい服を身に纏っており、一目で貴族なのだという事が分かる。
イザベルの受付はほぼイザベルというだけで、貴族の対応は優先して受け付けている。そのためマリアはその後ろに並び、自分の順番が来るのを待った。
「おや、これはマリア嬢ではありませんかな?」
受付で依頼を終えたのか、貴族の男性が振り返ると並んでいたマリアに気づいて声をかけた。
「えっと、お会いした事を覚えてませんでしたら申し訳ありませんわ」
貴族の男性はマリアの返事に怒るわけでもなく「いやいや」と髭を撫でながら首を振った。
「私はグノー男爵。お父上とは派閥が違いますのでお会いした事はございませんよ。しかし、エンリエットの宝石と呼ばれた貴方が冒険者とは勿体無い。いっそのこと私の妾に……いや、そんな事をすれば宝石を欲する高貴なお方に叱られてさしまいますな。では、私はもう行きますゆえ」
貴族の男性はマリアの腰に携えたメイスを見て見下すような口ぶりで言行った後、にやにやとしながら去っていった。
自分が貴族の社交界でエンリエット伯爵が婚約を決めずに宝石のように可愛がっているなどと言われていたとは知らないマリアは話の内容がよく分からずに首を傾げる。
受付が空いたのでマリアがイザベルの元に向かうと、イザベルが顔を青くしてマリアを見ていた。
「イザベルさん、大丈夫ですか? 体調がよろしくないのですか?」
「あんた、エンリエットの娘なの?」
心配の声をかけるマリアに、イザベルは震える唇を無理やり動かして、掠れるような声で質問した。
「今はただのマリアですわ。エンリエット家はもうないのですから」
「そうなんだ……」
マリアの答えに、イザベルは譫言のように呟いて強く唇を噛んだ。
「あの、大丈夫ですか? 体調が悪いのでしたらお休みになられたほうが——」
「そうね、ちょっとごめんなさい。失礼するわ」
マリアの心配する声にイザベルは震える声でつぶやいてそのまま受付から去ってしまった。
残されたマリアはダンジョン探索の報告もしておらずメイスも装備したままどうしていいのか分からずにきょろきょろと周りを見ていると、別の冒険者ギルド職員が声をかけて事情を聞いてくれた。
イザベルが業務を放り出したのだと理解した職員が慌ててマリアの報告処理をしてくれる。
そして、マリアに少し待つように言って席を離れる。
マリアがしばらく待っていると支部長の秘書が現れ、マリアはまた支部長室へ案内されるのであった。




