40…選択
魔力が霧散するとセシリアは力が入らず態勢を崩して落下する。
地面に衝突する寸前、地面とセシリアの間に滑り込むように入り込むと、ハリアスは必死でセシリアを離さないように抱き留めていた。
「――ハリ…?」
「――ま…間に合った…」
虚ろな眼差しで視線だけでハリアスを見上げると、くしゃっと歪ませた美しい顔が目の前にあった。
すぐにぎゅっと強く抱きしめられると、暖かい魔力が自分に流れ込んでくるのを感じる。
まるで2人しかいないかのように、大切にセシリアを抱き留めるハリアスの身体は震えていた。
(――ハリー…)
彼のぬくもりがセシリアを癒し、空っぽになった魔力を注ぎ込んでくれている。
(――っ魔神は?!)
はっと思い出すとハリアスの身体からわずかに離れ、魔神の居た場所に身体を向ける。
――しかしそこにはうっすら浮かび上がる女神の姿だけがあった。
「女神様!…魔神は…どうなったのですか!!」
力が入らずハリアスから離れても地面に腰を下ろしたまま動けないセシリアは慌てて叫ぶ。
「もう…大丈夫です。」
すっと差し出された女神の両掌の上には、小さな小さな幼虫?のような生物がコロンと乗っていた。
「――これは?」
「――魔神です。」
「――――え?!」
2cmにも満たない身長のその生き物は、人型とも虫型ともわからない。でも【生きている】ということだけはわかる。
「――本当は消滅させようと思いました。…でもできなかった…
私は…魔神もこの世界と同じように愛しているのです…やはり…消滅させるなんて…無理でした。」
女神の言葉はその決断がどういう意味を齎すかわかっていて話をしているのだろう…だからこそセシリアたちには女神を言及することは憚られた。
「――それでも…このまま魔神を生かし続ければ元の木阿弥でしょう…それは私も望みません…」
「――…どうなさるおつもりですか。」
ハリアスは真剣な面持ちで女神を見つめ問う。
「――こうなったのはそもそも私の責任です。…ですから私は魔神と共にこの世界の礎となりましょう。」
「??!!!」
「ま…待ってください!!ど…どういうことですか?!」
誰よりも先にセシリアは反応していた。
一番女神と長く接していたからこそ、女神の深い愛も感じていたからだろうか。
まるで親しい人を心配するかのように思わず反応してしまったのだ。
「――私はこれまでこの世界を見守ってきました。
確かに加護を与えたり、時に力を貸したこともありましたが、あくまで見守るついでだったのです…
中途半端な干渉はむしろ魔神の愛憎を増幅させるだけでした。
だからこそ、もう中途半端に関わるのはやめようと思うのです。」
「――女神様…」
「私はこれから先あなた方に力を与えることはもうできません。ですが、この世界となりずっと見守りましょう。魔神と共に。」
微笑み告げる女神には迷いはなく、そうできることが喜びであるかのように見える。
「――それが…貴女の幸せなのですか?」
「はい。…私は魔神を消すことはできません。きっと魔神も私と共に存在することを幸せと思うでしょう。
ずっと一緒に居たからこそわかるのです。
この世界は幾度となく繰り返されたやり直しによって疲弊しています。これは私にしかできない事なのです。
…ただ、私がこの世界の一部になってしまったら、もう干渉はできなくなります。
アイ…セシリア…貴女たちはどうしたいですか?」
女神の突然の問にアイもセシリアも不意を突かれ目を見開く。
「…どういうこと…ですか?」
「貴女たちは外の世界から呼び寄せました。もし戻りたいと願うなら、元の地に戻すことは可能です。」
アイの質問に答えた女神の言葉に驚愕したのは、ハリアスとリュシードだった。
セシリアが外の人間である真実にハリアスは耳を疑った。
ハリアスもリュシードも、少女2人の返事を苦々しい面持ちで見つめ続ける。
「…あの…私は生まれた時からこの世界で育ちました…日本での私は…死んだのではないのですか?」
セシリアは思ったままに女神に問う。
「――可能です。貴女を元の世界から魂だけを引き寄せたのは私ですから。あちらで生きたいと願うなら、死ぬことを覆せる時間まで引き戻し、あなたの魂を戻すこともできます。」
「元の世界で…生きられる…」
セシリアの口から零れる言葉をハリアスは悲痛な面持ちで見つめ続ける。
「そうです。ただ、同じ時間軸からは呼び寄せてはいないので、貴方達が元の世界で再会することはないでしょう。
そして、この世界の仲間や大切な者たちとも永遠に別れる事になります。」
「――リア…」
苦痛の表情を浮かべハリアスはいてもたってもいられなかったらしい。
セシリアの名を呼んぶその声音は痛々しくも遠慮がちに紡がれる。
どうしたらよいかわからない迷子の子供のような表情はセシリアを強く動揺させていた。
「――ハリー…私…」
身体1つ分隔てた先に座り込むハリアスは悲し気な表情を浮かべてはいるのに「行かないで」とは言わない。
――言えないのだろう。
婚約してからずっと悩んでいた2人の距離感をきっと彼は気づいたのだ。
これまで自分が女神に呼ばれた転生者だとは話しては来なかった。
だから幾度となく想いがすれ違った。
その価値観の違いを彼は今理解したのだ。
アイとセシリアが何故近しい関係に見えたのかも…きっとわかったのだろう
これまで知らなかった彼は、今のセシリアを一途に愛してくれていた。
しかし、今まで女神から送り込まれた幾つものセシリアのことも、彼は真剣に向き合い愛していた。
―――…私だからではない。物語りの【セシリア】だったから愛された。
そう。ずっとずっとずっと心に引っかかっていた。
この世界が滅び、やり直しのきっかけになったのは、セシリアが死んだことでハリアスが魔人化したことが原因だった。
ということは、ハリアスはセシリア全員に本気だったのだ。
…そして私はそれに無意識に嫉妬していたのだろう。
きっと本気で私を愛してくれているのは紛れもない事実だろう。
でも…これから先ハリアスに本当に愛すべき婚約者を誰かから差し出されたら?
これから先は女神の干渉は入らない。
【自由】な世界で、セシリアの死なない世界で…果たしてハリアスは自分を愛し続けてくれるのだろうか?
まるで物語の必然かのようにハリアスがセシリアを愛した想いは、物語と関係なくなってもそのままあり続けるのか?
私はハリアスを信じ続けられるのか?
見つめるハリアスになんと答えてよいのかわからなかった。
私が元の世界に戻れば‥ハリアスは新たに新しい普通の恋愛ができるのではないか…
眠っていた自分の後ろめたい感情が沸きあがる。
「女神様…ほんの少しでも時間をいただけませんか?」
意思の籠った言葉で女神に問うのは後方でリュシードと共に佇んでいたアイだった。
「――あまり時間はありませんが…半刻程ならなんとかなるでしょう。私はこの場で魔神と共におりますので、話したいようであれば話してきてください。」
女神はアイとセシリアを見つめて微笑んだ。
「ありがとうございます。」
アイは深々とお辞儀するとリュシードの手を掴んでその場を離れていく。
残されたハリアスとセシリアは黙り込み重い空気が漂い続けている。
「――リア…私たちも話せないか?」
先に口を開いたのはハリアスだった。




