相対神
相対神、コノヘ神とヤクタ神の特徴。
「聖書」や「クルアーン」には唯一絶対の神と呼ばう事はないのだそうだ。
対して、コノヘ神やヤクタ神は絶対神に対しての相対神である。
まあ、絶対神がないのなら、相対神もないのだが。
ただ、公式にはコノヘ神とヤクタ神をエロヒーム、「神一族郎党」に含める事は行われていない。
ベレシート バーラー エロヒーム エット ハシャマイム ベート ハアレツ
何か分かるか?天地創造、「創世記」の第一章第一節である。ここでは、「始めに神一族郎党は天地を創造された。」と描いてあるので、第一世界も第二世界も第三世界も、すべてが創造された事が描かれてある。つまり、高らかに天地すべてがそれぞれ創造された事が描かれてあるのである。
神は絶対神であると共に相対神でもあるから、第二世界も大き神コノヘ神によって、核融合太陽が創造されて、その核融合の原理自体は、小さき神ヤクタ神によって、造られている。
つまり、ヤクタ神が原子等の中核を、コノヘ神が星星のフレームをそれぞれ造ったのである。この原理に科学は依存しており、第一世界は第二世界に大いに依存するのである。なぜなら、第一世界には、細かく決めた創造が載っていないので、第二世界に多分に依存した第一世界がいつの間にか世界のどこかで誕生したのだろう。
神は神なので、天文学の人々はコノヘ神を、物質主義の科学者はヤクタ神を、それぞれ崇めるべきであろう。ただでさえ、第二世界に依存しているのに、科学のそこだけ視て、真実を知った気に成るのは、気が早い。第二世界は第一世界よりは、偏屈ではない。コノヘ神とヤクタ神の話も第二世界から流れて来たものだから、広い世界を知って、現状が変わるものではないが、見識は広められるだろう。
まず、エロヒームと言うのは、単一の神を表しているのではない事を知ってしかるべきなのである。
それはさておき、神が大き神と小さき神に分けられるのは、ひとえに、表裏を極める所にあるであろう。つまり、表裏一体の神が第二世界の主なのであって、一体性があるものなのである。という事は、三位一体の神に通じているというより、生みの親のヤクタ神は、裏である。逆にコノヘ神は、表である。これを極めると、コノヘ神は裏の裏、ヤクタ神は表の裏の表という風に成る。
二面性、人格の神でもあり、顔の神でもあり、意識、無意識の神でもある。無論、意識が大き神コノヘ神で、無意識が小さき神ヤクタ神である。
第二世界の神概念は第一世界のそれよりもずっとシンプルである。
相対神、大き神・小さき神である。




