すれ違った願い
ネオ・アダムスは、最強の天敵である柊刻矢を倒す事で勝利が確定すると考えていた。動きを止めたうえでの攻撃ならば、いくら彼でも生き残る事は不可能だ。そう考えていたが――
「――え?」
刻矢の反応が消えていない。それどころか、コードの力が更に増大している事をネオは感じ取った。あり得ないと考えるが、確かに柊刻矢は消えていない。そしてネオは、何故かマリアナ海溝の中から彼の反応を感じ取った。
「まさか、ビームをわざと受けながら潜って――」
ネオが言い終わる前に、刻矢が浮上し顔面に拳を振るいつつ海へと叩き付ける。彼は理解出来なかった。蹴りすら効かなかったのに、何故今さらになってただのパンチでダメージを受けるのかと。
ようやくネオは思い出す。カラドリウスの能力が回復ではなくダメージの吸収と還元だという事を。さっきのパンチは刻矢の攻撃力だけではなく、自分の攻撃も上乗せした物だという事にようやく気が付く。
目の前には濡れながらも無傷な刻矢が水の上に立っている。先程の一撃で、ネオは刻矢を排除すべき敵だと再認識する。
「やってくれるじゃないか」
「お前が与えた痛みを返しただけだ。そしてこれが――」
刻矢が周囲から発生する黒い粒子をアヌビスの首飾りへと集めていく。その光景にネオは驚愕してしまう。柊刻矢は先程のダメージ吸収で無傷のハズなのに、何故まだ力を溜められるのかと。
刻矢は銃剣の刃を黒い粒子で更に延長させネオに斬り掛かる。ネオは左手で受け止めようとするが、逆に腕ごと切断され白い粒子に変化していく。
「俺にとって大切な人達にお前が与えた痛みだ」
刻矢が冷たく言い放つと、ネオが右手で失った腕を押さえつつ睨み付ける。
イマジナリゼロ。つまりは自分と関わった人達と繋がり力へと変化する事。刻矢は自分に対する絆だけでなく、苦しみすらも受け止めて力に変えた。かつてのアフガニスタンを繰り返さない。そのためには、まず苦しみも分かち合わなければならないと考えたからだ。その強さは、上部だけの信頼のみを使ったネオのイマジナリゼロでは到達出来ない物だった。
「まさか、僕をここまで追い詰めるとはね。何が君をここまで変えた?」
「人の心を失ったお前には解らないさ」
刻矢は銃と剣に分離し追撃する。ネオは片手で受け止めようとするが捌ききれない。ついには押し負けてしまい全身から白い粒子が霧散していく。
「君は家族を想う僕の気持ちすらも偽りだとでも言うのかい?」
そう言い残すと、ネオは悲しそうな表情で静かに笑いながら世界へと少しずつ溶けていく。刻矢はネオの言葉を思い出す。姉と兄、両親が殺され両親以外がナイトメアになった事を。ネオの本当の望みは、インフィニティコードの力でたった二人になった家族を救う事だと刻矢はようやく理解する。ネオの望みの重さは本質的に自分と同じく他者を想うという、計り知れない物だという事を。
まるでネオの悲しみを代弁するかの様に、マリアナ海溝の水が雨となって降り注ぐ。唯一彼の存在の証として残った純白の『Ark』コードを刻矢は優しく抱き締めつつ悲しく見つめる。
「もっと早く言ってくれれば、俺は違う形でお前達を救えたかも知れないのに……!」
刻矢は静かに涙を流しつつ、もう誰にも苦しめられない様ネオの魂を解放する。彼はゆっくりとマリアナ海溝へと沈み見えなくなっていった。




