暴走するエゴ
世界一深い海であるマリアナ海溝の真上。セフィロト社元社長のネオが人間の姿のまま立っていた。彼は何か思い悩んだ表情をしているがある結論に至る。
「イマジナリゼロが使えないなら、もう一つの方法を使うしかないか」
ネオが腕を上へかざすと、マリアナ海溝とその周囲の水が少しずつ減っていく。無くなった水は蒸発していき上空で雨雲へと変化する。発達した雲が徐々に広がっていき空を灰色へと塗り潰す。
これがネオの――アークコードの能力の一つである大洪水。彼にとってはコードを使わなくても容易く使える力だ。ネオは海と一緒に下へ向かう。柊未弦が生み出し残した宝――インフィニティコードを手にするために。
ネオにとっては全てが順調だった。あと少しでインフィニティコードが手に入る。そう思っていた瞬間、ネオは何かを感じたのか上空にかざした腕を前に出す。神々しく輝く純白の『Ark』コードが出現し微笑みながら呟く。
「コード・オン」
ネオが光に包まれながら天使の姿へと変化する。全身が純白で、背中に七対の翼を生やし頭には光の輪が浮いている。
「やれやれ、また性懲りも無くやって来たか柊刻矢」
ネオが右手をある場所へと突き出すと何かを掴む。目の前には先程まで居なかった柊刻矢が、蹴りの体勢のまま右手で受け止められていた。
「イマジナリゼロに重力も加えた蹴りすらも効かないのか」
刻矢が驚いた表情でネオを見つめる。ただし、今までの様な恐怖心は彼に無い。ネオを止めるため決意の表情のまま見据えている。
「僕を今までのナイトメアと一緒にしてくれては困る。アークとはすなわち神のメッセージを聞いて造り上げたノアの方舟。防御力を甘く見ない方が良い」
「なるほど。大洪水くらいなら軽く受け止められる防御。だからお前は地球上の人類の力を上乗せしたイマジナリゼロが使いこなせたのか。だが――」
刻矢が銃剣を出現させて斬り付けると、ネオの身体から白い粒子がこぼれ落ち初めてよろめく。その隙に刻矢は掴んでいる腕を振りほどき解放される。
「あの時の俺とは違う」
「みたいだね。まさか僕に傷を付ける相手が久々に現れるとは。もちろん生前の話だけどさ」
ネオが生きていた頃を懐かしむかの様に空を見上げながら笑う。声には余裕ではなく自嘲が含まれており、彼の最期が決して幸せな物ではなかった事を刻矢は理解する。
「お前の最期はどうだった?」
「身内――叔父さんに殺された。事故死に見せかけたうえでね。理由はセフィロト社の権利と財産目当てだよ。全く、資本主義らしいよね。それだけで幸せだった日々、兄も姉も両親も失った」
ネオの声は悲しみと憎しみで彩られた物だった。身内に家族を皆殺しにされる。最期を語ったネオに対し刻矢は、彼の本当の気持ちを少しでも理解出来た気がした。
ネオの行動理由は恐らく憎しみ。金や欲に眩んだ世界その物をナイトメアの世界という形で消し去ろうとしている。ネオにとっては理想郷でありネバーランドだろう。何故ならば、権力を持っている大人が存在しない世界なのだから。
「僕やニコル、リッドはナイトメアとして生き返ったけど父さんと母さんは生き返らなかった。僕達が家に戻ると、叔父さんが面白いくらい聞いてもない事をベラベラ話したから殺したよ。人って呆気なく死ぬんだなあと思ったら笑えてきたね。そして僕は、新世界を創る前にコードを世界中にばらまき選んだ。僕の世界に合う存在を。ほとんどがエゴに耐えきれず暴走する失敗作だったけどさ」
ネオが感情の無い言葉でナイトメアその物を失敗作と切り捨てる。刻矢は怒りに震えていた。他人の願いを勝手にナイトメアとして作り変えたあげく失敗作と断言するネオの言葉に。
ネオの過去は確かに悲しい物で同情は出来たが、それを差し引いたとしても散々人を利用してから捨てる彼を刻矢は許せなかった。こいつはもうかつて人間だった頃のネオ・アダムスではない。アークという名の最悪な怪物であり、最悪なエゴイスト――ナイトメアだと断定する。
「エゴイストが」
「おかしいね。君や今までのナイトメアもエゴイストじゃないか。夢なんていうのはエゴを人間が言い換えた物だろう? 綺麗も何も無いよ」
ネオが翼状の剣を二本出現させ刻矢に斬り掛かる。刻矢は銃剣で受け流しつつ発砲するが、ネオは翼で飛びながら回避する。
「君だって被害者だと思うけどね。僕がコードや兵器を配らなかったとしても、遅かれ早かれあの国では紛争が起きていたよ。そもそも、あの国を不毛の大地に変えたのは人間じゃないか」
「マッチポンプを繰り返したお前が何を!?」
刻矢が動きを読みながら何度も発砲するが、ネオは全ての弾丸に簡単に切り裂いていく。そのまま接近し刻矢を斬り付けるものの刃が折れ白の光へと霧散していく。
剣が効かないと理解したのか、ネオは背中の翼を一対だけ残して分離し刻矢を三六〇度包囲する。更に複雑な動きをしつつ次々と翼の先端からビームを放ち、回避していく刻矢の動きを少しずつ制限していく。
その間ネオは掌に白の光を溜めていた。ついには腕まで輝き始め刻矢に向けられる。
「君では僕には勝てないよ柊刻矢」
ネオは刻矢に向け、掌から世界を塗り潰す純白の光線を放った。




