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イマジナリゼロ  作者: 加賀美彗
終わる世界と始まる世界
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世界の破壊者

 柊家の島にあるメディカルセンター。最新医療設備や薬品等様々な物が揃っている。内部は解放感を出すために最新のバーチャルリアリティを駆使しており、外見は本物とほぼ同じ感覚で触れたりする海岸となっている。音や風景で精神的に癒す効果を期待しているらしい。

 今回の患者である柊刻矢の症状は深刻だった。反応が一切無く目が虚ろな状態だ。ナイトメアコードのエネルギー源であるエゴの代用とするため、柊未弦が発明した赤い発電結晶体『半永久ダイナモ』を胸に取り付けている。ダイナモから自動的に発せられる電力で何とか命を繋いでいるという状況だ。

「刻矢……」

 未弦は刻矢の姿を見て呟く。命は繋ぎ止めてはいるものの心が戻っていない。救うには、イマジナリゼロを応用した理論を使うしかない。

「今ならまだ引き返せる。それでもやるかい?」

「当たり前だ。俺は家族を誰一人見捨てねえ。刻矢だけじゃない、あんたもだ親父」

 未弦の言葉で輪廻はフッと笑う。私の妻を――未弦の母親を病で失ってから虚しさだけが続いたが、息子の方は随分と立派になったものだと輪廻は考えていた。今までは自分の知識をもってしても彼女を救えなかった事と、孫を見せてやれなかった悔しさが彼にとっての心残りだった。

 もし孫を救う事が出来たのならば、自分は変われるのだろうかと考える。

「良いだろう。刻矢は私が責任をもって繋ぎ止めるから行ってこい。この子の父親なんだろう?」

「ああ、行ってくる」

 未弦はコードからベルトと鍵を取り出すと、自身に装着しベルトに鍵を回す。

「ハイパーコード・オン!」

 未弦の精神が親子の絆により刻矢のもとへと向かっていく。徐々に意識が薄れ未弦は沈んでいった。


 未弦が目を覚ますと辺りは霧だらけだった。霧は何かに反射しているのか様々な色に輝いている。

「ここが刻矢の異世界か」

 以前来た時と違い白い砂状の何かが積もった地面がある。未弦は歩きながら探索する事にした。

 しばらく歩いていると、空から雪に似た何かが降っている事に気が付く。手で触れるが溶ける事は無く残っていた。降っている物の正体は小さな白い結晶だ。かすかに白く光っており、様々な方向にかざしてみると光の強さが変わってくる。未弦は光が強くなる方向へ向かう事にした。

 光が強い方向へ向かうと、結晶は吹雪となって未弦の行く手を阻んでいく。この先に行く事を拒絶する様にもみえるが未弦は諦めなかった。刻矢を救うまでは帰らないと決めていたからだ。

「お前に負けるわけにはいかないよな刻矢」

 未弦は重い足取りで更に歩く。奥へもっと奥へと歩を進めていく。男にはもう挫折や後悔は無かった。ただ一人を救いたいという一点さえあれば先へ行ける。未弦は最後まで諦めなかった。

 吹雪を突破すると未弦は遂に光がより強い場所へとたどり着く。そこには木々と草原があり、今までの砂地と違い霧も無く穏やかな場所だ。

 未弦は結晶の光を頼りに刻矢の心を探す。移動する度に光は更に増していく。

「刻……矢?」

 未弦は遂に刻矢を見付けた。虚ろな本体と違い安らかな寝息を立てている。

「こんな所で寝てると風邪引くぞ」

 未弦は安心して声を掛けるが刻矢からは返事が返ってこない。触ってみると身体は氷の様に冷たい。刻矢も未弦に触れられて反応したのか、先ほどの安らかな表情とは異なり何かにうなされている様だ。

「……てない」

 刻矢が時折何かをうわ言の様に呟く。表情が恐怖に塗り潰され怯えている。

「何であいつには何度やっても勝てないんだ」

 刻矢の言葉で未弦はこの世界から弾き飛ばされる。意識は現実の物となり感覚や体温も戻っていく。辺りを見ると柊家のメディカルセンターに戻っている事が解った。どうやら失敗したらしい。

「拒絶された!?」

「拒絶という事は、まだ心が生きているという事だろうね。イマジナリゼロ――刻矢を想う人々が守ったのだろう。で、何があった?」

 未弦は輪廻に全てを話す。刻矢の世界の様子やうわ言についても。輪廻は息子の言葉を自分なりに噛み砕き解釈していく。

「恐らく、刻矢が目覚めない真の原因はアーク――ネオに対する恐怖だね」

「だろうな。あの表情は相当だったぞ」

 刻矢を目覚めさせるには恐怖を取り除くしかないが、近付こうとすれば今度は拒絶される。どうしたものかと未弦は考える。

「いっそのこと叩いてみてはどうだろう? 学園ドラマの熱血教師みたいに」

「あんた本当に科学者か? まあ、やってみるけどさ」

 未弦が刻矢に近付き頬を思い切って叩いてみる。すると、今まで反応しなかった身体が頬を押さえるという初めて自発的な活動を始める。二人は刻矢が戻りかけていると確信しつつ驚く。

「私も効果があるとは思わなかった」

「おい、このくそじじい」

「よし、次は説教だ」

「説教って何を言えば良いんだ」

 未弦は説教の言葉を考えようとするがなかなか思い付かない。ネオに敗北した事について何か言えば良いのだろうが、かつてとは違う刻矢がその程度で屈するとは思わなかった。

 とりあえず説教をするために刻矢の肩を掴むと、何故か再び視界が変化し意識が遠退いていく。未弦は何かヒントがあるかも知れないと考え身を任せた。


 未弦が次に目を覚ましたのは星神町の南区だった。開発途中で余った土地を港や空港として利用している区域だ。未弦はこの光景を見て思い出す。刻矢が倒された場所は南区だったという事を。未だにネオとの敗北という悪夢にさ迷っている事に気が付く。

 未弦はまず刻矢を探す事にした。必ず近くにいると強く確信していたからだ。刻矢が倒れていたとされる場所を思い出し未弦は向かっていく。

 予想通り刻矢が居た。しかし、何か様子がおかしい。力が抜けた状態で立っており目も虚ろだ。未弦は刻矢に近付き肩を掴む。

「おい、刻矢!」

「ああ、親父か」

 親だと認識している事に未弦はホッとする。まだ刻矢を正気に戻せると確信したからだ。

「刻矢、何があった?」

「セフィロト社の社長に負けた。イマジナリゼロも何もかもが通用しなかった。当たり前だよな。奴もイマジナリゼロが使えたんだから」

 刻矢が力無く自嘲する。未弦にとって予想外だった。まさか相手もイマジナリゼロが使えるとは思ってもいなかったからだ。

 だが、未弦は考える。イマジナリゼロは人と繋がる事で初めて使える力だ。どうやって奴はその領域に達したのか。力が強ければ強いほど器となるナイトメアの性能にも左右されるが、カラドリウスを超える器がはたして存在するのかと。

「あり得ない。イマジナリゼロは――」

「だが、奴はやってのけた。セフィロト社は世界的な企業だ。敵や味方どころか国の区別無く商売し、更には無償の福祉や医療までやっている。ナイトメアコードをばらまく事も含めて。奴は約七〇億人の信頼というイマジナリゼロを可能にしたんだ」

 未弦は刻矢の言葉に絶句した。七〇億人の力をイマジナリゼロで上乗せにする。そんなの地球上で誰も勝てるわけがない。未弦は刻矢が本当に恐れていた事を理解してしまった。刻矢はただ負けたのではなく、力の差を思い知ったうえで敗北した。地球上の人類の大多数その物に倒されたのだと。

 未弦は初めて敵の真の強大さを知る。セフィロト社を倒すという事は世界全てを敵に回すという事。刻矢が絶望するのも当然だった。

「どうやって勝てば良いんだよそんな奴に」

「勝てないさ誰も。インフィニティコードはネオの手に落ちる」

「インフィニティコードはマリアナ海溝に沈んでいるから安全だ。あらゆる策もある」

「どうだかな。ネオという規格外の化け物なら何をしてもおかしくないさ」

 未弦はインフィニティコードの隠し場所と引き上げられない事への自信があった。潜水艦でようやく到達出来る場所にあるうえ、あらゆる機械でもサルベージ不可能どころかコードの力ですら歯が立たないからだ。それを刻矢に伝えるが首を横に振られる。

「ネオはそこまで甘い奴じゃない。コードを直接使わずに殻を破壊さえすれば手に入れるだろう。たとえば、マリアナ海溝の水を七〇億人のイマジナリゼロの力で割ってから科学的な方法で破壊するとか」

 刻矢の言葉に未弦は納得してしまう。七〇億人の力だったら水を割る事が不可能ではないかも知れない。機械で引き上げず殻の破壊だけを前提とすれば取られてしまうだろう。

 しかし、インフィニティコードはかなり前に沈めたから堆積物の中に沈んでいるハズ。場所も簡単には特定不可能だ。それに巨大な塊の中身をインフィニティコードだと理解出来るのだろうかと未弦は考える。その事を刻矢に伝えるがやはり首を振られる。

「あんたの行動記録を調べればいつかは特定されるさ」

 未弦は刻矢の言葉で凍る。セフィロト社を甘く見過ぎていた。世界レベルの企業なら本当にやりかねないと。もう本当に打つ手が無いのかと考える。刻矢を救う事もセフィロト社にいる友を止める事すらも不可能なのか。七〇億人の力を止める事はもう出来ないのかと。

 七〇億人の力を――止める? 未弦はこの部分で引っ掛かる。ネオの力の源はセフィロト社に対する信頼だ。ならば、逆にその信頼を失墜させてしまえば良いのではないかと考える。世界単位のネガティブキャンペーン。もしかしたら、世界の経済すらも塗り替え様々な人間を不幸にさせてしまうかも知れない。

 しかし、未弦はセフィロト社を食い止めないといけないと考える。インフィニティコードを奴らに渡したら何をしでかすか解らない。少なくとも平和活動に使う気が無い事は良く知っている。

「なあ刻矢。今の世界のルールその物を破壊してみようと思わないか?」

 未弦が笑いながら刻矢に提案する。刻矢は未だ力無いままだったが一瞬戸惑う。それを未弦は見逃さなかった。

「セフィロト社の信頼を失墜させる。ナイトメアも奴らのやり方も何もかも公開してしまえば良い」

「正気か? そんな事をしたら――」

「この世界はただじゃ済まないだろうな。だが、ネオの力を削ぐ事が出来るかも知れない」

 刻矢は未弦の言葉に乗り掛けたが正気に戻る。セフィロト社は確かにナイトメアコードをばらまいているが、同時に福祉や医療も行っている企業だ。下手をすればそれに頼っている国や村、集落で多くの人間が死ぬかも知れない。ネオを倒すためとはいえ、果たして少人数を犠牲にして良いのかと刻矢は考えた。

「お前はアフガニスタンの悲劇を繰り返さないんじゃなかったのか!? お前は人同士が繋がる事を証明した。俺も一緒に考えるから、少人数も救う方法も見付けるぞ刻矢!」

 今になって刻矢は陸人の言葉を思い出す。これ以上犠牲を出したくなければ自分達で見届けたうえで助ければ良い。他人任せで裏では悲しみを作っている物は救いではない。刻矢は人の繋がりという物を忘れかけていたがようやく思い出した。

「まさか、あんたに救われるとは思わなかった」

「一応親だからな」

「俺はお前の言う七〇億人の信頼とやらをセフィロト社ごと叩き潰してやるぞネオ」

 親子は互いに手を取り本当の意味でのセフィロト社打倒を誓った。


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