都合の良い解釈
柊刻矢が再び目を覚ます。目の前には手足以外鎖だらけで頭に十字架が集中したクロスと、天宮学園のシンボルである時計塔が見える。元の世界に戻る事に成功した事を確認した刻矢は安心する。
辺りを見回すと仲間達も居る。イマジナリゼロの理論は成功した。そう思った瞬間――
「ハイパーコード・オン? 何かと思えばただのハッタリですか。私には服や色素が変化した、ただの異教の猿にしか見えませんけどねえ」
クロスが呆れた声のまま嘲る。
実際、刻矢の姿は殆ど変わっていなかった。髪や服装は白く、全体的に色素を失った猛禽類を彷彿させる物になっている。ゼロコードから変化したベルトはそのまま残っている。後は瞳が夜空に浮かぶ月の色に変化しただけで、今までのカラドリウスという鳥要素がまるで無い。
仲間達も唖然としている。刻矢が切り札らしき物を使っても、何処からどう見ても服ごと脱色した刻矢にしか見えないからだ。
しかし、姫陽と錐彦は成功したから信じてさっさと行けと訴える様に笑顔を浮かべている。
「なるほど、いつかクリストファーが言っていたイマジナリゼロの理論とやらですか。ナイトメアの力を最大限に引き出すという。しかし、結果は失敗みたいですねえ。ナイトメアの力を封じるゼロコードによって!」
クロスが知識を自慢し始める。ゼロコードという言葉を聞いた者達はざわめき、「おい、マズいんじゃないのかあれ?」等と呟いている。
「知ってますか皆さん! 柊刻矢の正体は死人で、生き返らせるという我等が神を冒涜した父親の手でナイトメアにされたのです。つまり、ゼロコードを使った刻矢はナイトメアではいられなくなるため勝手に死にます!」
「嘘でしょ刻矢!? ねえ、死なないよね!?」
クロスの言葉に対し、麗那が嫌だと言わんばかりに叫ぶ。刻矢がナイトメアだという事実より、幼馴染みが死ぬという事実が受け入れられないらしい。
だが、刻矢は声をあげて笑い出す。麗那が心配してくれて嬉しかったわけでも、高らかに叫ぶクロスが滑稽に移ったわけでもない。イマジナリゼロが失敗したと勘違いしている観客達を騙している事に対する快感からだ。
刻矢が右手をクロスに向けて軽く手招きする。相手は鳥を狩る狩人だと勘違いをした獲物。刻矢とクロスの立場は既に逆転していた。
「どうやら、楽になるより苦しむ方が望みの様ですね。いいでしょう」
クロスが十字架を引きちぎり、音叉に似た二又の槍――ロンギヌスへと変化させる。ロンギヌスをそのまま構えると、ただ立っているだけの刻矢目掛けて刃先を突き立てる。姫陽と錐彦以外の悲鳴が辺りにこだまする。
しかし、幾ら待っても槍が刻矢の皮膚を貫く事は無かった。クロスは槍へ更に力を加えるがびくともしない。刻矢はその光景にため息をつくと、右手でロンギヌスを掴みそのまま軽くへし折った。折られた槍はオレンジ色の粒子となって消滅していく。
「バカな!? ただの人間が槍をへし折るだと!?」
「人間? 何を勘違いしている。俺は確かにハイパーコード・オンと言っただろ?」
「まさか、お前は人の身体にナイトメアの力を凝縮したと言うのか!?」
驚愕しているクロスに、刻矢は時計回りに動きつつ右手で裏拳を叩き込む。するとクロスの身体を包んでいた鎖が全十字架ごと砕け、オレンジ色の光に変化し霧散していく。
中から出てきたのは、首に金のロザリオを身に付けた仮面の宣教師。クロスというナイトメアの正体が刻矢によって遂に現れた。
クロスが炎と雷を掌から出すが、刻矢の手を横に振る動作だけでかき消された。
「そんな、私がこんな異教の猿に……!」
「異教の猿とか言うけど、確かお前の所の宗教って生まれ変わる事を認めてないよな。何故刃物を向けた。隣人を愛せよはどうした。まだ最終審判も迎えてないのにおかしくないか。なあ、偶像崇拝?」
刻矢がクロスの矛盾を洗い出し論破する。クロスという男の本質――自分にとって都合の良い解釈という名の偶像の神で、自己の行いを正当化するという醜い面を周りに晒されていく。
「そうそう、確か海の物は神の恵みだったか? 海に浮かぶ星神町へ来てよく神が語れるな異端者め」
刻矢がクロスを蹴飛ばし、更に踵で顔を踏みにじる。クロスは悲鳴をあげ逃れようとするが、刻矢によって時計塔まで蹴られ叩き付けられる。
「じ、慈悲を!」
「良いだろう」
「え?」
クロスだけでなく、他の仲間達も刻矢の発言に驚く。まさか、言い出したクロスですら敵が情けを掛けてくるとは思っていなかったからだ。
「に、兄さん!」
妹の姫陽が意義を訴えるが、刻矢はあえて無視する事にした。
「おい、誰か小銭かメダル貸せ」
「君は本当に面白いね」
錐彦がゲーセンのメダルを放り投げると、刻矢は片手でキャッチする。
「ルールは簡単だ。投げた時から落ちるまでの間、裏表どちらかをお前に選ばせてやろう。お前が当てたら見逃してやるが、負けたら俺が始末する。勝率はフィフティーフィフティー。どうする? これなら圧倒的な力で潰される確率も低くなるだろ?」
刻矢がメダルの裏表を見せながら賭けを提案する。刻矢の提案にクロスは震えながら立ち上がる。どうやら、提案に乗る気らしい。
刻矢が親指でメダルを弾く。ナイトメア化した二人の動体視力は人のそれをはるかに超えており、ハイスピードカメラさながらにゆっくりと回転しつつ落下していく様に見える。メダルは地面に到達して跳ね、回転しつつ傾いた瞬間クロスが勝ち誇ったかの様に宣言する。
「裏だ!」
だが、刻矢はクロスの希望すらも粉々に打ち砕く。コインを蹴飛ばし空中へ再回転させたからだ。更に踏みつけを加え完全にコインを叩き付ける。刻矢が足を上げると、結果は当然表だった。
「俺の勝ちだ」
「ふざけるな! こんなの反則だ!」
「反則? お前何を勘違いしているんだ? 俺はきちんとルール説明をしてお前はそのルールを認めた。何処も反則は無いな。そもそも、メダルに手出しをしてはいけないってルールは無い。俺はお前の散々やってきた都合の良い解釈で進めたハズだが?」
クロスが怒りに震えている。仲間達も刻矢が堂々とイカサマしたうえに、言い訳して開き直るとは思ってもいなかった。
「あと、ある奴も言っていたが、ナイトメアコードを使っている時点で正々堂々という言葉は失われているぞ」
この言葉に反応したのか、錐彦が他人のふりをしながら口笛を吹いている。すると、全員が変な入れ知恵をしたのはお前かと睨み付け始める。
「さて、遺言を聞こうか」
「助け――」
「遺言以外は受け付けない」
刻矢はクロスの身体を雲すらも超えるほど高く蹴り上げ、背中から七対の翼を生やしながら一気に上昇する。高速の状態でクロスに追い付くと、両足で更に蹴りを加えて更に高く跳ばしていく。彼は地球の重力から離れ、とうとう刻矢の視力ですら見えない所まで行ってしまった。
「良かったじゃないか。人類初の単独宇宙飛行が最期に体験出来て」
刻矢はそう言うと、仲間の居る地上へと去っていった。




