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イマジナリゼロ  作者: 加賀美彗
コードの存在理由
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始まる世界

 柊刻矢が目を覚ますと、辺りは白一面の世界だった。重力どころか地面すらない空間で浮遊している。

 姫陽が導いた新たなるイマジナリゼロの理論は失敗したのだろうか。刻矢は不吉な事を考えてしまう。

 自分以外誰も居ない。そう考えると不安に押し潰されてしまいそうだ。

「何だいここは?」

 聞き慣れた声がしたため身体を動かすと、そこには錐彦が浮いていた。どうやら、イマジナリゼロの失敗に巻き込まれたらしい。

「死後の世界じゃないか?」

「そうだと良いけどねえ」

 刻矢と錐彦の言葉に反応したかの様に、空間に人が一気に増えていく。老若男女や人種を問わず、様々な人達が刻矢達の周りに集まってくる。

 刻矢は彼等の事を知っていた。今まで旅をして出会い仲を深めた人達だ。ナイトメアとして戦った者や旅の話を聞かせた者。家に招待してくれた者達までここに居る。

「よう坊主、元気にしてたか?」

 体格の良い白人男性が気軽に声を掛けてくる。刻矢は覚えていた。彼はある町の棟梁で、初めて訪れた時家に迎い入れ本当の子供の様に可愛がってくれた人だ。近くでは奥さんと子供達が笑顔で手を振っている。

「最近結構怪我をした」

「おう、子供は怪我をしてこそ元気な証拠だ!」

「またシチューを食べにおいで」

 二年前なのにまだ覚えていたのかと、刻矢は苦笑いを浮かべる。奥さんのシチュー、野菜たっぷりで美味しかったなあと思い出しながら。

「やあ旅人さんお久しぶり」

 髭の濃い褐色の男性が、穏やかな表情で刻矢と握手する。彼は石油王で、夜まで互いの旅話を語り合ったなあと思い出す。

「相変わらず堅いわねえあんたの顔」

「お前ももう少し淑やかになれ。貰い手が無くなるぞ」

 パンクファッションの赤毛の少女が、顔を真っ赤にしてそっぽを向く。こいつとはストリートバスケ友達で、よく男子とつるんでたなあと懐かしむ。同時に、あの地区のジャンクフード不味かったなという余計な記憶も思い出しながら。

「旅は続いてるか?」

「今止まってる」

「そうか、でもまた来て欲しいのう」

 民族衣装を着た人達が寂しそうな顔をする。彼等はある部族で、味付けの無い焼いただけの肉をご馳走になった。肉はここまで美味かったのかと初めて知り感動したと、刻矢はあの日を忘れていなかった。

「旅人さん、旅止めちゃったの?」

「今の俺はいつ死ぬか解らないからな」

「俺が募金とかしてやるよ!」

「また来てほしいよ」

「たくさん生きて」

 今まで出会った人達が、いつ命が終わるか解らない刻矢を励ましていく。また遊びに来て欲しい、もう一度会いたいと。刻矢だって本当はもっと旅をしたかった。もっと歩き続けたかった。

 しかし、それはもう叶わないかも知れない。そう考えるだけで、胸が締め付けられたかの様に痛む。

「少年」

 男の静かな声で刻矢は振り向く。人間としての人生を終えた地――アフガニスタンで出会った兵士やナイトメアの少年少女達。更には対策組織の人達まで互いに手を繋いでいた。

 刻矢は信じられなかった。セフィロト社に踊らされ、争い殺し合っていた彼等が仲良く手を取り合っていた事を。

「私達は君の人生を終わらせてしまった。家族や国、平和のためと言って君や多くの人達の命を奪った事は、幾ら謝っても幾ら償っても決して許される事ではない」

「今更そんな事を言いに来たのか?」

 刻矢は軍人の言葉を冷たく切り捨てる。セフィロト社に利用されているという事に耳を貸さなかったあげく、互いに多くの命を奪ってきたお前達にその言葉を言う資格があるのかと責める。

 しかし、刻矢は彼等だけが悪いわけではないと知っていた。手を差し伸べても救えなかった、かつての弱い自分も多くの人を見殺しにした様な物だと。最期に自分本意の願いを叶えてしまったからこそ同罪だと思っていた。

「私達はセフィロト社へ抗う事にした。それでも宗教等の争いは無くならないだろう。だからこそ、私達は話し合う道を選んだ」

「話し合いだと?」

 まさか軍人からこんな言葉が出てくる日が来るとはと刻矢は思う。

「そうだ。君が自らの身を犠牲にしてから私達はようやく目を覚ました。そして私達は君と同じく運命に抗ってみせると君のお父さんに誓った」

「親父が?」

 刻矢は父の未弦からそんな話を一度も聞いた事が無かった。知ろうともしなかった。何故簡単に争いを放棄出来ると、彼等の言葉が信じられない表情で。

「君が倒れた時、私達は君を救うためあらゆる事をした。応急処置や治療、祈りといったあらゆる事を行った。私達は君を救いたいという気持ちの中、ようやく一つにまとまる事が出来たんだ。君は遂に目覚めなくなったがね。君という命を救えなかった事が今までずっと……!」

 アフガニスタンで出会った人達が、悔しそうな表情を浮かべている。

 刻矢は理解した。本当は目の前の命を救いたかったのだと。今までずっと後悔していたのだと。たとえもう手遅れだと頭で解っていても、それでも救いたいと願った彼等の気持ちは本物だと刻矢は確信する。

「もう良いんだ。もう、誰も責めなくて良い。俺はお前達を恨んでいない。だから、ありがとう」

 刻矢からの礼の言葉で、彼等の後悔が涙となって洗い流されていく。

 これで良かったんだと刻矢は思う。彼等に柊刻矢という重荷を背負わせてはいけないと。あの日の出来事を二度と繰り返してはいけないと。

「感動のところすまないが、どうして俺達はここに居るんだ?」

 イタリアで出会った、ピザ職人の師匠の空気を読まない発言で刻矢は我に返る。大切な事を忘れていたと今になって思い出した。

「そうだった。今、俺の故郷が大変な事になっている。力を貸して欲しい」

「助けてやりたいのはやまやまだけど、どうすれば良いのか解んないねえ」

 チベットで出会った世話好きのおばさんが、困った様に首をかしげている。

 正直なところ、刻矢もどうすれば良いか解らなかった。ぶっつけ本番でイマジナリゼロを発動したのは良いが、そもそも刻矢という上水道を敷くための方法を考えていなかった。自分にとっては知り合いだが、彼等は家族や仲間を除けば互いに赤の他人だ。

「仕方ないですね兄さん」

「姫陽、何でここに!?」

「他の方々も呼ばれたならば、家族である私が居てもおかしくないじゃないですか」

 良く見ると、姫陽や錐彦以外にも確かに居た。家族や親戚、更には町の住民まで刻矢の知っている顔が揃っている。

「そもそも、現在何語で話してるんです?」

 姫陽の言葉に全員が気付く。何で通訳も無いのに会話が成立しているのかと。何で言葉が理解出来るのか今まで誰も疑問に思わなかったのかと考え出す。

「それは、私の兄柊刻矢という個人を心の中で共通認識しているからです。ですから、兄さんを励ましてあげてください」

 柊姫陽の言葉に、全員が刻矢を応援するべく何度もコールする。名前を知らなかった者達も次第に『刻矢』と叫ぶ様になる。声はやがて一つとなり、刻矢の心に響いていく。

 これが旅をしてきた結果かと刻矢は改めて感動する。旅をする切っ掛けは病棟に居た頃の悠翔に、外の話――旅の話を聞かせるべく行った事だった。

 だからこそ刻矢は、より長く旅をするためエスカレーター制の天宮学園で特待生になる努力をした。神童と呼ばれるほどになるまでずっと。

 だが、気が付けば刻矢は一人ではなくなった。周りを見れば支えてくれる仲間が居る。一部の記憶を失ったとはいえ、旅が出来ないと絶望し諦めたのは刻矢自身だった。

 これの絆こそがイマジナリゼロで、コードで繋がる事でより大きな絆を作ることが父の未弦がコードを生み出した理由だとようやく理解する。

 ならば、コードを悪用するセフィロト社を倒す事。更にはコードを元のあるべき姿に戻し、もっと多くの人と手を繋ぐ事が使命だと刻矢は考える。

「よう、刻矢」

「親父」

 カウボーイスタイルの男――柊未弦が刻矢に声を掛ける。近くには母の彼方やノエル。相棒のクロエと親友の神宮寺麗那、五代悠翔も居る。陸人達も一緒だ。

「俺がコードを生み出した理由は何だと思う?」

「俺の見ている光景が正解、だろ?」

「もうお前は、俺や彼方が居なくても大丈夫な様だな。行ってこい刻矢」

「行ってらっしゃい」

 親の未弦と彼方、更にはここに居る誰もが刻矢を後押ししていく。刻矢はそれに応えるべく、現実世界へ戻るための言葉を唱えた。

「ハイパーコード・オン」

 刻矢の身体が光に包まれ、意識が現実世界にある本体へと引っ張られていく。故郷にやって来た侵略者を倒すために。


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