大いなる翼
柊刻矢とクロエは順調に進んできたため、昏睡状態の元ナイトメアの人達が居る場所で休憩を取っている。倒されたナイトメアや喰われた人間は死なないとはいえ、一人と一匹は彼等の無事を確認するまで放っておく事が出来なかったというのも理由の一つだ。
「全く、陸人に感化されたのだろうか」
少し待っていると一人ずつ目覚め、寝ぼけ眼で辺りを見回している。ナイトメアとしての記憶は完全に失われた事を確認すると、刻矢達はこの場を去ろうとしていく。
すると、初等部の女の子が刻矢の服を引っ張り始める。
「どうした?」
刻矢は女の子の目線までかがみ笑顔で尋ねる。
「助けてくれてありがとうお兄ちゃん」
ナイトメアコードは一度失えば、ナイトメアとしての記憶を失う様になっている。
しかし、目の前の女の子は刻矢が助けてくれた事を覚えているらしい。
「覚えているのか?」
「ちょっとだけ。暗くて怖い所で、助けてって何度もお願いしたらお兄ちゃんが助けてくれたの」
刻矢は驚いた。まさか、レプリカコードに飲み込まれても最後まで心を手放さなかった少女がいるとは思わなかったからだ。
セフィロト社はこんな小さな子供すらも簡単に。刻矢はそう考えるだけで悔しかった。許せなかった。
「良く解らないが、あんたが俺達を救ってくれたのか?」
今度は天宮学園とは別の学校の制服だが、高校生の男子三人のうちの一人が刻矢に尋ねてくる。
「結果的にだ。礼は良い」
「じゃあ、俺達はこの学区の――町のために何をすれば良い?」
三人の眼差しは本物だった。今やるべき事は何か。何をすべきか真剣に考え悩んでいる。
刻矢は救われれば良いとだけ考えていたが、ここまで本気だと流石に熱意に応えざるを得ない。
「まず、保険委員は怪我人が居る場合は治療。怪我が酷くない場合は、低学年から順に脱出だ。風紀委員は順番にかつ安全に脱出ルートを確保しつつ、列を乱さない様に先導していけ。力のある奴らは校舎裏の保管庫や体育倉庫から土嚢。各教室から机を持って来て、天宮学園から怪物が出て来ない様にバリケードを張れ。あと、もし仮に出口のゲートが壊されている場合は、ゲートから見て右側にシェルターへ行くための通路の一つがあるからそこに隠れていろ。食糧と水分はたっぷりとあるし、電気と予備の自家発電もある。何か質問は?」
刻矢は以上の事を身ぶり手振りで教え、正確かつ冷静に最善の判断を下していく。一部の者達は真剣にメモを取りつつ感心している。
名門の天宮学園で主席の柊刻矢。彼が味方に付いただけで、生徒達は誰もがパニックを起こさず士気が上がっていく。
全員が一丸となって、刻矢の提案した各作戦に取り組む。同じ学区内とはいえ、価値観どころか学校その物が異なる生徒達が刻矢という指導者を中心に行動していく。
刻矢は彼等の姿を見て満足すると、クロエと再び天宮学園へと向かう。
「もう行くのか?」
「あそこには俺の大切な奴らが居る。俺は先に行く。だから、ここはお前達に任せた」
「約束する。だから約束しろ。必ず帰って来い」
「当たり前だ」
刻矢は彼等に背中を向けて拳を掲げると、天宮学園周辺にある景色の揺らめきに入って行った。
刻矢とクロエがたどり着いたのは、夜の天宮学園だった。本来の時間ならまだ朝のハズが、この世界では月や無数の星が輝いている。
刻矢はまず、先に来ているであろう姫陽達を探し始める。声をあげず慎重でありつつも素早く行動する。既に敵の本拠地に居るという事を刻矢は理解していた。
戦いの音は感じられない。まさかやられたのではと考えるが、まずその考えを否定する。
仲間を信じないなんて悠翔の繰り返しじゃないかと後悔したからだ。ならば、先へ行くしかない。刻矢はそう決意し学校を進み始めた。
「クロエ、道案内頼めるか?」
流石に道が暗いためクロエの助けを借りる。今回はクロス戦で携帯が破損したらしいので、携帯をライト代わりに使う事が出来なかったのだ。
クロエは刻矢の頼みを快諾し軽く鳴く。一度降り、先に進んで行くと追い付ける範囲で鳴いて場所を教えてくれる。後は、クロエの案内通りに進めば安全に進む事が出来る。
何度もクロエとのいたちごっこを続け、刻矢はとうとう揺らめきが特に強い場所にたどり着く。
そこは初めて陸人と手を組んだ中庭だった。刻矢が揺らめきに手を触れると、クロエと一緒に中へ吸い込まれていった。
刻矢は草原に倒れていた。心地よい風が吹いており、柔らかな日差しが睡眠を促していく。
しかし、刻矢とクロエは天然のベッドの誘惑に負けず立ち上がる。すると、起きてすぐ目の前――に設置されたライブステージでは激しい戦いが繰り広げられていた。
一人は華奢な身体の二刀流剣士型ナイトメアで、ビキニアーマーを装備しているのが特徴だ。
もう一人は紫のエレキギターを持った女性型ナイトメア。全身近未来的なファッションに包まれた、サイバーパンクを彷彿させる存在だ。
二刀流の方が神速の太刀筋を叩き込もうとするが、エレキギターの音に弾かれ回避されているらしい。
刻矢は目で二体のナイトメアを観察する。剣士のオーラが銀でギターは朱色。刻矢は姫陽のオーラは見た事があるため、銀のオーラを放つ剣士の方が妹の姫陽だと断定し助太刀を開始する。
ギターで防御して隙が出来た瞬間に、彼方から奪った新型の銃で不意打ちを狙う。
しかし、ギター女には気付かれていたらしく横に回避される。
「惜しいな」
「何やってるんですか兄さん。確か病院に――」
「ああ、もう退院した」
やはり剣士の声は妹だった。刻矢は自分の目が間違ってなかったと確信する。
対する姫陽は、兄のタフさに呆れつつ何処か安心そうだ。
「まさか増援が来るとは思わなかったわ」
「やっぱりオリジナル同士の戦いは違うな。道中の雑魚共とは大違いだ」
「へえ、あなた私を楽しませてくれるの?」
「良いだろう」
刻矢が右手をスライドさせ、純白に強く輝く『Caladrius』のコードを出現させる。クロエは刻矢から離れていき、姫陽と相手は目が眩んだらしく手で目を覆っている。
「何、あの強い光のコードは!?」
「バージョンアップしたらしいな。コード・オン」
刻矢が変身のワードを呟くと、光を放つ竜巻が出現し刻矢を中心に吹き荒ぶ。二人と一匹は立っているのがやっとらしく足が震えている。
竜巻が止むと、そこには今までのカラドリウスとは異なる存在が立っていた。
頭に猛禽類に似た鳥の頭と嘴を模した仮面を付けており、羽毛部分は白のロングコートとズボンに変化している。アヌビスの首飾りと背中の七対の翼は変わらないが、更に両肘と踵に一対ずつ小型の翼を装飾の様に生やしている。
これが刻矢の新たなカラドリウス――正確にはナイトメアの核となる願いと記憶を取り戻したため、これこそ真のカラドリウスの姿だった。
「さあ、お前の悪夢を終わらせてやるよ」
刻矢はそう言うと、ギター女に向かって蹴りを放つ。
すると、ギター女が先に音で防御しようとエレキギターを掻き鳴らす。これで刻矢は反動で足にダメージを受けるハズだった。
しかし、刻矢は直角に上昇し回避してしまう。
「何!?」
女が驚いた時には、既に刻矢が目の前に居なかった。姫陽も探すが見当たらない。
突然、強い風と共にやって来る轟音を二人は聞いた。場所は上で狙いは自分。そうと気付いたギター女がエレキを掻き鳴らそうとするが、相手は既にギターごと足で捉えていた。
硬い物が砕ける音と同時にギター女は衝撃を受け、朱色の『Noise』コードと一緒にナイトメアとしての肉体とステージが霧散した。




