最後の希望
姫陽が変身を解除すると、世界が砕け景色が学校へと戻る。夜だった学校は夕方に変化しており、少しずつ元の時間に戻ってきている。
刻矢も変身を解除し、ギター女ことノイズだった少女を保健室まで運びベッドに寝かせた。少女は安心したのか、静かに寝息を立てている。クロエが恨めしそうに刻矢を見つめているが。
「さて、俺はやる事があるから先に進むか」
「やる事って何ですか?」
「クロスとの再戦とユウの奪還だ」
「悠翔さんの奪還?」
刻矢は姫陽に全てを打ち明ける。悠翔がフェニックスというナイトメアで、セフィロト社の幹部だという事。クロスに受けたダメージを悠翔が治してくれた事。そして、ナイトメア化した真の願いやイマジナリゼロの理論についても隠さずに話した。
「そんな事があったのですね」
姫陽が兄の言葉を自分の頭の中で整理しつつ、納得がいった表情をする。
「もちろん俺はユウを殺す気なんて無い。それに、俺にはイマジナリゼロという切り札がある」
「それなんですが兄さん。イマジナリゼロの理論って理論上可能という話ですが、果たして方法自体は完成されているのでしょうか?」
「どういう事だ?」
刻矢には姫陽の言葉が理解出来なかった。何故ならば、イマジナリゼロの理論というのは人との繋がり――絆を力とする理論だ。
刻矢は世界中を旅してきたため、人種や宗教を越えた友達が多い。
だからこそ、イマジナリゼロの力に至れるという自信があった。
それにもかかわらず、妹の姫陽はイマジナリゼロという理論や方法その物に疑問を感じているらしい。これ以上何をすれば良いのかと刻矢は考えるが答えは出なかった。
「たとえば兄さん、水の流れを思い浮かべてください。海の水は雨や雪として大地に降り注ぎ、湖や川となってやがて海に還ります」
「確かに水は循環してるな。それとイマジナリゼロが何の関係がある?」
刻矢の疑問に対し、姫陽はメモ帳を取り出し見える様に開く。更にシャーペンを取り出し、中央にイマジナリゼロと大きく書いてから丸をする。その周囲に複数の小さな丸を描くと、全てをイマジナリゼロの丸に向けて矢印を書き込んでいく。
「ですが、お父さんの理論をそのまま使うと、人との絆は兄さんというイマジナリゼロの溜め池に流れるだけで循環しません。これではいずれ決壊するでしょう」
「決壊すると……どうなる?」
刻矢は嫌な予感がして姫陽に聞いてしまった。
「これはあくまで予想として聞いてください。兄さんやそのお友達の意識が無差別に流れ込んで、兄さんだけでなくお友達もイマジナリゼロという水に押し流されます」
刻矢は姫陽の言葉に愕然する。イマジナリゼロは、父未弦が思っていた以上に危険な理論だったかも知れないという事に。イマジナリゼロという水が決壊し、混ざりあって逆流する。
そうなれば、刻矢一人では済まなくなる。イマジナリゼロは本当の意味で危険な理論だったという事を姫陽の言葉で改めて気付かされる。
「俺はどうすれば良かったんだ?」
「簡単です。新しい理論に書き換えれば良いのです」
「そんな事が可能なのか!?」
すると姫陽が、走り書きでページの頂点に『共通意識・柊刻矢』と書く。更に矢印を一度消してから丸同士を線で結び、人の意識をメモ帳にネットワークとして再構築していく。
刻矢は姫陽の提唱した新たなイマジナリゼロの理論を驚きの表情で見つめていた。父の理論を一度否定し、新たに『柊刻矢』という共通した意識の循環を組み込んだ事でイマジナリゼロの決壊を克服したより安全な理論だ。
「この理論ならば、兄さんという上水路を引く事で欠点を克服できますよね?」
「後はその理論を意識してゼロコードとイマジナリコードを同時に使えば――」
「ですが、一つだけ問題があります。幾ら決壊を克服しても、ナイトメアの力として組み込むのは難しいでしょう。というより、兄さんへの負荷が重いです。ただ、私の考えが正しければ方法はあると言えばありますけど――」
姫陽が言いにくそうに呟く。あくまで憶測で話したくはない様だ。
刻矢は理解していた。幾らイマジナリゼロに対するパイプラインがあっても、それを使うために必要な柊刻矢およびカラドリウスという蛇口が脆すぎるのだ。使うためには、カラドリウスをイマジナリゼロの圧に耐えうるポンプに作り替えなければならない。
しかし、記憶と願いを取り戻し強化された刻矢にはこれ以上の方法が思い付かない。もう、姫陽に頼るしかないらしい。
「方法があるのなら教えてくれ」
「では言います。兄さん、どんな方法でも良いのでカラドリウスに変身したまま一瞬死んでください」
姫陽が刻矢に死刑宣告を下す。刻矢は意味が解らなかった。愛すべき妹に死ねと告げられ納得が出来なかった。
しかし、姫陽が言いにくそうだった事を思い出し、本当は死んでほしくはないという事に気付く。
「死んだらどうなる?」
「イマジナリゼロに耐えうる存在になるかも知れません。ただし、あくまでも私の考えが正しかった場合の話です。失敗すれば元々死んでいる兄さんは今度こそ死ぬでしょう。それでも私に賭けますか?」
姫陽に試されていると刻矢は気付く。
刻矢は彼女の言葉に対しすぐ答えを出した。
「良いだろう」
「解りました。では、一緒に行きましょう」
ギロチン台に送られるかの様に、二人と一匹はゆっくりと歩を進めていく。一筋の希望に全てを託しながら――




