カラドリウスの敗北
深夜零時。柊邸全体にチャイムの音が何度も鳴り響く。柊家の住人が全員目覚め、チャイムの主に文句を言ってやろうと四人と二匹が玄関にやってくる。
「今深夜なんだけど?」
まず最初に扉を開けたのは、柊家夫人の彼方だった。安眠していた時に叩き起こされ相当機嫌が悪いらしく、声に怒りが込められている。
ドアを開けた先に居たのは、黒のローブを着た誰かだ。全体像は不明で静かに立っている。
「悠翔――じゃないな。お前は何者だ?」
刻矢は警戒しつつも問い掛ける。
すると、ローブが若い男性の声で笑う。
「私はクロス。フェニックス――五代悠翔と同じく、セフィロト社のディエス・イレという機関に所属しています」
「また幹部クラスか。今回は何の用だ?」
「率直に申し上げます。柊刻矢――いえ、カラドリウス。私はあなたと一対一で戦いたいのです」
クロスと名乗った男が、穏やかな口調で刻矢に対し宣戦布告をする。
刻矢は悠翔の時と同じくクロスを見つめるが、やはりナイトメア特有のオーラを感じない。
刻矢は正直なところ戦いたくなかった。こいつは悠翔と同じく今までのナイトメアと違う。そのうえのこのこと現れたという事は、クロスはカラドリウスの力に対し勝算があるからだと考えたからだ。
勝てる見込みが低い戦いはしたくない。それが刻矢の答えだった。
「断ると言ったら?」
「フェニックスを除いた、我々四人で星神町を制圧します。加えて、学区にはあなた方が行方不明になった時を見計らって、見込みのある方々にコードを配りました。その意味を良く考えて答えてください」
「完全に脅しじゃねえか!」
幹部――ディエス・イレのメンバーが他にも三人居る。その言葉に刻矢は背筋が凍り付いた。しかも、ナイトメアコードを使いこなして強くなれる可能性のある奴らに配ったという。
未弦の言う通りこれは脅しだ。刻矢はクロスの選択肢すら与えない用意周到さに底知れない恐怖を感じていた。
「解った。ただし、俺以外を巻き込まないと誓え」
「良いでしょう。では、私は先に南区の港で待っています。誰かを呼んだりしたら解ってますね?」
そう言うと、クロスがオレンジ色に輝く粒子になって消えていく。
「兄さん……!」
「大丈夫、倒してくるさ」
刻矢は一度屋敷に戻り着替えると、夜の闇へと姿を消していった。
南区の港に着くと、桟橋に一人の同年代の男が立っていた。
フレームを省略した眼鏡を掛けた若い欧米人で、纏っている修道服と首からぶら下げている純銀製であろうロザリオが特徴的だ。右手には聖書らしき本を持っており、全体的に聖職者というイメージだ。
刻矢は男が全身に纏っているオレンジ色の光で、暗闇の中でも男の全体的な姿をはっきりと視認する事が出来た。
どうやらあのローブは、ナイトメアとしてのオーラを遮断する効果があるらしい。
「お前がクロスか」
「ええ。思ったより早かったじゃないですか」
「地元だからな」
「まあ、立ち話もあれですし――そろそろ始めましょうか」
言葉と同時に刻矢は右手を横にスライドさせ純白に輝く『Caladrius』のコードを呼び出し、クロスは両腕を前に交差させつつ掌を前に出しオレンジ色に照らす『Cross』 のコードを出現させる。
「コード・オン」
「コード――オン!」
二人はそれぞれ白とオレンジの光に包まれ姿を変えていく。
完全にカラドリウスへと変化した刻矢が、目の前に存在するオレンジ色のオーラを纏った敵の姿を確認する。
その外見は、刻矢が今まで見てきた数ある人型のナイトメアの中でも異様だった。包帯の様に全身鎖を巻き付け、鎖の穴一つ一つに金色の十字架を下げた何かが存在している。歩く度に鎖が音を立てて揺れ、叩き付ける様な重い足音が聞こえてくる。
「ずいぶん歩きにくそうだな」
「実際私もそう思います」
「そうか、ならば速攻でけりをつける」
刻矢がクロスを鳥の鉤爪と化した腕で殴り付ける。トン単位の威力を持つ拳がクロスを完全に捉え抉る様に叩き込む。
しかし、クロスの身体は十字架が一つ砕け散っただけでびくともしなかった。それどころか、堪えた様子も無く刻矢に鎖が巻いた腕で殴り掛かる。
刻矢は重い一撃を受け、コンクリートの地面に叩き付けられる。受けただけで地面にヒビが入り音を立てて砕ける。
「何だこいつ。異様に攻撃と防御が高いのか? 接近戦は不利か――ならば」
刻矢は後ろに跳びつつ、掌に銃を生成し構える。可能な限り連射するが、やはり一発命中させる度に十字架が次々と砕けるだけで怯む様子は無い。
「パンチも銃も効かないだと? ならば、これで海に沈めてやる」
刻矢はカラドリウスの能力で回復しつつ体勢を整える。
そして左手をスライドさせ、透明な『imaginary number』のコードを出現させる。コードは『i』の形をした鍵へと変化し、首飾りにかざすと鍵穴が出現する。刻矢は首飾りに鍵を挿し込み、『Unlock』という声と共にカラドリウスの更なる形態へと進化していく。
「なるほど、イマジナリコードですか。ですが、果たして私に効きますかねえ?」
「なら受けてみろ」
カラドリウス・イマジナリに変化した刻矢が胸部の鍵を四回ひねる。すると『Over drive!』という音声と同時に背中のスラスターが青白く輝き、膨大な推進力で一気にクロスへ接近する。
「錐彦の時に学習した俺の新たな技を食らえ」
背中のスラスターが全て腕に集中し、威力を一転集中させた拳がクロスの顔面を捉える。
だが、クロスは刻矢の渾身の一撃すらも片手で受け止めていた。結果は砕けた十字架が一つ落ちただけで、その事実が刻矢を絶望へと追い込む。
「で、それだけですか」
「嘘、だろ?」
「では、フィナーレです」
クロスの嘲る言葉と同時に、刻矢は拳の一撃で意識を完全に刈り取られた。




