こぼれ落ちたピース
辺りが暗くなり寝静まった頃、刻矢は猫のクロエとノエルを抱いてベッドの上に転がっていた。
父の未弦が言っていたイマジナリゼロの理論。その言葉は刻矢の頭から未だ離れずにいる。
セフィロト社の社長と研究部門のクリスを潰せば、後はインフィニティコードをこの世から消してナイトメアが二度と生まれなくなる。
しかし、今はそのための力が足りない。イマジナリコードを使いフェニックス――悠翔の能力は斬れたが、倒すまでには至っておらず野放しの状態だ。
「もっと力が必要だ。それなのに――」
力に手が届くと思ったら地に再び落とされた。ゼロコードを使うとナイトメア関連の力を全て失う。
イマジナリコードとゼロコードの同時使用でイマジナリゼロという力が手に入る。
だが、ゼロコードを使うとナイトメアとは戦えなくなる。そんな矛盾した力を何故実の父親が作ったのか考えるが未だに答えは出ない。
考え続けていると、外から控えめなノックが聞こえてくる。刻矢は「どうぞ」とだけ言って入室を許可する。
ゆっくりと入ってきたのは妹の姫陽だった。白のパジャマと着てスリッパを履いた状態で、黒いウサギのぬいぐるみを抱いている。
「あの、兄さん。今眠れないのです。一緒に寝てくれませんか?」
「良いよ」
不安そうに尋ねてくる姫陽を刻矢は優しく出迎える。クロエとノエルは協力して姫陽のために寝るスペースを作り、二匹とも刻矢の膝に座り仲良く鳴いている。
「ありがとうクロエちゃん、ノエルちゃん」
姫陽が優しく撫でると、二匹は姫陽に近付き嬉しそうに鳴き始める。
「ノエルはともかく、クロエが俺やノエル以外になつくなんて珍しいな」
すると、クロエは色々あったのさと言う様に、優しく鳴きながら刻矢に向いて擦り寄ってくる。
ノエルもあの気難しいクロエにやっと友達が出来たと、実の姉としてとても嬉しそうだ。
「じゃあ、そろそろ電気消すぞ」
全員が返事した事を確認すると、刻矢は部屋の電気の出力を下げていく。完全な暗闇ではなく、オレンジの光が点いている程度だ。
全員が布団や枕にスタンバイし仲良くしている。
刻矢は右の壁側で仰向けになり、右手でクロエを抱えつつ姉妹で向かい合う様にノエルを枕の右端に置いてみる。クロエとノエルは気に入ったらしく、ありがとうと鳴いている。
「抱けないので残念です」
そう言いつつも、姫陽はちゃっかり刻矢の左腕を抱き締めていた。
「おいおい、ひな――」
「私諦めませんからね兄さんの事」
刻矢は一瞬考える事が出来なかった。次に理解出来なかった。
何故ならば、あれほど自分が生きられる見込みは無いと姫陽に聞かせたからだ。
「兄さんは確かにコードで蘇ったのでしょうが、あくまで切っ掛けでしかないと私は考えています。健全な人は電気信号で動き、エネルギーを蓄えるため食事を取る事で生きているのです」
「つまり、まだ人に戻れる見込みがあると言いたいのか?」
「可能性はゼロでは無いです。お母さんから聞いた話では、少なくとも食欲や味覚は大丈夫です。ならば、兄さんはまだ人です」
あれだけ泣いていた妹が、まさかナイトメアである自分を人間だと肯定するための根拠を求めていたとは思っていなかった。
いつの間にか成長したなと刻矢は考える。姫陽はまだ希望を捨てていないのに比べ、自分はイマジナリゼロという成功するかすら解らない力にすがろうとしていた。刻矢はそんな自分を情けないと恥じた。
ならば、今ある力でもう一度足掻くしかない。たとえみっともないと笑われたとしてもそれでも良いと考える。そうしなければ、明確な意志を持って行動している姫陽や錐彦、陸人に顔向け出来ないからだ。
錐彦に言われた事が今になって身に染みてくる。エゴを――夢をカラドリウスという形で本当に求めていたのは自分自身だったと今更ながら気付く。
だが、刻矢にはアフガニスタンで死んだあの日、“何を求めていた”のかが思い出せない。
父の未弦に抱かれた状態で、青空へ血にまみれた右腕を高くより高く伸ばそうとする自分自身の光景。最期に掠れた声で何かを呟くが――
ここまで思い出した瞬間、刻矢の頭をノイズと痛みが駆け巡る。二つは悲鳴となり、刻矢をより苦しめていく。
「に、兄さん!?」
「だ、大丈夫。ただ嫌な夢を見ただけだ」
刻矢の異変に気付いたのか、クロエとノエルも刻矢を心配し寄り添ってくる。
「ありがとな」
刻矢は姫陽達を撫でた後、あの日の記憶について再度考え直す事にした。三人と同じく前に進むために。
一部が抜けてしまい靄の掛かった記憶。恐らく、それこそがナイトメア化した願いの正体だ。
何故手を空に伸ばしたのか。あの時何を呟いたのか。それさえ解れば前に進めると刻矢は考えるが、同時に先へ進む恐怖を感じていた。
思い出してはいけないと心が警告している気がしたが、それでもイマジナリゼロに頼れないならナイトメアとしての力をより高めるために記憶を取り戻す必要がある。
強いエゴが形となってナイトメアとなる。解ってはいても、自分自身の事は良く解らないなと刻矢は自嘲する。
何か大切な物を失ったかの様な虚無感を胸に抱きながら――




