先を往く者
「で、刻矢。俺は何をすればお前を納得させる事が出来るんだ?」
「簡単だ。良いというまで俺を殴り続けろ。ただし、回避したり技掛けたりするけどな」
「ずいぶん優しい条件じゃないか。それなら――」
陸人が言い終わる前に、刻矢は既に姿を消していた。
もう勝負が始まっていると理解した陸人は、刻矢の襲撃に備え身構える。
「遅い」
刻矢の声が聞こえたかと思えば、陸人の視界はいつの間にか空を見ていた。袖と胸部が強く引っ張られる感覚で柔道と理解し、とっさに両腕を広げて受け身を取る。
相手の刻矢は、陸人のジャージの袖を掴んだまま見下ろしている。
「な、なるほど。一筋縄ではいかないなこりゃ」
「そういう事だ。さあ、攻撃を食らいたく無ければ回避しろ」
「鬼教官め」
陸人は刻矢の腕を払いのけて立ち上がる。
そしてまた消える。陸人はタイル張りの道ではなく、草の地面に移動し刻矢を待ち構える。
すると、今度は足に力が入らなくなり身体のバランスが崩れていく。足払いをされたらしい。
しかし、陸人は倒れながらも拳を握り締め刻矢に向かって殴り掛かる。
「よし!」
「やれば出来るじゃないか。数はまだまだだが」
そう言いつつも、今度は両手の閃光と共に銃身が異様な長さの自動式拳銃二丁を取り出してくる。
「おい、飛び道具は反則だろ!」
「俺がルールだ」
刻矢が二丁の銃を交互に撃ってくる。陸人は必死に避けるが、そのせいで刻矢から距離が離れてしまった。
ただ、刻矢はその場から動く気はないらしい。あくまでも定位置から狙い撃つつもりだ。
「あいつを殴るには、懐に潜り込むしかないか。だが――」
刻矢が更に発砲してきたため回避する。
流石に遠距離で相手が動くと狙いにくいのか、陸人は何とか全弾回避に成功していた。
「一丁なら何とかなるんだが、相手は二丁で隙をカバーしてる。そもそも作り出した物だから弾切れも狙えるかも解らない。詰んだか?」
そう言いつつも、陸人は特攻を仕掛けようと刻矢に向かっていく。
近付く度に銃弾の命中率は増し傷だらけになっていくが、可能な限り最小限のダメージになる様回避しつつ至近距離に到達する。
陸人は刻矢を視界に入れると、何度も何度も拳をお見舞いしていく。十回何十回と増していき、遂には刻矢をダウンさせる。
「よし勝った!」
「誰が勝ったって?」
刻矢が何事も無かったかの様に立ち上がる。
その姿に陸人は驚愕し、ある種の恐怖すら感じてしまう。
「とりあえず手当てだ」
そう言うと、刻矢が陸人を見つめる。
すると、陸人に与えた傷がジャージごと修復され元通りになっていく。
「おお、治った!」
「今回はこれくらいで良いだろう」
陸人が驚いている間に、刻矢がカラドリウスから元の姿に戻っていく。
そして再びベンチに座り陸人を呼ぶ。
「で、教えてくれるのか?」
「何を言っている? 不合格だ」
「嘘だろおい!」
文句を言っている陸人に対し、刻矢は鼻唄を歌いながらベンチから立ち上がる。
「この程度では怪物――ナイトメアに喰われるな。まだ実力不足の奴に世界を教えられるか」
「あの怪物ナイトメアって言うのか」
「そうだ。奴らは未成年者が変身し、人の心や記憶を喰らって廃人同然にしてしまう。世界には奴らがまだ存在している」
何だかんだ言いつつも、刻矢は敵について教える事にした。
ナイトメアコードの事やオリジナルとレプリカの事。更にはナイトメアと戦っている対策組織の事も。
ただし、セフィロト社の正体と自分が死者である事だけは伏せておいた。今の実力ではまだ話すべきではないと考えたからだ。
「で、戦えそうな奴はどれくらいいるんだ?」
「柊家と神宮寺家。見込みがあるのは、泉やお前とその仲間か。あと同じナイトメアの錐彦くらいだ」
「ずいぶん少ないんだな。そんなんで勝てるのか?」
「無理だ。そもそもナイトメアを倒せるのは、ナイトメアに襲われて毒素を一定以上体内に溜め込んだ人間かナイトメアその物だ。ここの学生全員がナイトメアになった場合、勝てる確率は万に一つも無い」
刻矢の言葉で、何で殴ってこいとわざわざ言ってきたのか陸人はようやく理解した。答えは簡単だ。ナイトメアの毒素を溜めさせるという条件を満たすためだ。
つまり、今はまだ刻矢と肩を並べる事は出来ない。このまま世界を見ても返り討ちにされると判断されたらしい。陸人はその事実に肩を落とす。
しかし、刻矢は陸人の肩に優しく手を置く。
「錐彦はサソリのナイトメアだから刺されてみると良い。毒素があっという間に溜まるだろう」
「簡単に言ってくれる。解った、やってやるよ」
「ああ、だから追い付いてこい」
刻矢はそう言うと、陸人を置いて満足した表情で去っていく。
小さくなっていく背中を見送ると、陸人は両手で頬を叩き気合いを入れる。
「追い付いてこい、か。追い付いてやるさ」
陸人は敵に備えるべく、男子寮にいる錐彦を起こしに向かった。




