禁断の選択
「困りましたね」
病院の外で柊姫陽と猫のクロエがうろうろしていた。刻矢に会うつもりが、本人から精密検査を受けると言われ待ちぼうけをするはめになったからだ。何故か幼馴染みの五代悠翔も居たが、また喧嘩をしたのだろうと今は居ない姫陽は納得すしていた。
「麗那さんは一度家に戻ったので、兄さん待つ間は暇ですね」
姫陽はクロエに同意を求めようとするが当のクロエは日向ぼっこを始める。その姿を見て残念そうに笑うと姫陽は病院の敷地内にある木陰に入り暇を潰す事にした。心地よい木漏れ日と風の音に影響されたのか姫陽は徐々に睡魔に負け始める。
「――た。ねえ、陽向?」
沈んだ意識に働き掛けるかの様に姫陽は懐かしい声と身体を揺すられる感覚で眠たそうに目覚める。
「あれ、お母……さん?」
姫陽が寝ぼけ眼で実の母親――彼方を認識する。黒のベールから見える自分と良く似た懐かしい顔だ。しかし、まだ眠たくて意識があまり働かない。
「こんな所で寝てたら風邪引くわよ?」
姫陽は事態をようやく理解したのか一気に目が覚め赤面する。よりにもよって、実の母親に恥ずかしい所を見られてしまったからだ。
「お、お母さん! ずっと見てたのですか!?」
姫陽が自分の顔を両手で隠すと彼方が悪戯っぽく笑う。
「ええ、あまりにも可愛かったから刻矢とパパに写メ送っちゃった」
この発言に姫陽が涙目で彼方を駄々っ子の様に叩き始める。流石に参ったらしく彼方が痛い痛いと言いつつ両手を挙げる。
「冗談! 冗談だってば!」
「ホントですか?」
姫陽がジト目で彼方を見る。
「ホントホント! 彼方さん嘘つかない!」
すると、姫陽が必死になって弁解する母親を見てクスクスと笑う。
「お母さんは基本嘘つきですけど、まあ今回は信じます」
「ノエル、姫陽がいじめるよー」
彼方が連れてきた飼い猫の名前を呼ぶが何故か居なくなっていた。
「あれ、ノエル?」
彼方が辺りを探すとノエルはもう一匹のアメリカンショートヘア――クロエと仲良く遊んでいた。普段は飼い主の刻矢にしかなつかないクロエも、嫌々付き合ってるわけではないらしく楽しそうだ。刻矢と旅をし続け久々に会ったにもかかわらず仲間の事はきちんと覚えていたらしい。
姫陽と彼方はしばらくの間木陰でクロエとノエルが遊んでいる姿を微笑ましく見ていた。
「ひなちゃんごめん遅くなった! あれ、彼方さん!?」
「あら麗那ちゃん久しぶりね。ママって呼んで良いって言ってるのに、いつまで経っても彼方さんって呼ぶのは相変わらずねえ。あと、一緒にいるのは……どなた?」
彼方が麗那に再会の言葉を掛けるが麗那の側には彼方が知らない少年がいた。天宮学園の制服に風紀委員の腕章を着けた少年。中性的な美少年といった感じで飾り気が無くなおかつ美しい天然素材だと彼方は思った。
「始めまして、風紀委員副委員長の荒砂錐彦です」
「私は柊彼方。ガンスミスよ」
彼方と錐彦は初対面であるにもかかわらず何か感じたらしく両手で握手する。どうやら、互いに気に入ったらしい。
「あなたが彼方さんかあ。若いなあ」
錐彦がこんなに美しい人は見た事がないと言わんばかりに彼方をまじまじと見ている。
「ありがとう。で、どういう経緯で麗那ちゃんと一緒に?」
「泉警視に渡された物を持って帰ったら家にこいつが居たのよ」
麗那が忌々しそうに錐彦を睨んだのを見て彼方は何かあったなと母親の視点から察するが、解決するのは当人達の問題だとして触れない事にした。
「こいつ呼ばわりは酷いなあ。僕は理事長に呼び出されただけだよ」
錐彦がやれやれと首を横に振る。
どうやら態度から察してあまり気乗りしない話だったらしいが、錐彦の表情や態度に反して彼方は嬉しそうに微笑んでいる。
「英理ちゃんと龍治君かあ、懐かしいわね。そっかそっか、龍治君警視になったんだ。昔は小さい頃から私達の弟代わりだったのに出世したわねえ」
彼方は昔の青春時代を懐かしみつつ出世した弟分に対し誇らしく思っていた。
「まあ、昔話はこれくらいにして今は刻矢が居ないから丁度良いかしらね」
彼方が持参してきた何かを取り出し三人に自慢するかの様に見せ付ける。一見すると白いドライヤーに見えるが、持ち手に描かれた黄色と黒の縞模様の三角形の中に『Danger』という大きな赤い文字が書かれている。
「お母さん、これ何ですか?」
姫陽が恐る恐る尋ねる。実の母親が持ってきたうえに『Danger』と書かれている物だから間違いなく危険な物だと姫陽は確信する。
「これ――ナイトメアコードの装置だよ」
「え、これが!?」
姫陽の疑問を彼方の代わりに錐彦が答える。一方麗那はナイトメアコードの装置だとは思っていなかったらしく動揺している。
「錐彦君良く知ってるわね」
彼方が偉い偉いと錐彦を撫でる。
「まあ、こいつナイトメアだしね」
「錐彦君すごーい!」
彼方の言葉に麗那が言葉を失う。
「じゃあ、今あるコードは一つしか無いから、使えるのは必然的に姫陽と麗那ちゃんのどちらかになるけどどうする?」
「え?」
彼方の悪魔の囁きとも言える発言で姫陽と麗那は思わず声をあげてしまった。
「何で……何であたし達のどちらかがナイトメアになる必要があるの? それに、何で彼方さんが――」
麗那が彼方に尋ねる。
無理も無かった。ナイトメアは星神町に被害を及ぼした存在だ。そんなものになる必要性がどこにあるのかと麗那は心の中で思っていた。
「どうせ、自力では倒せないんでしょ? ナイトメアを倒せるのは、ナイトメアの毒素を体内に持った対策組織メンバーかナイトメアその物くらい、英理ちゃんから聞かされなかった? ちなみに、この機械持ってるのは、ある裏ルートからね」
逆に彼方が何当たり前の事聞いてるのと言う風に麗那に尋ねてくる。痛い所を突かれ麗那は黙ってしまった。
「ちょっと待ってください。ナイトメアはもう錐彦君とカラドリウスさん以外消えたハズじゃ――」
「増えてるわよ。世界中で、現在進行形で。もしかしたら、この町でもまた増え続けているかも知れないわね」
「そんな――」
母親の言葉に姫陽が絶句する。まさか、事態が世界レベルだとは思っていなかったからだ。
「ナイトメアになりたくないなら別に強制しないわ。ただ、一度だけ聞かせて。この猛毒を使う勇気はある?」
彼方の非情とも取れる言葉がまだ若い二人に重く辛くのし掛かった――




