西区の魔女
地元では治安が悪い事で有名な星神町西区。マフィアやヤクザ、様々な裏世界の住人が存在する中、表で恐れられている裏世界の住人ですら誰も近付かない一角が存在する。裏世界に似つかわしくない豪邸が建っているが、歩く人々はなるべく視界に入れない様にしている。
そこの主は一匹の成猫と戯れながら庭のハーブや花に水をまいていた。住人は黒のベールで顔を隠した女性でワンピースタイプの花に似た黒いドレスを着ている。彼女の心の友と言うべき猫はアメリカンショートヘアのシルバータビー。じょうろを持っていない彼女の手で優しく撫でられている。
「暇だわあ」
豪邸の主――柊彼方が、手を添えて上品にあくびする。
「ホント、何か事件が起きないかしらねえ?」
彼方は物騒な事を言いつつ、飼い猫を抱いてじょうろを戻しに行く。じょうろを屋敷のそばにある物置にしまうと、彼方は猫と庭を散歩する事にした。
「平和ねえノエル。うちの子達と未弦、クロエは元気かしら?」
彼方の言葉にノエルと呼ばれた猫が軽く鳴く。前足を上下に振りつつ、何かを訴えている様に見える。
「もしかして、刻矢達帰ってるの?」
彼方が携帯を取り出し、娘の姫陽にメールを送ってみる。すると、『兄は入院中』という内容のメールが返ってきた。
「じゃあノエル、お見舞いに行こっか」
賛成と言わんばかりにノエルがみゃーみゃー鳴き出す。彼方は上品にノエルの頭を撫でると屋敷の門へと向かった。
「よう、元気でやってるか?」
門を開けようとした瞬間、背後からDJみたいにノリの良い声がしたため振り向く。
そこには、開拓時代のカウボーイ風の格好をした男が立っていた。 但し、彼方の目の前に存在しているわけではなく、多少ノイズの入った立体映像だ。
「やあ未弦。元気にしてた?」
彼方が親しそうな口調で愛する夫に声を掛ける。
「おう、俺はいつも元気だとも! そろそろ帰国するつもりだから、まずお前に連絡したんだ!」
相変わらず元気が取り柄な人だなあと彼方は嬉しさと同時に心からそう思う。
「あら珍しい。刻矢も帰ってきてるわよ」
「知ってるさ! 刻矢を帰らせたのは俺だからな! ただ、あいつは納得してないみたいだが」
未弦が先程とは違い何か思う所があるといった表情で語り掛ける。それは彼方が知っている愉快な旅人としての彼ではなく、一家の大黒柱として苦悩している表情だった。
「何かあった?」
彼方が尋ねてくるが未弦は気まずそうな表情で一度目を逸らす。
「正直、今の俺には刻矢を救う方法が解らねえ。過去の償いのためとはいえ、刻矢と姫陽に父親らしい事もしてやれなかった。なあ、彼方。俺はあいつらの父親でいられたのか?」
未弦の苦悩に彼方は笑みを浮かべる。同情からではなく生涯この身を捧げると誓った、たった一人の男の伴侶として支えたいと思っているからだ。
「刻矢と姫陽の親は私達よ? だったら、それで良いじゃない」
「彼方、すまねえ」
「だから笑って未弦。あなたに悲しい顔は似合わないわ」
立体映像だと解ってはいるものの彼方は未弦の頬を撫でる。すると、未弦の何かが吹っ切れ再び笑顔が戻っていく。
「そう、だよな。そうだよな! お前と話せて良かったよ彼方!」
「お土産期待してるわよ」
「ああ、必ず帰ってくるからな!」
そう言うと、未弦の立体映像が消える。
夫の元気な姿を見て安心した彼方は心配そうに見上げてくるノエルを優しく撫でる。
「さて、未弦を安心させるために、刻矢と姫陽を守りに行くわよノエル」
ノエルが了解と言う様に強く鳴き彼方は西区から病院のある中央区へと進撃した。




