エゴの肯定者
砂漠に無数のビルが立ち並ぶという異様な光景の中刻矢は敵を待つ事にした。腹を空かせたナイトメアなら餌である自身に食い付くだろうと考えたからだ。
だが、刻矢には一つだけ不安があった。紫の男という存在だ。彼の言葉を信じるならば彼自身は人の心や記憶を食べていないという事になる。
刻矢にはそういったナイトメアに心当たりがある。自身の様なイレギュラーとは別系統ではあるが世界中で見てきたナイトメアの中でも希少な存在だ。
「なるほど、情報屋が敵は三体だと言った本当の理由が今になって解ってきた。久々の強敵か」
鳥の姿のため表情は変わらないが刻矢が心の中で笑みを浮かべる。
「ほうほう、足立君を一撃で倒したか。流石同族だねえ」
拍手をしながらビルの間から出てきたのは声だけなら紫の男だった。
外見を表すならば人の顔に上半分しかない白の仮面を付けた男だ。両腕両足と黒髪の三つ編みに反り返ったサソリの尾を付けた存在。中国の格闘家を彷彿させる身軽な衣装を身に纏っており全体的に見るとスマートな印象だ。
「厳密に言うと、ナイトメアとしての性質がオリジナルのお前とは違うんだ」
「オリジナルコードと違う? でも、あの強さは僕達オリジナルが足立君や海人君達用に生み出したレプリカコードとは違うよねえ?」
かつて紫の男だったサソリの男が顎に指を当てて考えてみるが難しそうな表情をする。
「ナイトメアにも、もう一つ知られざる形態があるという事さ」
刻矢が解りやすく説明するとサソリの男が興味深そうに刻矢を見つめる。
「へえ、世の中にはそういうナイトメアもいるのかあ。初耳だなあ。才能とか?」
「いや、やり方その物は簡単だ。もっとも、人を捨てる覚悟があればの話だが」
刻矢が忌々しそうに呟く。カラドリウスのコードを半分は望んで手に入れたわけではないからだ。
刻矢は少しだけ思い出す。アフガニスタンの戦場で父親に抱かれ全身血塗れの状態で倒れながらも、まだ生きたいと願うかの様に青空へ腕を伸ばす自分自身の記憶を――
「それでも飛べる様になったのは羨ましいけどねえ」
「太陽を求めて高みを目指したイカロスの様に、本当の意味で世界を知らないからそう言えるんだ。俺だってそうだったから」
刻矢が後悔した表情でサソリの男を諭す様に言う。
「でも、ナイトメアの姿って人間のエゴ――言い換えれば願いや希望だろう? つまり、その姿は君が望んだハズだけどなあ?」
「もう遅いんだよ何もかも。気付いた時には持っていた物を失ってたんだ」
刻矢は赤の他人であるハズのサソリの男にいつの間にか自身の弱みを話していた。刻矢にとってサソリの男はかつての自分自身でもあり願いでもあった。他者のエゴを願いとして肯定する彼が羨ましく感じた。
もう自分にはない情熱。彼に興味を持ったのは自分が失った物を持っていたからだとようやく気付く。
妹の姫陽の友達が意識不明になるきっかけ――ナイトメアコードを与えたのは彼だと心の中では解っている。だが、それでも刻矢は彼と戦いたくないと思っていた。まだ彼は“こちら側”に来てはいけない。そう強く願っていた。
「正直、足立君や海人君と違ってフェニックスの提案には興味が無いんだよねえ。むしろ、倒そうと考えているかな」
「仮に倒せたとしてお前はその後どうする?」
先程まで彼の言葉に興味を抱いた刻矢の心、少しの疑念が生まれる。彼の性格上、恐らく正義ではなくエゴを肯定した上での行動だろうと刻矢は考える。ナイトメアコードを二人に渡したのも含めて。悪く言えば退屈しのぎや気まぐれで行動している。
ならば、気まぐれの先には何が待っているのかと刻矢は疑問に思ってしまう。
「変身する前にも言っただろ? 強い奴が支配するのが自然の摂理だって。ならば、その後は世界を手に入れようかなあと考えてるよ」
世界を手に入れる。刻矢はその言葉を聞いて彼と戦いたくないと考えた事を愚かだと思い直す。力を手に入れた挙げ句理性を保っている分、本能に身を任せて人を食い物にしている二人よりたちが悪過ぎる。こいつは物事全てを退屈しのぎのゲームとしか考えていないと。一番ナイトメアコードを与えてはいけない性格の持ち主に力を与えてしまった。人の姿をした化け物だと再認識する。
護りたい者――姫陽と麗那の姿を思い浮かべ、目の前の男が敵だと完全認識する。
「そうか、お前も今まで戦ってきたナイトメアと同じなのか」
「だったら?」
「お前らを倒すさ。お前らにとって、ナイトメアコードは過ぎたオモチャだと良く解った」
「まあ、僕はまだ戦わないけどねえ。海人君、刻矢君と遊んであげなよ」
サソリの男の声に反応し何かが空から地面に激しく衝突する。砂ぼこりが周囲を遮り人型のシルエットだけが浮かび上がる。砂が晴れると刻矢とサソリの男の間に一人の鎧が存在していた。
全身銀色でコウモリの耳に似た飾りを付けた甲冑。左手に盾としてバックラーを着けており右手には黒のクレイモア。背中には左右に帯の様な黒のマントを装備している。
「あ、そうそう。海人君を君が倒した足立君と同じと思わないでね。かなり強いから」




