最終話・旅の終わり
柊刻矢は柊家の屋敷の外にある安楽椅子に座り、年老いた愛猫のクロエを膝に乗せ日向ぼっこをしていた。世界の争いは無くならないが、各国が戦争ではなく話し合いによる和平のお陰か旅をしやすい世の中になっている。あの日から未だに生きている刻矢は幸せを感じていた。
隣に住んでいた麗那を妻にし、今では息子二人と娘一人の五人家族になっている。走り回る子供達を見守りながらも刻矢はクロエを撫でながら笑っていた。
刻矢は今年だけは旅を止め家族と過ごす事を決めている。クロエは旅が出来ないほどに衰えもう長くないからだ。ならば、最期まで側にいようと刻矢は考えていた。
人に戻ってから刻矢がまずやった事はインフィニティコードの解放。今では償いや技術提供も兼ね、世界からこき使われているクリストファーと一緒に旅をしているらしい。毎週写真を送られてきているが、毎回クリストファーとインフィニティコードは満ち足りた表情をしていた。
アダムス家やセフィロト社の資産が凍結したため、住む家が無いどころか一文無しになったネオ達は星神町に移り住んできた。そもそも彼等を暴走させたのは各国が利益目的で利用した事も理由の一つであるため、ネオ達は口止めも兼ねてほぼ咎められる事無く仲良く暮らしている。両親が眠っている棺もアメリカから送り届けられ、今では新たな住居にある墓地で眠っている。
サルヴァトーレ以外の元ジェネシス達も何故か星神町に移り住み、迷惑そうなクロスの意思を無視して彼が自費で建てた教会で今でも居候している。クロスは刻矢が帰ってくる度引き取ってくれる様に頼んでくるが、当然刻矢は泣き脅ししてくる彼の意見を毎回却下していた。
サルヴァトーレはいつか姫陽を倒せるまでの実力を付けるため、今でも旅に出て荒稼ぎとギャンブルに明け暮れているらしい。何故か錐彦も引き連れた状態で。本人曰く、彼が旅に出るついでに猛者と戦い刻矢を倒せるまでの力を付けるためだという。柊兄妹を倒すという目的で利害が一致し、世界中で毎日楽しく根無し草の生活を送っている様だ。
悠翔はキャリア組になり、警視長となった泉の部下となった。それだけならまだ良かったのだが、姫陽を取られ四月生まれの刻矢の義弟になったためしばらくの間口を利いてもらえなくなった。甥や姪、妹は可愛がっているものの悠翔との関係は未だに悪い。
陸人は軍人となり、世のため人のためと積極的に行動している。最近では刻矢の親である未弦や彼方と行動を共にする事が多くなり、様々な視野から物事を見て行動しやすくなったらしい。
新しくなったコードの技術も各国が応用し始めている。より解り合うためにはどうするべきか。あの悪夢を繰り返さないためにはどうするべきかと真剣に考えている様だ。今ではネットと同じく一般でも使われるほどに普及している。
刻矢は仲間や今まで出会った人達への挨拶回りも兼ね、クロエと共に世界を旅してきた。家族を寂しくさせない様にと帰る日にちも考えているため、今までみたいな自由な旅ではないが満ち足りていた。それでも、相棒に無理をさせないため旅人を休業する時がやって来てしまった。
「クロエ、懐かしいなお前と出会った日を。子猫だったお前をお袋から譲ってもらってからずっと一緒だった」
刻矢が撫でながら話し掛けると、クロエは弱々しくだが応える様に鳴く。手入れや徹底した生活習慣のお陰で毛並みは美しいものの、昔の様に自力で走り回る事すら出来ないほど弱っていた。今では視力や聴力までも衰えており、刻矢の介護無しでは生きられない状況だ。愛していた姉のノエルはもう居ない。
それでもクロエは弱々しくも確かに生きていた。刻矢がかつて願った様に、最期までより長く相棒である彼を見届けるために。
「クロエ解るか? 俺の事を」
クロエは言われなくても手に取る様に解っていた。本当は今でも泣きたいハズなのに強がる彼の姿がハッキリと。ほとんど見えなくなったが、相棒の確かな温もりは長い付き合いだから良く知っている。そして理解していた。もう身体が限界に近付き自分に残された時間が刻一刻と迫っている事を。
相棒はそれを解っていた。だからこそ、帰るべき場所へと戻ってきたのだ。
「お前に会えて色々な思い出が出来たよな。人間臭いお前と旅をして俺は楽しかった」
「私も楽しかった」
刻矢が辺りを見回し声の主を探すが、子供達とクロエ以外誰も居ない。
「ずっと刻矢と一緒に旅をしたかった」
「クロエ、お前――」
「だけど、もう叶わない。それでも、一緒に居てくれて嬉しかった。今まで私のわがままを聞いてくれてありがとう」
「礼を言うのは俺の方だ。俺は、俺はお前が大好きだった!」
「だから笑って刻矢。私は笑っている刻矢が一番好き」
刻矢はクロエの願いを叶えるべく。笑いながら鼻唄を捧げる。旅をしている時に、子猫だったクロエが寝るまで毎回歌った即興の子守唄だ。刻矢は歌を止めず、ずっとずっと歌い続ける。たった一人の観客のために。挫折を繰り返しても見捨てずに寄り添ってくれた最高のパートナーのために。
耳が遠くなっても確かに届く魂の唄を刻矢は紡いでいく。目が見えなくなっても確かに伝わる想いを刻矢は奏でていく。クロエとの永遠の別れだとしても、決して後悔の無い様に彼は唄う。コードに頼らなくても確かな温もりと絆をくれた彼女への恩返しも込めて。
「ありがとう、刻矢」
確かにクロエの声が聞こえた。刻矢が見ると、彼女は眠る様に安らかな表情のまま目を閉じている。刻矢はそんなクロエを優しく抱き締める。
「ありがとな、相棒」
刻矢はそう呟くと立ち上がり、先に旅を終えた彼女を座っていた椅子に置く。彼女に顔を見せない様に背を向けると、静かに目から一筋の涙を流す。
「ありがとな、相棒……!」
Fin.




