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ディスペル  作者: SIN


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37/122

怖

 悩んでいる事がある。

 どうしたら良いのかが分からないから、どうしても口数も減ってしまう。そうすると元気がないと心配をかける事になり、余計にどうしたら良いのかが分からなくなる。

 ディルクと言うフラケシュンの生前名前は違和感もなく呼べるし、カフラに対しての違和感も薄れてきた。けど、どうしたってエドとサクリアは呼び慣れない。だからと言って2人をゾンビンやハクシャクンと呼べば、何故か?と問われる事になるだろう。

 皆はもう皆を生前の名前で呼び合っているから、拙者もそうした方が良いと言うのは分かってはいるが…。

 それに、エドは最近気分が落ち込んでいるから「なんで名前で呼ばないんだ」と怒ってしまう可能性もある。

 カフラの時のように呼び続けていればいずれ慣れるのだろうが、エドは依頼の為屋敷に留まっている時間が少ない。

 顔を合わせる時間が短いからいつまで経っても慣れないと言うのが正解か。

 昼間は店に出ていて屋敷にいないサクリアも同じ理由か?

 ならば一緒に過ごす時間を増やせれば解決するかも知れない、そう思いエドの部屋を訪ねてみたは良いが、話題がない。

 「なに?」

 怪訝そうに見上げてくる顔、昨日帰って来た時間がかなり遅かった事を考えると、まだ眠っていたとしても不思議ではない時間だ。

 自分の事ばかり考えていて、エドの都合を全く考えられなかった自分が恥ずかしい。だからと言って、ここまで来ておいて去っていては意味がない。起こされたエドからしてみればただの嫌がらせと感じるだろう。

 「次、依頼があった時は拙者にも手伝わせてくれぬか?」

 不思議そうに首を傾げた拍子にエドの右目が落ち、その右目はフワリと角度を変えて拙者を上から見下ろす。

 人と話す時は目を見て、とは言うが…こうも違った場所に目がある場合はどっちを見れば良いのか…。

 それより、拙者はエドが目を出すこの動作が…なんと言うか…恐ろしい。遠くを見るために目を伸ばす場合と違い、無意識的に出てしまう、落ちてしまうと言う時の、前触れもなくカクン、ボロッが怖くてしょうがない。

 「じゃあ、晩メシの後、開けといて」

 「承知」

 大きな欠伸をしたエドは、右目を戻すと廊下を広間の方に向けて歩き出し、スグに立ち止まると隣の部屋…ガイコツンの部屋をノックしてから開けると右目だけを伸ばして中を確認し、それから溜息の後ドアを閉めて歩いていった。

 ガイコツンが去って2ヶ月、その間に何の連絡もない薄情さに一時期は怒りもしたが、今はただその身が心配。無事でいるのだろうか?そう声に出せばエドはきっと「当たり前だ」と激怒するのだろう。

 夕飯が終わり、食後にカフラの淹れた茶を飲みながらソファーに座っているエドを見る。

 次の依頼を手伝うと申し出て、夜の時間を開けてくれと言われたのだから、きっと夜にするべき依頼があると思っていたのだが、肝心のエドは時計を気にする素振りもなく、ただソファーに座っている。

 依頼がある事を忘れて?それとも朝の事を忘れているのか?

 そんな落ち着かない時間が流れ、スッカリ外が暗くなった後、ようやく時計に目を伸ばしたエドが残っていた水を飲み干すとソファーから立ち上がった。

 「今からでござるな?」

 「お、おぅ」

 向かった場所は町外れにある空き家、この町には空き家が多い。

 少し前に町のすぐ傍にある洞窟に魔物が住み着いていたと聞いた事がある。空き家の主人達はその魔物達の餌食になったのだ。

 「恭治は2階にあるトイレで待機な」

 トイレで待機?

 「一体何を致せば良いんでござるか?」

 「今からここに肝試しに何組か来るから、脅かせば良いだけ」

 肝試し!?と言う事は、この空き家はその…そう言う噂があって、その…で、出る…とか?そうだ、空き家の主人達は魔物によって…い、いや!そのような非科学的なモノ、存在する筈がない。

 さっさと空き家に入って行くエドの後ろについて中に入り、2階のトイレ前までやってきた。

 「俺は3階にいるから、なんかあったら呼びに来て」

 なっ!

 「一緒に待機ではござらんのか!?」

 こんな電気も点かない真っ暗な中、たった1人でなにをすれば良いと言うんだ!肝試ししに来る人を脅かせば良いと言うが、こんな場所で待機しなきゃならない拙者の方が肝試しするよりも恐ろしい目に遭っているじゃないか!

 「もしかして、怖いとか?」

 少し歩き出していたエドが振り返り首を竦めた瞬間、右目がボロッと落ち、フワリと拙者の顔を覗き込んで来る。

 叫び出さなかった自分を褒めてやりたい。

 「こ、怖いなどと…そんな事は、ござらん。心配無用でござるよ」

 「フーン。あ、恭治の友には食堂の方に行って欲しいんだけど」

 な、なんと!?

 次の依頼を手伝いたいと申し出たのは拙者、ここで断っていては折角了承してくれたエドに失礼だ。ならば多少の恐怖など…なんとしてでも耐えてみせる!

 真っ暗なトイレの中、何所からか聞こえて来る時計の音しかしない静寂。大丈夫、なんて事はない、大丈夫。静かなだけで特になにもない、このまま肝試しに来る人を待てば良いんだ。そうだ、肝試しに誰かが来るんだから1人きりではない。食堂にはミタマがいるし、3階にはエド、それに空き家の何処かにはエドの友である2人もいる筈だ。

 なんだ、そう考えると少し安心した。

 ギィ~~~

 嫌な音が遠くから聞こえて来る、肝試し1組目が来たのだろう。

 「うわ~、チョー怖い~」

 「3階にある札を取りに行くよ」

 若者はかなり騒ぎながら歩いていて、その賑やかさで真っ暗な景色が少しだけ明るくなった気さえして来る。これなら大丈夫そうだ。

 そう安心したのも束の間、若者はミタマか、それともエドの友かに驚かされ、悲鳴を上げながら階段を駆け上がってきた。その悲鳴が近付いてくるとジワリと恐怖心に火がつき始めた。

 トイレの近くまで走る足音が迫り、拙者も脅かさねばと思い切ってトイレの戸を開けて廊下に出る。すると若者は恐怖に引き攣った表情で再び悲鳴をあげ、3階に続く階段の方に全力で走っていってしまった。

 1組目が終了し、トイレの中に戻ろうと戸に手を伸ばすが開けられない。もし、中になにかがいたら?いや、いる訳がない…大丈夫、なにもいない!

 「はぁ、はぁ…」

 戸を開けるだけで息が上がる。

 床、壁、天井とくまなく見渡して何もいない事を確認してからトイレの中に戻って戸を閉めると、さっきまでこの中にいたと言うのに酷く狭いような気がしてきた。こんな所にこんなシミはあったのだろうか?とやけに気になる。

 いや、これはただ暗闇に目が慣れて景色がよりハッキリと見えるようになっただけ、何も可笑しな事はない!

 カツン、カツン…

 やけに響く足音が聞こえて来たのは、3組目が終わって少し経ってからの事。4組目が来たにしてはドアを開けるあの嫌な音がしなかった。それに足音は下からではなく上から降りていているようで…1歩1歩確実に拙者に向かってやってきているようで。

 ギィ~~~

 ドアの開く音がした途端、足音が止まった。

 しかし、4組目が帰ると再び聞こえ始める足音。先程音が止んだ所からではなく、再び3階から聞こえて来る。

 手で口を押さえているにも拘らず、恐怖で早い呼吸音が狭いトイレ内に響いている。

 怖い、怖い…怖い。

 カツン、カツン………

 「ぇ…?」

 とっ、止まった?な、なんで!?どうしてトイレの前で音が止まった!?

 この薄い戸の向こうに3階から降りてきた何者かが立っている。思い切り戸を開け放って逃げてしまいたいのに、体が思うように動いてくれない。誰か、誰か助け…。

 ゆっくりと戸が開いていき、その隙間から現れたのは1つの眼球。

 「うわぁぁぁぁぁ!!」

 溜まらずに叫んでしまった拙者の肩を、トイレに入って来たモノが思い切り揺らし、少し視線を上げた視界に映ったのは心配そうに覗き込んで来るエドの顔だった。

 「終わったし帰ろうと思って…立てる?」

 飛び出ていた眼球を右目に戻したエドは、これから帰ると言ったにもかかわらず眼帯を付けてから拙者に向かって手を差し出した。

 腰が抜けているので立つのに時間はかかったが、トイレから出ると少し気が楽になり、空き家から出る頃には落ち着いた。

 「これからまたどこかに行くんでござるか?」

 「んーん。眠いし帰る」

 帰るだけ、それなら何故眼帯を付けたのだろう?眠る時には付けているのだろうか?いや、それよりも眠たいと言っているのだから早く帰ろう。

 今朝、寝ているエドを起こしてしまったのは拙者だ。

 屋敷に向かって歩き始め、明かりの消えた商店街を抜け、サクリアの店の前を通り過ぎる。ここまで来ればもう屋敷まではスグ。なのだが…ここまでの道中、一切の会話がない。

 エドの顔を見て叫び声を上げてしまったのだから、それで怒らせてしまったのかも知れないが…隣を歩くエドの様子は眠たそうにしているだけで怒っているようには見えない。

 何か会話をと思うが、話題が浮かばない。

 エドが何に興味を持っているのか、どんな物が好きで、なにが嫌いなのか。それが分からないんだからいくら話題を探したって出て来ないんだ。それでも、それでも何か喋りたい。

 可笑しな話だ…。

 「ゾンビンとエド、同一人物だというのに、拙者は何を悩んでいるんでござろうな」

 声に出てしまった。

 生前の姿になったからと言って別人になる訳ではないと言うのに、勝手に意識して話し辛くしていた自分の愚かさに笑いまで込み上げてくる。そんな拙者を不思議そうに見詰めてくるエドは立ち止まると右手を差し出し、

 「…俺、エドっての。よろしく」

 そう自己紹介しながら笑った。

 エドの笑顔、久しぶりに見た気がする。

 「拙者は恭治。よろしくお頼み申す」

 握手しながら笑い合っていると、不思議な事にエドをエドと呼ぶ事に対しての違和感が消えていた。もしかしたら、生前の名前で呼んでも良いと言う許可がなかったから呼びにくかったのかも知れない。

 笑顔のエドを前にして思う事、それは最近元気がなかったと言う事。

 エドは良く騒ぎ過ぎだとサクリアから怒られていたが、それは1人で騒いでいた訳ではなく、その傍にはガイコツンがいた。

 ガイコツン、早く帰って来て欲しい。沈んでいる皆の気分を早く晴らして欲しい。早く元気な姿を見せて欲しい。

 もう、そんな長くは待てないでござるからな?


挿絵(By みてみん)

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