噂
港町まで荷物を運ぶ、と言う仕事をしている男の用心棒として港町にまで来ると、そこでは各地から帰ってきた旅人や、今からどこぞへと向かう旅人が1つの酒場に集まって情報交換をしている。
王を守ると言う任がある以上、屋敷を何日も空ける訳にはいかない身だと言うのに、旅人の話を聞いていると行った気分になれるのだから不思議だ。
その情報交換中に行われるもう1つの話、それは何の根拠もない噂話だったりするのだが、情報交換をしている時よりも生き生きと喋る旅人を見ているとロマンを感じずにはいられない。
いつか、これらの噂話の真相を掴みたいと思う。別に旅に出なくとも、噂話を集めて真相に近付く事は出来る筈だ。
「知ってるか?砂漠のどこかにはオアシスと言う町があるらしいぞ」
来た。
我は都が砂漠にあった頃に生きていた。もしオアシスとやらがあるなら、そこには我の知りたい謎の手がかりが少しでも残っているかも知れない。
そう思うとすぐにでも砂漠に繰り出したい気持ちにさえなってくる程なのだ。
王の暗殺を企てたのが一体誰だったのか、王のミイラを破壊したのは誰だったのか…壁画や棺桶には太陽派の神官と書かれているが、そうじゃない。神官の誰だったのか、そこまで知りたいのだ。
オアシスに辿り着いたとしてもその答えを知る事は出来ないかも知れない。しかし、少しでも良いのだ、王の事が知りたい。
せめて、王の名前が知りたいと願ってしまう。
棺桶には確かに王の名前が書かれていた筈なのだが、何者かによって綺麗に削り取られている。それも神官の誰かの仕業なのだとすると、我はそいつが許せない。
月派であった事がそんなに悪い事なのか?死して尚侮辱される程の何を王がしたというのだ!
可笑しな話だ、我は王の事すら何も覚えていないと言うのに、こんなにも怒りが込み上げてくるのだから。もしかしたら神官に暗殺をされても仕方のないような暴君であったと言う可能性もあるというのにな。
体の回復が完全に成れば、少しでも記憶が戻るのかも知れないと期待していたが、今のところ思い出せた事など何もない。なら我は“蘇った奪う者”として新しい命を生きれば良いのか?
そう決断してしまうのはまだ早い。
オアシスを見付け、そこに王や神官についての手掛かりがあるのかどうかを知ってからでも遅くはない。
オアシスについて今までに分かっている事は、砂漠で迷っている内に行き倒れかけた旅人が気を失う直前に見たという不確かな情報だけ。しかし、その旅人が目を覚ますと砂漠の出口が見える場所に倒れていたと言う。
限界に達した視界で、出口の向こうに広がる草原が町に見えたのだろう。何人かはそう言って結論付けているが、我にはどうしても腑に落ちない事がある。
恭治だ。
あやつは我がまだ王と共にあの石で出来た建物の中にいた時、声をかけてきた。しかも歩いて行った方角が出口と言う事は、砂漠の奥地から歩いて来たと言う証拠。
もしかすると恭治の故郷がオアシスなのではないか・・・そう思えて仕方がないのだ。しかし本人に確認しようにも記憶はない。
恭治の友に話を聞いてみるか?
屋敷に戻り広間を見るが、そこには誰もいない。ならばとキッチンに向かうが、そこにも誰もない。
帰って来るのが早過ぎたせいか、恭治はまだ市場での食料調達から戻っていないようだ。あやつの買い物は異常に長いからな…このまま広間で待っていても夕刻には戻って来るのだろうが、探しに行った方がより早く答えが聞ける筈だ。
「あれ?また出かけるんだ?」
部屋に荷物を置き、広間に戻るとそこには空になったコップを手にしているエドがいた。屋敷の中には誰の気配もなかったと言うのにだ。コヤツ、また気配を消すのが上手くなっておるな。特に目立って修行をしているようには見受けられない事から無意識的に力が増しているとでも言うのだろうか?
しかし、エドは無茶な戦い方をしている場合が多い。ガイコツンがいた頃はそうでもなかったのだが、ここ最近は見ていると冷や冷やする。確かに我らは聖水を飲まない限りは昇天しない。だからと言って捨て身の攻撃をして良いと言う理由にはならないと言うのに、武器を持った敵に突進するのだ。
無手であるから敵との間合いが近くなるのは仕方ないとは思うが、それでも攻撃を受けても構わないというエドの気持ちが伝わってくる。
「恭治に用があってな。探しに行こうと思っておる」
これ以上直視出来ず視線を外そうとした所で、何故こんなにも戦っている最中の事を思い出してしまったのか、その理由がはっきりとした。エドは今、戦う時にしか付けない眼帯をしている。
「カレーにするって言ってたから、八百屋か肉屋にいると思う」
恭治の居場所について詳しい情報をくれたエドはキッチンに行き、空だったコップに水を注いで出て来た。そしてまだ広間に留まっている我を不思議そうに眺めている。
「何故眼帯をしておるのだ?」
王の事を知るのにオアシスを探したい。それで恭治の友から話を聞こうと思っていた。王に拘わる事なのだから本来はなによりも優先させるべきなのだろうが、今の我にはそれより、戦いもしないこんな日常で眼帯をしている異常さの方が気になってしまったのだ。
「あぁ~…不意に飛び出さないようにさ」
静かに眼帯に触れたエドは、困った表情を浮かべながらも器用な事にハハハと笑い声を発した。なにか聞かれたくない理由がありそうなのだが、果たしてそれを問い質して良いのだろうか?
「そうか、では行って来る」
やめておこう。
どうしたのかと尋ねて1度誤魔化されたのだ、我に相談しても仕方ないと判断されたのだろう。ならばここは何も気が付いていない振りをして立ち去るのがエドの為にもなる。
屋敷を出て市場に向かう途中、ディルクが正面から歩いて来るのが見えてきた。
「今日は早いのだな」
兵士である恋人に付き合い、連日見張りの塔付近にいるディルクは日没を告げる鐘の音が聞こえてから帰って来るのだが、今日はまだ日没までには時間がある。喧嘩でもしたのだろうか?
「あぁ…用があるから今日は帰れと言われた」
ふむ、見事な無表情であるな。無駄話をするようなタイプでもないし、我自身ディルクに宛てた気の聞いた言葉を持っている訳でもない。
「我は恭治を探しに行く。ではまた後でな」
こうして八百屋に来てみたが、そこに恭治の姿はない。八百屋の主人に聞くと、厳選に厳選を重ねた野菜を買って10分程前に帰っていたと言う。とするならば次は肉屋だ。
八百屋から肉屋に行く道中にサクリアの店の入り口が遠めに少し見える。だから無意識にこの道を通る時はそちらに注目してしまう。そして今もこうしてサクリアの店を見ているのだが、1人の女が店の前にいる。その人物は兵士のような鎧姿で、中にいるサクリアに向かってだろう、1度頭を下げてから中に入っていった。
あれは、どう見てもディルクの彼女だ。
用事があるから先に帰れと言った本人が何故ここに?サクリアに用事があったにしても、このようにコソコソと会う必要はないのではないか?
ま、まさか!2人はディルクを裏切る行為をしているなんて事…。
確かめなければならない。もし、本当にそのような事態になっていたのなら、2人を諭さねばならない。
「ぬ?カフラも買い物でござるか?」
サクリアの店に向かおうとした矢先、肉屋の方から恭治が来て声をかけてきた。しかし、それ所ではない。
「恭治か、後にしてくれ。我は今からサクリアに用がある」
今、まさに店の中でディルクの恋人と2人きり。なにかあってからでは遅いのだ!
「サクリア殿にでござるか?」
サクリアと、ディルクの恋人に…。
一体、我は何を?王に繋がるかも知れないからと恭治を探しに来た筈。その恭治がこうして目の前にいるというのに、他のなにを優先させようというのだ?いや、しかしあの2人を止めねばならないのも確か.
ディルク、王を優先させる我を許せ。
恭治と向かい合い、友を呼び出してくれるように頼むと快く了承してくれ、忍者のような風貌をした友が姿を現した。コヤツの名前は確かミタマだったか。
「1つ問う、恭治の出身地はオアシスと言う町か?」
本当にそのような名前の町かは分からないのだから、砂漠にある町と言い直した方が良いか…?
「俺と出会った頃から恭治は旅人だ。出身地なんて俺も知らない」
その必要はなかったようだ。
確かに恭治は旅人、しかし自分の町を出た時点で友がいないとはどういう事だ?それともミタマの前に友がいて、倒されたという事か…いや、本来聞きたい事とは違うのだ、これ以上踏み入るのは止めておこう。
「質問を変えよう。砂漠で我に声をかけて来たであろう?あの時はどこから来た?」
ミタマは、砂漠で我に声をかけてきた時の事を思い出すのに時間がかかったらしく、何回も首をひねり、ようやく答えた。
「港町だ」
なに?
「砂漠を越えた向こうにも港があると言うのか?」
旅人からそのような話を聞いた事がないし、酒場に置かれている地図にもそんな町は存在していない。もし、本当にそこから来たと言うのなら、大発見じゃないのか!?
「じゃなくて、港町から砂漠に入って、あまりにも道が過酷で引き返したんだ。で、その途中にあんたのいる建物を見付けただけ」
あぁ、そう言う事か。
引き返したというのに方向が微妙に違っているのは何故かと言う疑問はあるが、粗方遠くに建物が見え、そっちに向かって歩いたんだろう。それでも大きな謎は1つ残っている。
「しかし、あの時は樹海に行くつもりであったのではないのか?」
“黒き悪魔”を倒す為に。
「元々“黒き悪魔”を友にしようと言う計画があって、その覚悟を決める為と修行を兼ねての砂漠歩きだったんだ」
倒すのではなく、友にしようとしておったのか。あんな強大な相手を前に友…我等が6人がかりで封じた“黒き悪魔”を、たった1人で押えると言う勝算は何処にあったんだろうか?
「では最後に問う、オアシスと言う町についてなにか知らぬか?」
大きく首を横に振ったミタマ。頭巾から見える瞳は我をしっかりと捕らえており、オアシスについて何も知らないという答えが嘘や偽りではないと感じさせた。
「拙者が何も覚えておらぬ故…申し訳ござらん」
コヤツ、本気でそう思って…おるのだろうな。蘇った“奪う者”に記憶がない事は当然で、我にだって記憶がない。だからこそこうして恭治の友に話を聞いて少しでも王へ繋がる手がかりを…。
「恭治すまない。我が悪いのだ」
本当は、我の知りたい事の答えなどすぐにだって知れるのだ。それこそ王を暗殺した神官の名前だって知れる程の正確な情報源がある。しかし…そう簡単に答えを知る事が嫌だったのだ。
答えを求めて色んな話しを聞き、集めた情報で色んな推測をし、少しでも正解に近付いていく。その過程が楽しい。
宝探しと同じだ、地図を見付けた瞬間からロマンが始まり、推測して宝に近付いていく。中に何が入っていようとも、宝箱を見付けた瞬間と言うのが1番楽しいではないか。
そんな我の楽しみで恭治を落ち込ませただけでなく、王を宝扱いしておるのだから贅沢な遊びであるな。だが、まだリタイヤはしないぞ?ラミアとアクアに正解を聞くのはまだ当分先の話になるだろう。
あぁ、それ所ではない。早くサクリアの店に行かねばならない。
「サクリア!」
我の後を追いかけて来た恭治と共に店の中に勢い良く入ると、そこではサクリアとディルクの恋人がテーブルを囲み、何か相談事をしているようだった。その緊迫した雰囲気に完全な我の勘違いであった事を悟る。
「あぁ、カフラ、それに恭治も。良い所にきたね」
表情が和らいだサクリアは、我らも店の中に招くと外を確認してから鍵までかけてしまった。どうやら聞かれたくない相談事のようだが、誰に対してだ?
「サクリア殿、拙者夕飯の支度がある故…」
「少し協力して欲しい事があってね」
協力して欲しいと言うサクリアの顔は、かなり胡散臭い満面の笑顔だ。一体何をしようというのかは分からないが、それでもディルクを裏切る行為じゃなかったのだから良い。協力しろという事なら我の力、存分に…
「ディルクにサプライズを仕掛けるんだよ」
ぬ…。
なにかしらの企みはあるのだな…。




