花
草原一面に花が咲いている。
名前も知らないその小さな花を眺めながら、エルナが好きそうだと思う。
顔を上げると1つの塔が向こうの方に見えていて、その門番としてエルナは常駐している筈だ。
太陽のように明るい笑顔が俺は好き…だと思う。
屋敷の連中は俺達が付き合っているとか浮いた事を言っているが、城に仕える兵士であるエルナと、蘇りである俺が…ありえないだろ。
だからこそ、聖水を飲まない限りは死なないこんな体だからこそ、なにも考えずに突っ走る事が出来る。
「お?遅っそいぞ~。遅刻の罰として100回のスクワットだからね!」
花を摘んで行こうかと立ち止まって考えていた時間が長過ぎたらしく、塔に着くなり怒られる。兵士でもない俺が何故兵士風の罰則を与えられるのかが不思議で仕方ないのだが、そう言われると無意識にスクワットを始めている自分の体も不思議だ。そしてそんな俺の横には一緒になってスクワットをしているエルナがいる。
「何でお前までしてんだよ」
「こー言うのは連帯責任なの!けど、ディルクが遅刻なんて珍しい事もあったもんね。どうしたの?お腹でも痛い?」
遅刻の理由が腹痛で許されるのか?許されないからこうしてスクワットをしている訳だが、やっぱり納得出来ずにスクワットを止める。
「腹は痛くないが…兵士でもない俺が遅刻して、何でお前に責任がかかんだよ」
遅刻をした罰則としてスクワットを求められているんだから、それは甘んじて受けるが、そんな俺に付き合い、罰を与えた本人であるエルナまでがスクワットをしているのは可笑しい。
「んー、あれよあれ、OBって奴よ」
スクワットを続けながら人差し指を立てて得意げに言うエルナ。
「OBって、意味分かって言ってんのか?」
倒されて蘇った俺はOBに当たるのか?そもそも引退した兵士にまでOBだからと言って罰が与えられるのかどうか。いや、深くは考えずにいよう。エルナはきっと思い付きで言っただけで深い意味なんかないんだろうから。
「へ?OBでしょ?OとBで…お弁当?」
は?
意味とか云々以前の問題か?!
「なんで俺がお弁当扱いだ」
お弁当になんの連帯責任があると思ってんだろうか?
OBの意味が分からないんなら素直に分からないと言えば良いだけだろ。それならそれで分からないのに使うな、とは思うんだろうが。
「じゃーディルクは知ってるの?言ってみなさいよ!ホレホレ」
スクワットを止めたエルナは、そう言いながら挑発するように俺の頬を人差し指で突いた。
なんだよその如何にも知らないくせに、と言いたげな態度は。
「OLD BOY。それの頭文字とってOB。分かったか?」
突いてくる手を取って説明すると、途端に動きを止めたエルナは申し訳なさそうな顔で、
「ディルクがオッサンって事?」
と呟いた。
オッサンが遅刻すると連帯責任で罰則が与えられるのか?いや、それでもお弁当よりは進歩したから良い…って訳でもないが…。
「…そもそも先にOB言い出したのはエルナだろ」
「そうでした。で、何してて遅くなったの?」
スクワットに戻ったエルナは、OBの話題を勝手に終わらせたようだ。こんな中途半端に終わらせて大丈夫か?忘れた頃にもう1度OBの意味について尋ねたら、きっとまたお弁当とか言うに違いない。それかオッサンボーイだな。
けど、まぁOBの使い方に間違いがあった訳ではないんだから大まかな意味は知っているんだろう。
じゃない、遅刻した理由を聞かれてるんだった。
「花が咲いてたから、持って来ようと思ったんだ」
屋敷を出た時間はいつも通りだったんだから、かなりの時間花を摘むか摘まないか考えながら過ごした筈だ。
「ほぉ、そんなゴツイ図体して花ですか」
図体は関係ないだろ。それに、俺は自分の為に摘もうとしてたんじゃない。
「お前が好きそうだと思って」
花を持って行けば笑顔が見られるんじゃないかって考えたんだ。
どうやって渡そうか。
なんて言いながら渡せば良いのか。
色々考えて結論に達したんだ。
「そ、そうなの?で…手ぶらのようですが?」
目の前にいるエルナは、興味深そうな顔で色んな角度から見て来るが、俺は花を摘んでは来なかった。
あげたくなくなったとか、そう言う事じゃないんだが急に摘む気がなくなったと言うか、摘む必要がない事に気付いたと言うか。
「摘もうとしたんだが、ここにも咲いてるし…」
花は、草原の一面に咲いていた。
風に揺れる花は塔の方まで咲いていて、それで思った、塔の周りにも咲いてるんだろうと。
長い間立ち止まって考えていた結果がコレなんだから、俺もエルナの事が言えない程度にはバカなのだろう。
「それで考え込んでる間に遅刻したと?」
「…悪いかよ」
大笑いを始めるエルナの隣、思いっきり馬鹿にされていると思いながらも俺は少しばかりの幸福感に浸っていた。
太陽のようなこの笑顔を守る為ならなんだって出来る。
蘇りになり、記憶をなくし、それでも僅かながらに覚えていたエルナと言う名前。生前に大事に思っていた証拠だ。
俺はもう全うな人ではない。聖水を飲めば昇天するという曖昧な存在、天使風に言う所の不浄な魂になった。これは蘇った俺の唯一の強み、聖水を飲まない限りは死なないと言う事。なにも恐れず、後先も考えず、ただエルナを守る為だけに動ける体になった、そう考えると蘇った事に感謝したい。
「でもさ、アタシこの花好きだよ?覚えててくれたのかな?」
覚えていたのか?と俺に問いかけているクセ、こっちを見ようとしない横顔からは笑顔は消えていて、その視線の先で花が揺れていた。
「覚えてはないが…」
好きそうだと思ったんだ。
喜んでもらえるんじゃないかって、そう思ったんだ。
何故そう思ったのかは分からないが、なんとなくそう感じたと言うんだから覚えていたと言う事になるんだろうか?
いや、下手に期待させるような事は言いたくない。
続けるべき言葉が見付からずに黙っているとエルナがしゃがみ込み、花を摘み始めた。1本や2本じゃなく、手の届く範囲の花を根こそぎ。
花束でも作る気か?
そう声に出そうとした瞬間、顔を上げたエルナが、
「てんぷらにして、塩で食べるのが良いのよね」
と。
「そっち?!」
好きそうだとは思ったが、好物と言う意味かよ!しかも食ってる場面が普通に想像出来た。揚げ物だってのに素手で食ってる姿が…。あぁ、しかもその油まみれになった手をテーブルナプキンじゃなく、テーブルクロスで拭くんだよな?




