ただ、自身の美しさのために。
「こんばんは、アルベルト」
私が近づくと、ワイングラスを手に彼と話し込んでいたソフィアとリゼットは、こもらせたような声で挨拶をしながら、引っ込んだ。
「こんばんは、フランシエス」
わざとらしいくらい女性的な、ソフィアとベルガモットの香りが散った頃。
間をおいて、アルベルトも挨拶を口にしたけれど、彼の微笑みの表情は、まるで先ほど私が浮かべたようなソレだった。
「あら、どうしたのかしら? こんないい夜ですのに」
「――フランシエス嬢。君には、もう少し慎みというものを覚えてもらいたい」
「まあ。わたくしが何かいたしましたか、アルベルト殿下?」
「とぼけないでくれ。先ほど君は、クラシス嬢に対して、きっと、随分と苛めるようなを言っていただろう」
「わたくしが、虐めるようなことを? それは、事実でございますわね」
「認めるんだな……!」
アルベルトは頬に一滴の汗を浮かばせ、ぎゅっと目を瞑った顔で言った。
「ええ。わたくしと、お話ししたそうにしていたので、少し」
「フランシエス!」
「まあ、怖いお顔」
「彼女は僕の大切な友人だ、頼むよ、フランシエス」
「まあまあ。そうですね、気に留めておきましょう。私にもグラスをよろしくて?」
「まったくもう……」
仕方ないという顔で、それ以上は言わずに手ずから、グラスを用意してくれた。
近衛騎士のエドガーは……今は、少し離れた場所で談笑している。
「乾杯。――あら、ヴィオニエ。それに、そちらはマスカットワイン? 白バラ由来で貴方様の誕生祭で振るまわれた、ゲヴュルツトラミネールが出てくるかと思いましたのに、また、不思議な香りのワインを好まれるのね」
「これらはクラシスが用意してくれた、ちょっとした趣向でね。まあ、ちょっとね」
「そうでしたか。――殿下と、彼女との関係は、少し不思議ですわね」
「不思議?」
「例えば今ほどのような些事で、殿下が、腹の底から声を荒らげられるほど、あの方を大切にしていらっしゃるとは思いません。しかし、いつか起こり得るやも分からない彼女の危機のためなら、あなたは、身の危険を冒してしまいそうな危うささえある」
「それは……幼馴染だからね。兄弟がそうであるように、姉妹がそのように付き合ってゆくように。きっと、そういうものなんだよ」
「そういうもの。羨ましいのか、そうでもないのか。フフ、そういう態度がきっと、やきもきさせるのでしょうねぇ」
「……?」
「結構、結構。それでは、私とあなたの関係とは、如何様なものなのでございましょうね?」
「それは、『美しいほど棘の鋭利な華』と、『それに触れるに慎重を期する男の子』だ。『頼む、淑女たる慎みをほんの僅か、花弁の見目と同じようにその棘が内に秘めていることを、期待する僕がどうか馬鹿でないでくれ』ってね、まるきり手放しで祈るように、考えることがある。そういうとき、なんだか自分が無力な幼子に思えて仕方がない時があるんだよ、僕は」
フフ、どうしてか不快に感じないアルベルトの言葉。
その棘が内包していることを、期待する僕がどうか馬鹿でないでくれ、ね。――アルベルトは、『悪』の本質を、よくよく分かっているわ。
「――悪とは、全てを否定すること。また、全てを肯定すること。ただ、自身の美しさのために」
「僕は、まさに今、幼子のような無力を感じているよ」
でも、肩を竦めるアルベルトの表情に緊迫は無くて、そこに彼の格の高さを見つけて、私はワインに口づけしながら微笑んだ。




