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第四話 揺らぐ序列

挿絵(By みてみん)

その朝、空気が違っていた。




 いつものように女たちは支度をしていた。


 水の音、衣擦れの音、低い囁き。




 だが、そのどれにも“緊張”が混ざっている。




 お雪は、それを肌で感じていた。




 ——何かがある。




 理由は分からない。


 けれど、昨日までの静けさとは違う。




「全員、並びなさい」




 廊下に響いた声は、いつもより重かった。




 現れたのは、昨日の“上の女”だった。




 お雪の頬を打った、あの女。




 その姿を見た瞬間、空気がさらに凍る。




 誰も視線を上げない。


 呼吸さえ小さくなる。




「今日は“選び直し”を行う」




 女の言葉に、ざわりと空気が揺れた。




 選び直し。




 その意味を理解した者から、顔が青ざめていく。




「序列は固定ではない」




 女はゆっくりと歩きながら続ける。




「立ち位置は、日々変わる。生き残る者も、変わる」




 お雪は、その言葉の裏にあるものを感じていた。




 ——昨日の“消えた”お鈴と関係がある。




 そう確信に近いものが胸に刺さる。




 列が作られ、女たちは一列に並ばされていく。




 その途中、お雪の袖がかすかに引かれた。




 振り向くと、お咲がいた。




 表情はいつも通り柔らかい。


 だが、目だけが違った。




「動かないで」




 小さく、しかしはっきりとした声。




「今日は、見られている」




「……見られている?」




 お雪が問い返す前に、お咲は視線を前へ戻した。




 まるで、それ以上は言うなと言うように。




 列の先では、女たちが一人ずつ呼ばれていた。




 名前を呼ばれた者は、奥の間へ入る。




 そして——戻らない。




 その事実に気づいた瞬間、お雪の喉が乾いた。




 戻ってくる者がいない。




 ただの“選別”ではない。




 削られている。




 列が進むにつれ、足元が遠く感じる。




 自分の番が近づくほど、時間が遅くなる。




「次」




 呼ばれた女が、震えながら歩いていく。




 扉が閉じる。




 音は、やけに軽かった。




 そして——開かない。




 しばらくしても、出てこない。




 静寂だけが残る。




 やがて次の名前が呼ばれる。




 機械のように。




 お雪は気づいた。




 これは“選別”ではない。




 見せしめだ。




 そのとき、背後から微かな声がした。




「お鈴はね」




 お咲だった。




 視線は前のまま。




「昨日の選別で消えたの」




「……昨日?」




 お雪の心臓が跳ねる。




「でも、昨日はそんな——」




「“なかったこと”にされるのよ」




 お咲の声は静かだった。




「ここでは、記録も記憶も、上書きされる」




 その言葉が、やけに現実味を持って落ちてくる。




 列は止まらない。




 呼ばれるたびに、人が消える。




 やがて、お雪の前の女が呼ばれた。




 あと一人。




 順番が、近づく。




 お咲が小さく囁く。




「いい?」




 お雪は、無意識に頷いていた。




「何を聞かれても、“知らない”と言いなさい」




「……知らない?」




「それが、生きる答え」




 扉が開く音がした。




「次」




 名前が呼ばれる。




 お雪の足が、勝手に動きそうになる。




 だが、その瞬間。




 遠くで、笑い声がした。




 あの“上の女”の声だ。




 楽しそうに、誰かと話している。




 まるで、何も起きていないかのように。




 お雪は理解した。




 ここは、恐怖の場所ではない。




 “正常に見える狂気”の場所だ。




 自分の番が来る。




 扉の前に立つ。




 中は見えない。




 ただ黒い空間だけがある。




 後ろから、お咲の声が最後に落ちた。




「忘れないで」




「ここでは——選ばれることが、生きることじゃない」




 お雪は、息を止めた。




 そして一歩、踏み出した。




 扉が、静かに閉まる。

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