第34話 救済の歌声は届く
リュウグウ国南沖トリウミ島近郊、巨大空母艦オリジンビリーブが静かに射程圏内へと進む。
モニターの奥、トリウミ島の海岸にグラナートはいた。四機のアポストロスを引き連れて。
索敵の結果、リーダー機はいないが強化個体であるのは把握している。
オペレーターの話を耳にしながら、アルフィルクはザフィーアを飛行甲板に立たせた。
旗が振られて、ザフィーアは姿勢を低し――飛び立つ。白翼のマントを靡かせながら。
続くように第一戦隊、第二部隊とエクエス機が発艦した。風を切りながらザフィーアは加速する。
グラナートが剣を振い、昆虫の見た目をしたアポストロスたちが向かってくる。
『第一戦隊及び第二戦隊は飛行型アポストルスを、第三部隊は水陸両用型へ』
『こちら第一戦隊Aチーム、射程圏内へ突入』
オペレーターの指示にエクエス機部隊がアポストルスを戦闘を開始した。
彼らの戦域を貫き、ザフィーアは隼の爪を彷彿とさせる槍を振りかぶる。
金属がかち合う音が響く。剣と槍が交わって――
『オリジンビリーブ調律を開始。フォルティアの調律値82.7%まで上昇、オリジンビリーブ起動率80.3%から安定。エネルギー値57.4%、救済の祈り唄起動まで四分三十二秒』
巨大空母艦オリジンビリーブの周囲を淡い光が纏う。エネルギーが溜められていくのを横目に、アルフィルクは操縦桿を切った。
カウントダウンが通信機から伝えられる。アルフィルクはグラナートの動きから目を離さない。
グラナートの周囲を回る狼の頭をした武器、ウルフヘッドが口を開ける。レーザーが放たれるのをザフィーアは避けて、距離を詰めた。
振るわれる槍は盾によって弾き返され、斬りつけられた剣は白翼のマントに守られる。
『グラナート!』
防戦しながらザフィーアが名を叫ぶ。通信機からもユーストゥスとシリウスを呼ぶ声がした。
グラナートの動きが鈍っていくのを感じる。まだ、彼らは抗っている、洗脳から。助けを求めている、アルフィルクは操縦桿を握る手に力を込めた。
剣と槍が交わって奏でられる鋼鉄の音色が周囲を支配する。一歩も引ない戦いに邪魔をする者はいない。
『オリジンビリーブ調律安定、エネルギー値68.6%まで充填。救済の祈り唄起動まで三分二十八秒……』
『援護機より伝達、第一から第三戦隊戦闘距離からアポストルス二機離脱、オリジンビリーブへ攻撃対象を変更、第四、第五戦隊戦闘態勢へ!』
巨大空母艦オリジンビリーブが纏う淡い光が強まっていく。 アポストルスが異変に気付き、オリジンビリーブへと目標を変えた。
通信機から伝えられる情報にアルフィルクは焦りそうになる気持ちをぐっと堪える。エクエス部隊を信じて、自分の役割を果たすために。
ウルフヘッドから撃たれるレーザーを掻い潜り、ザフィーアは駆ける。注意を引きながら仕掛ける攻撃にグラナートが押されていく。
『ウォオオオッ!』
咆哮するグラナートの動きが変わる。無理矢理に身体を動かしているようで、ぎちぎちと軋む音を鳴らしていた。
声は届いている。ザフィーアの、通信機からの呼ぶ声が、彼らに。
剣を振るう姿に鋭さはなく、ただ暴れている。それでも、ザフィーアはグラナートに声をかけ続けた。
『、たす、け……』
微かに聞こえた言葉は苦しげで。アルフィルクはフィーニスコアへの怒りが湧く。
なんと、惨いのかと。なんと、狡いのかと。散っていった彼らを想い、苦しむ彼らに手を伸ばす。
「今、助けるから待ってろ!」
操縦桿が切り返されて、ザフィーアは向かい来るウルフヘッドを槍で弾き地面に叩きつける。
打ち鳴らす刃に火花が散った。お互いが押し返そうとする力にぎちぎちと手が震える。
「第一戦隊、第二戦隊がアポストルス二機、一機撃墜、一機重傷へ。第三戦隊は拮抗中の第四、第五戦隊の援護へ」
ポラリスが戦況を伝える。現状で言えば、こちらが優勢とまではいかずとも、勝機は傾いてくれていた。
視界モニターの端にカウントダウンが表示されている。オリジンビリーブの歌声が起動するまで、二分二十秒。
(一分からが本番だ)
残り一分を切った時、グラナートを拘束できるまでに追い詰めなくてはいけない。
あるいは隙を作らねばならず、一秒でも無駄にすれば作戦の成功率は下がる。
下がるだけならばいい、失敗したらと考えてアルフィルクはぶんっと頭を振った。
「一分切ったら拘束するために動く。その時は起動率を上げてくれ」
「任せて」
起動率が上がればそれだけ素早く動ける。けれど、負荷もかかる行為だ。
扱いを間違えれば、ザフィーアが不利になる。それはポラリスも分かっているが、彼女は返事を返した。
ポラリスを、戦士たちを、オリジンビリーブたちを信じる。アルフィルクはグラナートを見つめた。
震える彼らを想って、心に火を灯す。
ピッピッとカウントダウンの音が鳴る、心臓の鼓動みたいに。
ザフィーアの神経となったアルフィルクは彼の動きを通じて、グラナートを感じ取る。
(三……二……)
一分を切って――
ザフィーアは槍を捨て、地面を大きく蹴った。駆ける隼のように低空を飛び、グラナートの懐へと入る。
グラナートが盾を構える間もなく、腕を掴み上げて地面へと投げ伏せた。
起き上がろうとするグラナートの肩を押さえつける。力の押し合いに操縦桿が重い。
グラナートの足蹴りが腹部に入るも、ザフィーアは押さえつけるのを止めない。
五、四、三――アルフィルクはパネルに指を走らせる。
ザフィーアが拘束具を放って足技を封じ、背後から強い光が発せられた。
『オリジンビリーブ調律完了、救済の祈り唄を起動!』
オペレーターの言葉と共に歌声が響く。
例えるならば、子守唄だった。優しく全てを包み込んでくれる歌声が周囲を満たす。
逃れようとするグラナートを力一杯に地面に押し付ける。殴られて肩の装甲が破損しようとも、ザフィーアは手に力を籠めた。
アポストルスたちの悲鳴が遠くからする。彼らにとって、オリジンビリーブの歌声は攻撃となっていた。
透き通った音色に暴れていたグラナートから力がなくなっていく。呻るとは違う、息を吐き出すような声が聞こえる。
それは苦しみから解放されていくようで。グラナートの腕が地面に落ちた。
グラナートの機能が停止し、歌声がやむ。
『救済の祈り唄の正常起動を確認。アポストルス撤退、グラナート全機能停止、成功です!』
『すぐにグラナートを搬送しろ! 救護班はゲートで待機、急げ!』
通信機から聞こえる成功に、飛ぶ指示。アルフィルクは握りしめていた操縦桿から手を離して深く背もたれに寄りかかった。
『成功したのか』
「無事にな」
『グラナートたちは助かったのだな』
「あぁ、安心しろ」
アルフィルクの返事にザフィーアはそうかと呟いてからグラナートの顔を撫でる。
『もう大丈夫だ、グラナート』
優しくかけれた言葉にザフィーアの想いが詰まっていた。




