第27話 友への謝罪
スーザリオというその身をもって覚悟を教えてくれた戦士の死だけでなく、アルフィルクは多くの仲間を見送った。
この星を守るために命の灯を最後まで燃やした彼らを。
アルフィルクは前へ進むことを決めた。だから、いつまでも黙っているわけにはいかなくて、深夜の格納庫へと向かう。
ザフィーアの足元までやってきたアルフィルクは彼を見上げた。
非常灯に照らされるザフィーアの目に当たる部分に光はなく、眠っているようだ。暫く見つめてからべしっと足先を叩く。
『なんだ、アルフィルク。今、何時だと思っている』
ゆっくりと目に光が灯ってザフィーアが起動する。アルフィルクは彼の質問に答えることなく、足先の上に乗り上げた。
そのまま座れば、ザフィーアが困惑したように首を傾けているのが見える。
暫しの間だ。なんとも微妙な空気が流れる中、アルフィルクが口を開く。
「ポラリスに謝ったのか、お前は」
『……いいや』
何を問うているのか、ザフィーアは察して答えた。あれから彼女ともまともに会話はしていないと。
自分の行動で繋がっていたポラリスを苦しめてしまったのを自覚してか、どう話しかけてよいのか分からなくなっていたらしい。
ただ、「私は悪い事をしたのだろう」と、傷つけてしまったことを反省しているふうに呟いていた。
『私の調律者であるポラリスを傷つけてしまった。彼女に苦しい思いをさせてしまったのだ、自分は。どう声をかければいい……』
こういう時、どうすればいいのか。機械生命体としてまだ人間の感情を理解できていない部分が邪魔をしているようだ。
ザフィーアは適切な対応を見つけられていなかった。
『私はアルフィルクにも酷い言葉を使った。だから、話をしてくれなかったのではないか?』
「別にもう怒ってねぇんだよ。ただ、話しかけづらかっただけだ」
お前がポラリスを傷つけてしまったことを反省しているのならば、怒ることも言うこともない。アルフィルクの言葉にザフィーアは『何故だ?』と問いかける。
『アルフィルクは傷を負っていないだろう? いや、私の言葉で心は傷ついたかもしれないが』
「仲間が傷つく姿を見たいとお前は思うのか?」
アルフィルクの問いにザフィーアはなるほどと納得する。彼も仲間が傷つく姿というのは見たくないようだ。彼は何が正しい行動なのかをアルフィルクに問う。
簡単なことだ。「謝ればいいだけだろうが」とアルフィルクはなんでもないように答えた。反省し、心からの謝罪をすればいいだけだと。
『謝るだけではよくないのではないか。スーザリオが言っていた、女性はただ謝るだけでは許してはくれないと。ポラリスもきっと許してくれないはずだ』
「あのおっさん、変なこと植えつけやがって……。それは人によるってだけだ。ポラリスなら許してくれるだろうよ」
ポラリスは日向のような暖かな優しさを持っている。そっと傍にいて、支えてくれる彼女ならば、反省した謝罪を受け止めてくれるのではないか。
確証らしいものはないけれど、アルフィルクには自信があった。
本当にそうだろうかと、不安げに見つめてくるザフィーアにアルフィルクは「謝ってから考えろ」とアドバイスする。
謝ってみないことには相手の心境など分かったものではない。そうアルフィルクに言われては、ザフィーアも「それはそうだな」と頷いた。
『アルフィルクは許してくれるのか。酷い言葉を口にした私を』
「ちゃんと謝ればな」
ザフィーアの気持ちが分からないわけではなかった。大切な、たった一機の兄弟が捕獲できるかもしれないとなれば、無理をしてでも行動してしまう。
アルフィルクにはもう家族がいないけれど、その気持ちは伝わった。ザフィーアの行動を責めるつもりはないが、ポラリスのことは考えるべきだというだけだ。
ちゃんと謝れよとアルフィルクが言えば、ザフィーアは不安げにしながらも「分かった」と返事をする。
これは自分から切り出せないのではないな。アルフィルクは世話が焼けると頭を掻く。
「二人は何をしているの?」
ぽつりと一筋の光が見える。それは懐中電灯の明かりで。
「ポラリス」
懐中電灯を持ってやってきたのはポラリスだった。彼女はアルフィルクがザフィーアの足先を椅子代わりに座っていることに少しばかり驚いているようだ。
何をしているのと首を傾げながら近寄ってくる。非常灯のほんのりとした明るさにポラリスは懐中電灯の電源を落とした。
「お前、どうして来たんだよ」
「アルフィルクが部屋にいなかったから、此処かなって」
「俺に用事でもあったのか?」
フォルティアやクリフトンはポラリスを伝言役にすることがあった。
また何か頼まれたのかと嫌そうにアルフィルクが顰めれば、ポラリスは違うと首を左右に振る。
「ワタシがアルフィルクに用があったの」
「お前が? なんだよ」
「眠れないの」
「は?」
アルフィルクは聞き間違えかと問い返せば、「眠れないの」とポラリスはもう一度、同じ言葉で答えた。
何故だか眠れなくて、アルフィルクが言っていた気分転換をしようと思い至ったらしい。けれど、何が気分転換になるのかは考えつかなかった。
「だから、アルフィルクに聞こうと思ったの」
「それで起こされる俺の身にもなれ」
「アルフィルクは起きてるよ?」
「今はな。で、寝れない理由に心当たりはあるのか?」
話を戻すようにアルフィルクが聞くとポラリスはうーんと眉を寄せながら考える。
心当たりがないのか、ただ気づいていないだけなのか。アルフィルクには分からないが、眠れないのは本当のようだ。
すっかりと冴えてしまっていますといったふうにこちらを見てくる。なかなか寝付けないという日はよくあることだ。
だから、アルフィルクは特に気にするでもなく、「なんでもいいんだよ」と答えた。
「気分転換なんて、本を読むでも、音楽を聴くでも。誰かと雑談しようと、自分が気分転換になったなって思えば」
「お話するのことも気分転換になるの?」
「人による。だらだらくだらない話をするのが楽しいって人間はいるさ」
「じゃあ、ワタシは二人とお話して気分転換する」
そう言ってポラリスは傍に置いてあった台座を使ってザフィーアの足先に乗り上げた。
アルフィルクの隣に座って、サファイアの煌めく瞳をさらに輝かせながら「どんな話をするの?」とわくわくした様子を見せる。
こいつもこんな顔をするんだな。アルフィルクはそんなことを思ってしまう。あまり表情を見せないせいか、些細な変化が珍しく映った。
「二人は何を話していたの?」
「ザフィーアとか? あー、そうだった」
ザフィーアと話していた話題を思い出してアルフィルクが顔を見上げれば、彼の眼光がぱちぱちと点滅していた。
不思議な行動だなと暫し眺めていたアルフィルクだが、ザフィーアが困っていると察する。
謝ろうと彼なりに行動しようとしているが、言葉が出てこないのだ。どうやって声をかけて、話題に出せばよいのかと。
本当に世話が焼ける。アルフィルクは小さく息を吐いてからザフィーアを指さした。
「こいつにさっさと謝れよって注意してただけだ」
「謝る?」
「お前に無茶させたことがあっただろうが」
無茶とはとポラリスは頬に指をあてながら考える素振りをみせる。
なんとなく分かっていたことだが、ポラリスはあの時の事を全くと言っていいほどに気にしていない。
なので、あの時のことをアルフィルクが言えば、あぁと思い出したようにポラリスは手を打った。
「ワタシ、気にしてないの」
『何故だ。私がしたことはポラリスの身体を傷つける行為であったのだぞ』
ポラリスの言葉にザフィーアが慌てて口を開く。理解できないといったふうな様子に彼女は「だって」と言葉を続けた。
「ザフィーアはグラナートを助けたかった。大切な弟を助けたいって思うのは同然じゃないの?」
ただ一機の弟であるグラナートを助けたい、それは人間であっても抱く感情だ。
大切な人を守りたい、助けたい。そう思うことに罪はないのだから、怒る必要はないでしょう。ポラリスは当然のことをザフィーアはやったのだと話す。
けれど、ザフィーアは納得いっていないようで、『身体に傷が残ったらどうするのだ』とまた問う。
ポラリスは数度、瞬きをしてから「ワタシは大丈夫よ?」と不思議そうに答えた。
「傷は残っても大切な存在を守れたらいいの」
ワタシにとってザフィーアは大切な友だから、かけがえのない。ポラリスは「だから、怒ってないのよ」と柔らかく目を細めた。
彼女が嘘をついていないのはアルフィルクにも伝わってくる。ポラリスは本心からザフィーアの行いを許しているのだ。
『すまなかった、ポラリス。私の友よ』
ザフィーアの心からの謝罪にポラリスは「いいのよ」と返す。
彼の晴れなかった心に日が射したようで。アルフィルクはやもやとした気持ちが消えた。
「ワタシが眠たくなるまで一緒にお話をしてほしいの」
『私は構わない。友の願いを聞こう』
「アルフィルクは?」
じっと見つめてくるポラリスにアルフィルクは「どうせ、付き合わされるんだろうが」と返せば、彼女は少しばかり嬉しそうに頬を綻ばせる。
最近、表情が出るようになっているな。アルフィルクはポラリスの心境の変化に気づいたけれど、言う事でもないだろうと口に出すことはしなかった。




