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星神機ミソロジア―孤独を抱く瞳に白翼の道標を―  作者: 巴 雪夜
第四章:勇気とは、何か

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第25話 勇気とは


 召集のサイレンが鳴る。「敵機を確認、至急出撃せよ」と艦内に響く放送を耳にしながら、アルフィルクはパイロットスーツに着替えて、ザフィーアの傍に設置されているリフトへと足をかける。



「王子」



 声をかけられて振り返れば、スーザリオがよっと手を挙げてから何かを投げくる。


 なんだと思わず受け取れば、それは小さなサファイアが付いた星のデザインがされたペンダントだった。


 これはとアルフィルクが不思議そうにスーザリオを見遣れば、彼は「お守りだよ」と笑みを浮かべる。



「何か祈るものがあれば、恐怖心も少しは紛れるだろう?」


「なんだよ、それ」


「お前は一人ではないってことだ」



 ぱちりとウィンクをしてみせてスーザリオは走って行ってしまう。


 なんだ、あのおっさんはとアルフィルクは思ったけれど、彼なりの優しさと心配している気持ちであるのだと察することができる。


 少しの間、星のペンダントを眺めてからアルフィルクはそれを首につけて、リフトの上昇ボタンを押した。


 ポラリスはすでに搭乗しているようでザフィーアと繋がっている時の音が僅かに聞こえる。


 アルフィルクが開いている胸のハッチに滑り込むように乗り込めば、彼女のサファイアのような宝石のきらめきが持ち上げられた瞼の下から零れた。



「ザフィーアの調律完了。出撃、いつでもできるわ」



 視界モニターへと目を向けてアルフィルクは大きく深呼吸をする。



「ミソロジアーーザフィーア、出撃する」


『システムオールグリーン。リフト上昇、甲板へ!』



 ザフィーアは飛行甲板に立ち、白翼のマントを大きく広げた。白き隼が今、飛び立つ。デッキクルーが旗を振る中を駆け飛んで、空へと舞い上がった。


 リュウグウ国南東州オキナミ島海域上空をザフィーアは飛行する。


 視界に映るのは今まさにリュウグウ国を襲撃するために侵攻しようとするアポストルスとグラナートの姿があった。


 小さな島であるオキナミ島には少ないながらに住民がいる。彼らの避難は進んでいるが、全員が安全に戦闘領域から脱したという報告はまだない。


 アルフィルクは守らなければいけないという使命感に胸が苦しくなった。


 不安が押し寄せてくるのを歯を食いしばって堪えながら、ザフィーアを島の海岸に着地させる。


 港からそれほど離れていない位置ではあるが、船が停泊できるのは此処しかない。この場所をザフィーアは守り、アポストルスを倒し、グラナートを撤退させなければならなかった。


 オリジンの救援艦が視界に入る。複数のエクエス機が守るように配置についていた。ザフィーアの背後には第一戦隊が、いつでも戦闘に入れるように武器を構えて立っている。


 第二・第三戦隊への指示が通信機から聞こえてくる、アポストルスを引き付けろと。


 戦闘領域へと入る瞬間、アルフィルクは操縦桿を勢いよく傾けた。大きく白翼を羽ばたかせ、ザフィーアが飛ぶ。


 隼の爪を彷彿させる槍を振い、刃が打ち鳴る音が響き渡った。


 開戦の合図に第二・第三戦隊がグラナートについていた二機の蠅型アポストルスをおびき寄せ、第一戦隊はザフィーアを支援する。


 援護射撃が舞う空でザフィーアはグラナートへと槍を向けていた。


 

『グラナートっ!』

 


 ザフィーアが弟の名を呼ぶ。けれど、グラナートが反応することはない。


 意識はフィーニスコアによって遮断されているとしても、声は届いていると信じて、ザフィーアは呼びかけ続けた。


 ぶつかり合い、剣は槍に弾かれ、激しい音を鳴らす。アルフィルクは操縦桿を握って、小型パネルに指を滑らせる。落ち着けと自分に言い聞かせながら。



『ユーストゥス、シリウス! 声を聞いて!』



 フォルティアの声が通信機から聞こえ、ユーストゥスとシリウスの苦しげな嗚咽が耳に入る。


 彼らは苦しんでいる、それがひしひしと伝わってきて、アルフィルクは胸が締め付けられた。


 彼らだけではない、島の住人も守らねばならない。守らなければ、強迫観念のようなものがアルフィルクの心を蝕む。荒くなる呼吸に吐き気がする。


 ふとした隙にグラナートの横蹴りが入り、ザフィーアは吹き飛ばされた。海岸へと打ち付けられた機体が破損する鈍い音がする。


【装甲破損:89.8%

 左翼微損 起動に問題無し】


 視界モニターに表示される情報にアルフィルクはぐっと唇を嚙み締めた時だった。



『住民の避難完了率、97.2%! まだ出航できていません!』



 オペレーターの言葉にアルフィルクは視界モニターから港を確認する。まだ、救援艦がいるのが見えて恐怖が押し寄せる、失う事への。


 自分が守らねば、彼らはどうなるのか。最悪な結末を想像して、アルフィルクは震えた。


 がんっと勢いよく蹴飛ばされた衝撃を感じて、アルフィルクが意識を視界モニターへ戻せば、グラナートが剣を振り上げているのが見える。


 避けなければとアルフィルクが飛び立とうとし、気づく。背後が港であることに。このままこの場所で戦闘すれば、救援艦を巻き込んでしまう。


 一瞬の迷いは隙となる。剣を槍で弾いたザフィーアの目の前には二機のウルフヘッドが口を開けて照準を向けて――撃たれる目前に黒い影が現れた。


 手にしたバズーカ砲を放つのと同じく、二機のウルフヘッドのレーザーが黒い機体を撃ち抜く。


 バズーカ砲がグラナートの腹部に命中し、身体が後方へと跳ねた。


 はっと息を飲んだ。あの黒曜のエクエス機が誰のものなのか、アルフィルクは知っている。



「スーザリオ……」



 第一戦隊部隊長スーザリオの機体だ。彼はその身をもってザフィーアの盾になった。


 彼との短い思い出が脳裏を過る。励まして、特に叱咤してくれたことが。


『人間は弱いぞ、少年』


 強く見えるだけで人間は脆く弱い。強者の前では何もできずに壊されてしまうのだと、悔しげな言葉に人間の弱さを教えてくれた。


『恐怖を抱いてもいい、不安を、怒りを持ってもいい』


 恐怖を抱くことを弱虫だと責めることもせず、不安を怒りを認めてくれた。


『オレらは後悔してほしくて戦っているわけじゃない。お前さんを守っているわけでもだ』


 泣いてほしくて、後悔してほしくて戦っているわけではない。何のためにたった一つの命を使ってまで、立ち向かっているのか。


 大切な人のため、守りたい存在のために戦場に立っていると叱咤してくれた。


 砕けた機体が海岸に落ちる。彼は最後までその身をもって貫いたのだと、アルフィルクは理解した。


 あっけない。こんなにも、あっけなく人間は死んでしまうのか。砕けそうになる心に彼の声が響く。


『後悔するぐらいならば、その想いをあいつらにぶつけてやれ。勝って、勝ち抜いてくれ。オレたちは絶対にお前たちを守ってやる』


 確固たる意志を感じ――アルフィルクの眼に火が灯る。


 グラナートが起き上がった隙に槍を振り下ろす。左肩に突き刺さる槍先に火花が散って、グラナートが呻いた。


 勢いのまま腕を掴んで海の方へと投げ飛ばす行動に隙はない。


 アルフィルクは迷いを捨てた。目の前の彼らを救うために、己自身のために戦うことへの恐怖を打ち消して。


 二機のウルフヘッドから放たれるレーザーを白翼のマントで受け止める。耐久値が削れていくのをものともせずに。



『グラナート!』



 ザフィーアは呼びかけと共にグラナートの顔面を殴った。



『あ、ぁあ……』



 僅かだ。ほんの短い間だけ、グラナートの意志が見えた。



『あああああああああああああっ!』



 絶叫が木霊する。耳につくその声に思わず塞ぎたくなるも、それがグラナートのパイロットたちの悲鳴であることに気づいた。


 グラナートが頭を抱えるようにして悶えると上空へと飛んだ。逃げられる、そう思う間もなくアルフィルクは救援艦のいる方向へと地面を蹴った。


 二機のウルフヘッドから一斉にレーザーが放たれて、ザフィーアの白翼のマントがそれを受け止める。


 レーザーが失せるとともに閃光が広がった。視界にエラーが出て数分、グラナートはいない。


 こうやって逃げられるのは初めてではないので、相手がいなくなったことにアルフィルクは何も思わなかった。


 今、抱いた感情はただ一つ。



「教え方があるだろうが、おっさん……」



 スーザリオが何を伝えたかったのか。それを理解したアルフィルクは、ぎゅっと星のペンダントを握りしめた。

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