第24話 自分と同じだった
アルフィルクはゆっくりと瞼を上げた。質素な部屋の無機質な天井を暫し、見つめてから溜息を吐く。
時刻は五時前、寝た気がしない感覚を抱きながらベッドから起き上がる。
グラナートとの一戦でザフィーアは落ち着きを取り戻したが、巨大空母艦オリジンビリーブに戻ってから会話はしてない。
体調を崩したポラリスが医療班によって運ばれていったのをただ、眺めるだけだった。
それからザフィーアもメンテナンスに入ってしまったので、アルフィルクは声をかける暇がなかったのだ。
会話ができたからといって何を話せばいいのかは、思いついてはいないのだが。
(太陽が見たい)
ふと、太陽の陽ざしが見たくなった。今の時期ならば、この時間帯から日が昇ってくるはずだ。アルフィルクは軍服に着替えて部屋を出た。
艦内の窓から見るのではなく、外で眺めたい。何処ならば、一番よく見えるだろうか。ふと、飛行甲板の上ならば綺麗に見えるのではないかと思った。
アルフィルクが飛行甲板へと上がるリフトへと向かうと、デッキクルーが作業をしている。彼らの一人、リーダーでもあるデッキクルーの老年の男が「ミソロジアのパイロットか」と、声をかけてきた。
「んだ、あんちゃんも飛行甲板に上がりたいのか」
「俺もってことは他にもいるのか?」
「姫がおるよ」
今、上にいるさと親指をくいっと上げる。飛行甲板にクルー以外を上げていいのかという疑問が顔に出ていたようで、老年の男は「あんちゃんらは特別だ」と答えてくれた。
「姫は朝日を見るのが好きなんだ。あん娘の精神安定のために、飛行甲板から太陽を見ることを認められとうんじゃ。毎日じゃねぇけどな」
「俺はいいのか?」
「あんちゃんも総司令官殿から許可が下りちょるわ」
もし、彼が外を見たいと言ったら、飛行甲板に上がらせてやってくれ。クリフトンからそう指示されていると老年の男は話す。
だから、あんちゃんが行きたいって言うんだったら上げてやるよと。
太陽を見たいと思ったのは事実だ。けれど、それよりもポラリスが飛行甲板にいるのが気になった。だから、上がらせてくれとアルフィルクは頼んだ。
飛行甲板から出れば、日がゆっくりと昇っていた。少し先のほうでポラリスの背が見えて、アルフィルクは隣に立つ。そっと、驚かさないように。
ポラリスはちらりと目を向けてからまた太陽を眺める、アルフィルクも同じように。二人の間に沈黙が訪れるけれど、漂う雰囲気は落ち着いたものだ。
「アルフィルクは太陽が好き?」
静かな空気に溶けるような声で問いかけられる。アルフィルクは太陽から視線を外すことなく、「嫌いじゃない」と答えた。
太陽は嫌いじゃない。温かくて、時に厳しい暑さを与えるけれど、空を照らしてくる。真っ直ぐに誰に対しても光をくれるから。
そう呟くように言えば、ポラリスは「ワタシも」と頷いた。迷う心を照らしてくれるみたいでと。
迷う心。アルフィルクは遠い記憶を思い出す、死に際での想いを。生きるとは何か、それに意味はあるのか。その答えはまだ自分の中で見つかっていない。
「生きる意味とはなんだ」
太陽のように煌めく金糸の髪は日差しのように温かな色を魅せているというのに、紫の瞳に光は無い。アルフィルクはただ、黄昏ながら海を眺めている。
飛行甲板の上で海から昇る太陽を見つめて、「生きる意味とはなんだ」とまた問う。
「ワタシにも分からない」
海風に攫われそうになる藍墨茶の長い髪を押さえて、ポラリスはサファイヤのような輝きを放つ人離れした瞳を、アルフィルクと同じように太陽へと向けながら答える。
「戦うためにワタシは生まれた。戦いが終われば、ワタシはどう生きればいいの?」
戦うために生れ落ちた命は役目を果たした後に何が残るのだろうか。
何のために生きればいいのか、それともただ死ぬのを待つだけなのか。用無しとして廃棄されるだけなのか、ポラリスには分からなかった。
死ぬことへの恐怖はないけれど、生きる理由がない。平和な世界でどう暮らしていけばいいかなんて、思い浮かばないし、考えもしない。
今はまだ生きて戦い続けなければいけないのだから。
「俺にも分からない」
「アナタも分からない?」
「俺も生きる意味を探している」
何の記憶だと、これにどう意味があるのか、分からない。もしかしたら、意味なんてないのかもしれないが、見つけたいと思った。
オリジンビリーブやフォルティア、ザフィーアと向き合おうと決めたから。
巻き込まれたという感情が無いわけではない。どうして、自分が戦っているのだと考えないわけでも。
けれど、何もせずに生きているだけでは見つからないだろう。アルフィルクの言葉にポラリスはゆっくりと瞬きをしてから煌めく瞳を向けてきた。
真っ青なサファイヤの輝きがアルフィルクを捉える。アルフィルクもまた、ポラリスを見つめ返す。
「生きることに意味はあるのかしら」
「さぁな。……でも」
アルフィルクは一つ、間をおいて言った。
「あったほうが、道に迷わないような、そんな気がする」
何も無いから道に迷うのだ。何処へ向かえばいいのか、このままでいいのか、それが分からなければ、前にも進めず、後にも戻れない。
アルフィルクの言葉にポラリスは目を丸くさせてから頷いた。
「見つかるかしら、生きる意味が」
「そんなものは俺にも分からねぇよ」
分かっていたらこんなことを言ってはいないとアルフィルクはまた海を眺める。ポラリスはそれもそうかと太陽へ目を向けた。
アルフィルクは先の見えない月無き夜の道を歩いているような感覚だった。
何が落ちているのか分からぬ、暗闇の中を手さぐりに、正しさや答えなど掴めないままに、彷徨っている。
恐怖がないわけではない、不安がないわけも。逃げたいと、隠れたいと現実を逃避したくなる。
自分の手にこの星の未来が託されているということも忘れて。けれど、逃げては前に進むことはできない。
「ワタシ、夜明けの空が好きなの」
太陽がゆっくりと顔を出し、温かな日差しが海を照らす。きらきらと煌めき、全てを包み込んで、道を照らしてくれるから。ポラリスはぽつりと呟いた。
「夜明けか」
太陽が昇る空を見上げてアルフィルクは目を細めた。
「夜明けは必ずくる」
「うん。陽はまた昇るわ」
アルフィルクはポラリスの宝石のように煌めく瞳と目を合わせた。
ポラリスはただ、傍にいる。光の無い瞳に見つめられても、拒絶することなく。同じなのだろうとアルフィルクは思った。
彼女もまた、生きる意味を探している。自分と同じように。似ているような、気がした。この命に名を与えたい、それはアルフィルクも同じだ。
「どんな理由でもいいのかな」
「いいんじゃないか。それが自分の生きる意味になるのなら」
些細な理由だっていい、それが生きる糧となるのであれば。アルフィルクの言葉にポラリスはそうねと頷いて、笑んだ。優しく、温かく。
初めて笑った姿を見て、アルフィルクは数度、瞬きをする。それからゆっくりと目元を和らげて、笑み返した。




