第23話 叫ぶ想いに、昂る感情
太陽の日差しに煌めく金の機体が立ち止まる。狼を彷彿とさせる兜からぎらりと光が灯った。
グラナートは周囲を浮遊する二機の小型な狼の頭——ウルフヘッドの照準を向ける。
イドゥ国アザト海岸北東部にグラナートは降り立った。波打つ海がグラナートの足元を濡らす。
天候は快晴、爽やかな風が吹き抜けるだろう海岸に人の気配はない。外壁の向こうをグラナートは睨んでいる。
二機のアポストルスを引き連れているのを、アルフィルクはザフィーアの索敵で把握した。相手もまたザフィーアを視認しているようで、剣をゆっくりと向けてくる。
ザフィーア自身、隠れているつもりはない。アルフィルクは操縦桿を握ぎる力を籠めて、グラナートの前へとザフィーアを接近させる。
間などない。ザフィーアの攻撃圏内に入った瞬間、グラナートが飛ぶように地面を蹴った。剣と槍がぶつかり合う、鈍い音を散らせて。
二機のアポストルスの元へ第二、第三戦隊のエクエス機たちが攻撃を仕掛ける。第一戦隊のエクエス機はザフィーアを援護するためにフォーメーションを組む。
向けられる槍を華麗に避けて、剣を振り上げてくるグラナートの動きにアルフィルクは食らいつく。打ち弾く様は嵐のようで、二機の勢いはさらに増す。
第一戦隊のエクエス機たちの銃撃がグラナートに降りかかるも、盾で守りながらザフィーアと距離を取って、二機のウルフヘッドが口を開く。
放たれるレーザーによって、数機のエクエス機が被弾した。武器が落ち、腕を打ち抜かれて。
『第一戦隊Bチーム二機負傷』
視界モニターに表示される情報に彼らを見遣れば、負傷したエクエス機のパイロットたちは囮になるように撤退をしない。
アルフィルクは彼らの行動が理解できなかった。負傷した状態で囮になるというこは、死を覚悟しなければならないからだ。
まだ動けると予備の武器を取り出して援護するのを止めない。彼らの意思の強さにアルフィルクの手が震える。
ザフィーアはエクエス機たちの援護によってグラナートの懐へと入り――槍が盾に弾かれた。
勢いよく弾かれてよろめくザフィーアをグラナートは狙う。剣を振り上げて、エクエス機に体当たりされて阻止された。
腕を撃ち抜かれたエクエス機がグラナートへと体当たりし、装甲ナイフを脇腹部分に突き刺す。グラナートは盾を構え直して、エクエス機の頭部を殴りつけた。
吹き飛ばされたエクエス機を追撃しようとするグラナートに、ザフィーアが前に立って蹴り上げる。盾によって阻止されるも、その勢いを利用してさらに回し蹴った。
グラナートは後ろへと下がって盾を構え直す、機会を窺うように。
(これ以上、後ろに下がれば駄目だ)
後ろには負傷したエクエス機がいる。これ以上、後退すれば巻き込んでしまう。アルフィルクの呼吸が荒くなった、不安と恐怖で。
「アルフィルク、大丈夫」
後部座席からポラリスの優しい声がした。安心させるように、落ち着いた声音が。
「ザフィーアの稼働率を71%から75.4%まで引き上げ、調律値を68.3%から73.2%まで上昇修正……ワタシが調律するわ」
大丈夫。ポラリスの言葉に呼吸が正常に戻っていく。アルフィルクは震える手を押さえつけるように動かした。
ザフィーアの動きが変わった。稼働率が上がったことによる速度上昇、調律値の修正によって無駄な動きが減少する。
二機のウルフヘッドから放たれるレーザーを掻い潜り、グラナートの脇腹部分に突き刺さる装甲ナイフを掴んで一気に引き抜く。
ばちっと火花が散ってグラナートの足元がよろけた隙を、見逃さない。ザフィーアは姿勢を低くし、グラナートの懐へと入って――槍を突く。
槍先が顎を貫いた。振り払われる槍にグラナートが盾を向け、エクエス機の銃撃を受ける。
後ろへと下がったところを黒いスマートなフォルムのエクエス機が肩にかけたランチャーを撃った。
背中に直撃し、グラナートの機体が損傷する。けれど、グラナートは剣を振るい、エクエス機を薙ぎ払う。
『グラナート! やめろ! これ以上はお前が傷を負うだけだ!』
ザフィーアの叫びにグラナートが震える。それでも攻撃を緩めない様子に、ザフィーアは『やめてくれ』と呼びかけた。
グラナートの攻撃が荒くなる。無茶苦茶に剣を振るう姿は何かに怯え、抵抗しているかのようだ。エクエス機の銃撃を避けることも、盾で防ぐこともせずに。
『グラナート、グラナート!』
ザフィーアがグラナートの腕を掴み、鎖を放つ。拘束されたグラナートが逃れようともがき――苦しみの声を上げた。
『あぁぁああああああっ!』
『グラナート、意識を取り戻せ!』
ぎちぎちと鎖が軋む。力が籠められて今にも引きちぎらんとする力に。グラナートはただ、苦しむ。
ザフィーアは自分の声に反応したグラナートに何度も呼びかけている。それに呼応するように、グラナートは頭を振っていた。
「っうぅ……っ」
後部座席からポラリスの呻る声がした。はっとアルフィルクが視界モニターへと目を向ければ、赤文字が点滅していた。
【ミソロジア・ザフィーア
稼働率89.2% 調律値86.9%
稼働率・調律値 異常上昇 制御難
バイタル値:調律リンク不安定 メンタル異常発生】
これ以上はザフィーア及び調律者の負担が――身体を繋いで調律を行っているポラリスの嗚咽が聞こえる。
ザフィーアの感情が昂っているのだ、これは。グラナートが反応してくれたことで。
苦しみに鳴く姿を見て。このままではザフィーアも、ポラリスも。アルフィルクの身体が動く。
グラナートを抑え込もうとするザフィーアをアルフィルクは操縦桿を操作して後退させる。瞬間、拘束していた鎖が引きちぎられた。
グラナートは上昇する。逃げるとザフィーアが追いかけようとするのを、アルフィルクは止めた。それと同じく、閃光が周囲を覆いつくす。
視界が奪われ、修復される頃にはグラナートの姿はなかった。索敵も範囲外と表示されている。
巨大空母艦オリジンビリーブからも連絡が来て、グラナートが撤退したのを確認した。
『何故、止めたのだ!』
ザフィーアの声には怒りと、焦りが滲んでいた。アルフィルクは彼の心を感じながら、「今じゃない」と答える。
オリジンビリーブもフォルティアも、救出ができるとは言ってこなかった。
それはまだ、その時ではないということだ。苦しみむグラナートを見ても、指示を出さないということは。
『捕獲することができたかもしれない!』
「あれ以上、やったらお前だけじゃなく、ポラリスもどうなったか分かんねぇんだよ!」
お前なら分かるんじゃないのか、ポラリスと繋がっているのだから。アルフィルクの怒声にザフィーアは黙る。
アルフィルクは周囲を確認した。二機のアポストルスはエクエス機たちによって撃墜されている。
安全を確認し、アルフィルクは身を乗り出して後部座席に座るポラリスに声をかけた。
複数の機器に繋がれているポラリスは俯いて、嗚咽を吐いている。それでも調律する手を彼女は緩めない。
アルフィルクが「もう大丈夫だ」と彼女の頬にふれて、気づく。
ポラリスは泣いていた。サファイヤのように煌めく瞳を潤ませ、ぼろぼろと涙が頬を伝う。
「ポラリス……」
「だ、だい……じょうぶ、よ。ワタシ、だいじょうぶ、だから……」
にこりと微笑むポラリスにアルフィルクは「すまない」と謝った。
自分がもっと早く気づいていればと、気を遣わせてしまったと。




