第22話 後悔してほしくて戦っているわけではない
アルフィルクが格納庫へと向かえば、ひと仕事を終えただろう整備員たちが端のほうに集まっていた。
様々な姿をしているスマートなフォルムのエクエス機が休む格納庫に涙に濡れる声がする。それは整備員たちの声に混じって。
何があったのだとアルフィルクは聞き耳を立てる。整備長である年老けた男が「もう泣くな」と、一人の若い女の整備員に声をかけていた。
「お前だって分かった上であいつを見送ったんだろ」
「分かってましたよ。戦いですから……。でも、でも、早すぎる……」
整備用の紺に統一された作業着の袖で若い女性整備員は溢れる涙を拭っている。
整備長以外の男性整備員も、彼女と同じ女性整備員たちも励ましの言葉を駆けているが、泣き止む気配はない。
泣く女性整備員はまだ二十歳そこらの年齢に見える。彼女が涙を流している理由、それは――
「お前さんが恋人のあいつを追っかけて整備員になったんは、みんな知っとるさ。あいつは気さくな好青年やったからな。みんな、あいつのことを知ってる」
エクエス機のパイロットだった恋人を、彼女は戦いで失っていた。この前の海上での戦闘で。
海に落ちた機体は発見されて回収してはいるが、まともに最後を見送ることはできなかった。
あれから日は経っているが、悲しみというのはそう簡単に癒えるものではない。
「あの戦いから何日も経っているのは分かってます。この組織の一員であるならば、早く立ち直れっていうのも。でも、エクエス機を……彼の乗っていたエクエス機に似た機体を見ると、うぅ……」
ついに若い女性整備員は声を上げて泣き出してしまう。何日も堪えていた苦しみと悲しみを吐き出すように。
皆が皆、優しく声をかけている中、アルフィルクは動けないでいた。あの時、エクエス機は何機か撃墜されているのを覚えている。
その中で自分を助けてくれた、第一戦隊のパイロットが脳裏に過って。
黙って立ち尽くすアルフィルクは、涙を拭って顔を上げた彼女と目が合った。一瞬、声が止んで若い女性整備員が駆け寄ってくる。
「ザフィーアのパイロットさん、わたしの質問に答えてっ」
「こら、落ち着け!」
「なんだ……」
止めに入る整備長をものともせず、若い女性整備員はアルフィルクに詰め寄った。
涙に濡れる瞳は力強く、恨みなどの色はない。それが不思議で、アルフィルクは彼女の言葉を待つ。
「貴方は、海上で撃墜されたエクエス機のパイロットたちを覚えていますか?」
「……覚えている。目の間で海に突き落とされたエクエス機は、特に」
「それはわたしの恋人です」
アルフィルクは疑わなかった、自分に話しかけてきたから。
何を言われるのだろうか。怒りをぶつけてくるのか、どうして助けてくれなかったのかと。悲しみを訴えてくるかもしれない。
全ての言葉をアルフィルクは受け入れるつもりだ。自分はこの戦いに巻き込まれただけの、一般人だと言いたい感情がないわけではない。
けれど、助けられた可能性があったことは否定できなかった。
だから、理不尽に怒られても、仕方ないとアルフィルクは黙る。ぎゅっと拳を握り締めて、彼女からの言葉を覚悟した。
「覚えていてくれてありがとう。どうか、あの人の死を無駄にしないで」
発せられた声は穏やかなものだった。言葉の意味が理解できなくて、アルフィルクは目を丸くさせながら見つめてしまう。
「あの人が死んで悲しいわ、あいつらへの怒りだって湧く。でも、グラナートもそれに搭乗する彼らも洗脳されている被害者じゃない。貴方だってそう、巻き込まれただけ」
「でも、助けられたかもしれない。俺が隙を作るようなことをしなければ、まだ生きていられたかもしれない」
俺が悪いと思わないのか。アルフィルクの疑問に若い女性整備員は眉を下げてから、首を左右に振った。
「あの人はたった一つの命を使ってまで貴方を守ったの。わたしが貴方を恨んだら、責めたら、あの人の覚悟を否定することになるわ」
誰だって死ぬのは怖い、生きたいと思うのは当然の感情だ。けれど、それでもその命を使ってまで、守った愛した人の覚悟を否定することはできない。
だから、どうか無駄にしないで。彼女はアルフィルクに願う、生き抜いてと。
アルフィルクはただ、頷いた。今の自分にできることは、ザフィーアに乗って戦うことしかできないから。
若い女性整備員はそんなアルフィルクを責めることはしない。ありがとうと涙を拭っていた。
整備長たちが彼女を連れて格納庫を出て行くのを見つめながら、アルフィルクは自分の弱さを痛感する。
自分への怒りと、悲しみでぐちゃぐちゃになったかのように、胃が気持ち悪くなった。
「アルフィルク?」
「どうした、王子」
荒くなりかけた呼吸が落ち着く。アルフィルクが振り返れば、ポラリスとマグカップを持ったスーザリオが立っている。
アルフィルクが言葉を発する前にポラリスが傍に寄り添ってきた。
彼女の温かい手が背中を擦って、気持ち悪さが治まっていく。スーザリオは何となく察したようで、「また怖いか」と問いかけた。優しい声音で。
アルフィルクはそれを否定せずに、さっきの若い女性整備員とのことを話す。自分の弱さを嫌というほど感じたことを。
「王子、あんたは後悔しているのか?」
守られたことを、助けられなかったことを。スーザリオの問いにアルフィルクは答えられなかった。
それは肯定ともとれる態度で、スーザリオはゆっくりと息を吐き出してから言う。
「オレらは後悔してほしくて戦っているわけじゃない。お前さんを守っているわけでもだ」
泣いてほしくて、後悔してほしくて戦っているわけではない。
何のためにたった一つの命を使ってまで、立ち向かっているのか。大切な人のため、守りたい存在のために戦場に立っている。
この星を救いたいという感情に嘘はない。けれど、守りたい存在に生きてほしいから、この命を使えるのだ。
「死にたくて戦っている人間はいないさ。オレだって、一人娘がいる。あいつの花嫁姿を見るまでは死にたくはない。だが、その未来を迎えるにはこの星を救わなきゃならないんだ」
未来を奪われてはいけない、奪う権利などフィーニスコアにはない。
どんな存在であろうと、そんなことをさせてはならないのだ。スーザリオは言う、絶対に守ってやると。
「後悔するぐらいならば、その想いをあいつらにぶつけてやれ。勝って、勝ち抜いてくれ。オレたちは絶対にお前たちを守ってやる」
それが死んでいった仲間たちへの弔いだ。弱さがなんだ、そんなものは誰にだってある。弱さを抱いたっていい、それを責めるやつは此処にはいない。
けれど、後悔だけはするな、前を向け。スーザリオの声に強い想いが籠められていた。
「お前さんは巻き込まれたようなもんだっていうのは、みんな知っている。こんなくっそ重いことを背負わせているのも。押し付けてすまない。でも、オレたちのことで後悔はしないでくれ」
ほらと差し出されるコーヒーの入ったマグカップをアルフィルクは黙って受け取る。スーザリオの想いに応えるように。
「一緒にコーヒーを飲もう、アルフィルク」
「あぁ……」
ポラリスに手を引かれてアルフィルクは歩き出す。隣を歩くスーザリオはいつものように笑う。
そんな彼らを見ながら、アルフィルクはコーヒーを一口飲む。ほんのりと甘いミルクが心を満たした。




