第16話 全てを捧げる覚悟
母艦の心臓部に値する制御室にミソロジア――オリジンビリーブはいた。複数の翼が静かにはためき、いくつもの文字列の帯を纏う女神がそこに。
薄暗い室内は様々な機械が壁一面に設置され、オリジンビリーブは周囲にあるいくつかのモニターと、無数のプラグで繋がっている。
オリジンビリーブを照らすように頭上からライトが点灯していた。機械的な女神の姿をした彼女は、フォルティアがアルフィルクを連れてきたことを叱ることはしない。
モニターでも感じたが実際に見るとますます神々しくて、アルフィルクは言葉が出ず、見上げてしまう。
『貴方は我が子、ザフィーアのパートナー。名はアルフィルク、そうね』
「あぁ……」
優しい声音だった。母のような、落ち着いた。オリジンビリーブはフォルティアに連れてきた訳を聞いて、『そう』と小さく返事を返す。
『貴方はフィーニスコアと我らミソロジアに違いがあるのか、そう問いたいのね』
「そうだ。何が違うんだ」
『機械生命体という点においては同じと言えるでしょう。分かりやすく説明をするならば、我らミソロジアは正常な細胞、フィーニスコアは異常な細胞』
正常な細胞の遺伝子が何らかの異常をきたし、生まれた細胞――それがフィーニスコア。元は同じであったのだと、オリジンビリーブは隠すことなく話した。
では、ミソロジアがフィーニスコアのようになる可能性があるのか、その問いにオリジンビリーブは『その心配はない』と答える。
『フィーニスコアはミソロジアが生まれる時に異常をきたした存在。完全に生まれ落ちた私やザフィーアがフィーニスコアのようになることはないわ』
「あんたがまたミソロジアを産めば、癌が発生するかもしれないということか」
『その可能性はあるでしょう。けれど、今はその対策もできているの』
産み落とす過程で異常があれば破壊することが可能なのだとオリジンビリーブは教えてくれた。私はもう二度とあの惨劇を繰り返したくはないからと。
信じられないかもしれないけれどと、オリジンビリーブは疑われることも、不安を抱かれることも全てを受け止めるように言う。
その声音は嘘をついているようには感じられない。アルフィルクはフォルティアにも質問した、「復讐をしたいのか」という疑問を投げかける。
オリジンビリーブは少し間を置いてから『その感情がないわけではない』と、復讐心を認めた。
『私の愛した、愛してくれた故郷の星を破壊されたことは許せない。恨んでいると言えば、この感情はそうでしょう』
「この星でその復讐を果たそうとしているのか」
『そうね。その感情がないと否定することはできないわ。フィーニスコアを恨んでいるのだから。けれど、もう二度とあの惨状を見たくないという気持ちも嘘ではない』
そう、あの惨劇を繰り返してはならない。そう言って、オリジンビリーブは亡き故郷の星のことを語り出した。
ミソロジアと星人が暮らす星は、この土地と似た緑豊かな世界。
機械生命体であるミソロジアと星人が、共に手を取り合って暮らしていた。この星となんら変わらない平和な場所で。
互いに心を通わせて、時に争うこともあったけれど、ミソロジアと星人はかけがえのない友だ。
ずっと、そうずっと傍にいられるだろうとそう思っていた。
フィーニスコアはひっそりと生まれた。ミソロジアたちが気づいた頃には遅く、癌のように進行の早い成長で星を飲み込んだ。
フィーニスコアにミソロジアたちは対抗したけれど、手遅れだった。
緑豊かった土地は火の海と化し、ミソロジアと星人が築き上げた街は脆く崩れ、命の灯火は消えてしまう。
あんなに美しかった花々が咲き誇る平原も、生き物たちが住まう森も、助け合って築き上げた街も、全てが全て、無に還った。
『あの光景をこの星の民たちは何と形容するのでしょう。ミソロジアと星人の屍の海を、どう言葉にすればいいのか』
揺れる声、それは泣いているようだった。いや、泣いているのかもしれない。涙は流れていないけれど、オリジンビリーブは。
自分はそんな彼らによって逃げ延びたのだ。フィーニスコアは必ず別の星も狙うだろうと。繰り返してはいけない、こんな悲劇を。
『この星を見た時、故郷を思い出したわ。だからこそ、フィーニスコアは此処を襲うという確信があった。生まれた故郷と同じだから』
フィーニスコアに全てを壊された時の悲しみを、怒りを、憎しみをオリジンビリーブは隠すことなく言葉にする。
『私はもう見たくないのです』
故郷の星のように命が散る様を、蹂躙される残酷さを。だから、この星に全てを捧げたのだ。ミソロジアとしての力を、星人たちの技術を。
これが復讐であると、弔いであるということを否定はしない。その感情がないわけではないから。
『私は生かされたの。この命に意味があるとするのならば、きっとこの星を守るためにあると思うわ』
覚悟の決まった言葉だ。力強く、はっきりと紡がれた。アルフィルクは否定することも、怒ることもできない。
オリジンビリーブから心を感じ取ったから。恨みを、憎しみを、悲しさを、怒りを。誰かを想い、救いたいという感情が胸を貫く。
自分の悩みが幼稚だった。オリジンビリーブとフォルティアは今以上の光景を見てきたのだ。
ミソロジアと人間は何ら変わらない心を持っているのかもしれない。それほどにオリジンビリーブから強い想いを感じた。
「信じてくれなくてもいいわ」
隣で黙っていたフォルティアが言う、疑ってくれて構わないと。
この星の人間からすれば、異星の民の言葉をそう簡単には信じることはできない。それは当然のことだから。
「わたしたちはね。この星の人間に殺される覚悟があるの」
この戦いが終わった後、自分たちを危険視し、破壊の命令が下ったのならば、それを受け入れる。
だって、そうでしょうとフォルティアは笑った。
「わたしたちが怖いでしょう? フィーニスコアを倒した力を持っているのだから」
「死ぬかもしれないのに、この星を守るのかよ」
「わたしたちはフィーニスコアを破壊できればいいの。友たちを弔うことができればそれでいいわ」
ぶれることのない覚悟にアルフィルクは黙った。彼女たちの意思の強さに、返す言葉が見つからなくて。
アルフィルクはぎゅっと拳を握る。自分の弱さがちっぽけに感じた。




