第15話 見なかったことにできるのか
時刻は二十三時四十八分、もう間もなく日付が変わる。アルフィルクは巨大空母艦オリジンビリーブ艦内の通路を歩いていた。
無機質な通路は薄暗い。待機中の艦内では灯りは簡素なものしか点灯していなかった。そんな薄闇の中をアルフィルクはただ、歩いている。
睡眠は二時間ぐらいしかできていないというのに、頭はすっかりと目覚めてしまった。
自室にいても落ち着かないので、艦内を歩いているが眠気はこない。仕方ないのでザフィーアの元にでも行こうとアルフィルクは決める。
彼も眠っているかもしれないが、自室にいるよりは格納庫のほうが落ち着くのだ。起きてなくとも関係はないと、アルフィルクは通路の角を曲がって、立ち止まる。
ふわりと白金と瑠璃色のグラデーションの長い髪が視界に入った。兎の耳のように結われた髪が揺れて、振り向かれる。
ダイヤモンドをそのまま埋め込んだような瞳と目が合った。整った人形の容姿に微笑えみかけられながら。
「フォルティア……」
幼い少女の体格をした彼女、フォルティアがそこにいた。人離れした眼は瞼に隠れては煌めく。
名前を呼ばれたフォルティアはアルフィルクの傍へと近寄ってきた。真っ白なレースのあしらわれた繊細なドレスの裾を掴んで。
「あら、アルフィルク。もう夜も深まった時間に、どうしてこんなところにいるのかしら?」
それはこっちの台詞だ。アルフィルクは出かけた言葉を飲み込んで、「寝られなくなった」と返す。
それを聞いたフォルティアはふむと頬に指を当てた。
「睡眠障害かしら? それともストレス? 一度、医療班に見てもらった方がいいかもしれないわね」
「別にそこまで酷くはねぇよ」
「そう? でも、睡眠は大事なことなのよ。身体を休める時間でもあるのだから」
しっかり睡眠をとって身体は休めるべきだとフォルティアに注意されてしまう。それはその通りであるので、アルフィルクは言い返すことができない。
けれど、この場所に来てから睡眠が浅いのだから仕方ないと、文句は口から零れてしまう。
フォルティアはそんな文句に「そうよね」と頷いた。いきなり、この星のために戦えと言われてしまったのだからと。
「つうか、そう言うお前はどうしてこんなところにいるんだよ」
「わたし? わたしは艦内を見て回っていたの。今はオリジンビリーブの元へ戻るところよ」
「戻る?」
「わたしはオリジンビリーブと共にいるのよ」
フォルティアの自室はオリジンビリーブの本体がいる心臓部なのだという。
この巨大空母艦オリジンビリーブは、いつでも出撃できるようにしておかなければならない。
そのため、調律者であるフォルティアはなるべくオリジンビリーブから離れることができないのだ。地上に降りた日の事も覚えていないほどには共にいるらしい。
「休めるのか、それは」
「休めているわ。だって、オリジンビリーブはわたしの大切な友だもの」
故郷の星で共に育ってきた友なのだから。フォルティアは言う、信頼できる存在の傍は安心できるでしょうと。
それをアルフィルクは否定しなかった。自分もポラリスと共にいると落ち着くことができるから。けれど、口に出すことはしない。
フォルティアはじっと見つめてきたかと思うと、「まだ、眠れないのかしら?」と聞いてくる。
確認のような言い方にアルフィルクがなんだと見つめ返せば、彼女のダイヤモンドを埋め込んだような瞳がゆっくりと細まった。
「わたしと少し、お話をしましょう」
「なんで、そうなるんだよ」
「何故? そうね……なんとなくだけれど、アナタはわたしに聞きたいことがあるんじゃないかと、そう感じたの」
何か聞きたいこと。そこでミソロジアやフィーニスコアという機械生命体への疑問を思い出す。
フォルティアならば、それに答えてくれるかもしれない。アルフィルクの表情の変化に彼女は気づいたようで、「なにかしら?」と小首を傾げてみせた。
「ミソロジアも、フィーニスコアも、どっちも機械生命体だろ、何が違うんだ」
機械生命体であることには変わりがないのだろうというアルフィルクに、フォルティアはそうねと考える仕草をしてから、口元に手を添える。
「アナタは同じ存在が何故、この星の生命を救おうとするのか、それが気になるのかしら?」
これに関してはザフィーアに選ばれた時に説明したと思うのだけれどと、フォルティアは呟く。
アルフィルクは確かにその説明は受けたけれど、機械生命体という点では同じなのではないか、そういった疑問を抱いたのだ。
フィーニスコアは癌のようなものだと説明されたとしても、ミソロジアがこの星を救ってくれる救世主とは限らないのではないか。同じ機械生命体であるのだから。
フィーニスコアのように癌になりえるのではないか。そんな疑問にフォルティアはなるほどと頷いてから首を左右に振った。
「わたしたちはこの星をフィーニスコアのように破壊したりしないわ」
「それをどうやって納得すればいい?」
他の人間からしてみれば、ミソロジアもフィーニスコアとなんら変わらない恐怖の対象となりえるのだ。
アルフィルクの問いにフォルティアはそうねと、肯定してから「信じろというほうが難しいかもしれない」と答えた。
「わたしたちはただ、もう二度と見たくはないの。あの光景を」
「故郷を破壊された復讐をこの星でしたいだけじゃないのか」
「復讐。そうね、その感情は否定しないわ」
わたしたちはフィーニスコアを憎んでいる。仲間を、家族を、故郷の星を失った恨みは消えることがない。フォルティアは復讐心を認めた。
「アナタは救うことができるかもしれない力を持っているのに、それを隠して惨劇を見なかったことにできる?」
この力で救うことができるかもしれない。可能性が低くとも、目の前の誰かに手を差し伸べずにいられるか。フォルティアは真っ直ぐな眼を向けた。
自分は力があるというのに、見なかったことにできるだろうか。そうしなかったことで、誰かの命の灯火が消えるのを、知らぬふりができるのか。
「できないのね」
何も答えない、いや、言葉を紡げないアルフィルクにフォルティアは察したように言った。それをアルフィルクも否定することはしない。
それと同じよ。フォルティアの言葉が頭に響く。少しの間、彼女はふっと微笑んで手を差し出した。
「オリジンビリーブと話してみない?」
彼女の答えも聞きたくはないかしらと聞かれて、アルフィルクは気になった。機械生命体であるオリジンビリーブはどういった返答をしてくれるのかと。
だから、アルフィルクは差し出された手を取った。




